化け物とは…。

 藤原鼓笙ふじわらこしょうは最初に抱いた静かで厳かな屋敷の印象とは随分違う自由で、話しやすそうな印象を抱かせる男だと、寿院じゅいんは思った。

 たいてい屋敷を纏う空気や匂いから抱く印象と、そこに住むひととの間には少なくとも共通の空気感や匂いがあるものだが、藤原鼓笙にいたってはまったく別の印象を持った。

 この屋敷には、静かで厳かな別のあるじがいるのかもしれない。寿院には想像もできない静かで厳格な当主が。しかし、その姿は何処にもなかった。長いこと留守にしているのか、その存在感が至るところに見え隠れしていた。

 鼓笙が自由な空気を纏えるのは、当主の後ろ盾があったからかもしれない。

 だが想像の域は超えない。


 寿院は、昨夜の事件のことを聞いた。

 すると鼓笙は、涙目になって素直に話した。

 「本当に驚きました。ご遺体は丁重にご安置させていただいて、今朝早く、事の説明と謝罪をしに教盛のりもり様の屋敷に出向いたのですが、会えずじまいで、その足で経盛つねもり様の屋敷に向かいました。経盛様はうた好きが高じて、それが縁で親しくさせてもらっていたので、全てお願いすることができました。ご遺体を引き取ってもらったのですが、一言忠告されました」と、落胆したように鼓笙が言う。

 「忠告?」

 「ええ。平家は武士だ。もしかして、身内の者が何か誤解をして仇討ちするかもしれないが、まぁ、訴えはしないだろう」と、皮肉とも取れるようなことを言われました。

 「仇討ちですか?その自害は、鼓笙様に何らかの責任が伴うものだったのですか?」

 「あれは呪いです。凡人のわたしに理解できるものではありません。しかし、平家にはその理由も意味も何も分かっていないでしょう」

 「平家は日に日に力を誇示していますね。これからはわたしたちは平家に苦しむ日がくるかもしれません。それは気をつけた方がいいと思います」

 「経盛つねもり様とは確かに詩会などでご一緒する機会も多いのですが、確かに武士とは特殊な方々。何と言いましょうか…。わたしには考えも及ばないくらい魂のありようが確かな方々です。お読みになるうたも確かだ。好んで機微なる表現を使われたとしても、やはり確かなのです。わたしにはとうてい敵いませぬ」

 二人はそんな話しをしながら、門の前の長い石畳を歩き、屋敷に入り長い廊下から渡り殿を歩き、やがて鼓笙の寝殿に辿り着いた。

 それにしても、昨夜平家の家臣が自害した事件があったにも関わらず、屋敷は事件のかけらも想像させない、いつもの日常のように静かで、穏やかだ。


 寿院は、改めて広いお屋敷だと思う。雅楽寮の白水家の、あの独特な屋敷とはまた違った独特さを感じる。この屋敷の本当の当主は、いったい誰なのだろう。と、興味が湧く。


 しかし、鼓笙の寝殿に入ると、その考えも一変した。ここはこれまでの雰囲気とがらりと変わった気の力があった。

 ふと、寝殿の奥に無造作に置いてあった立派な日本刀が寿院の目に飛び込んできた。

 この寝殿に唯一浮いた存在だ。

 鼓笙は、日本刀に視線を投げかけている寿院に気づいて、慌てて日本刀を仕舞い込んだ。


 「これは物騒なものを見られてしまいました。しのの部屋にいたあなたのお連れ様からあなたのことを伺って一目散に会いに行ったものですから、これのことをすっかり忘れておりました」

 「いえいえ、どうぞお気遣いなく…」

 おそらくこのひとは表裏を勘繰る必要のないひとだと寿院は直感した。

 「おそらくですが、あなたはその刀を何処かに仕舞い込んでいたのではないですか?しかし、わざわざそれを出さなければならないことが起こった?あなたは苛立っていた。だからこそ我々の訪問に対して腹を立てて、斬る!と、仰った。我々のことを無神経だと思われたのではないですか?」

 「寿院殿、そんなふうに見透かさないで下さい」と、鼓笙は苦笑いを浮かべた。「確かに、あの時、わたしは自分の弱さと闘っておりました。実は、あなたを探していたうたがこの屋敷にいるのですが…」

 「うたさんが?どちらにいらっしゃるのでしょう?お会いしたいのですが」と、寿院は驚いた。

 「それが…、わたしを訪ねてもう五日くらい経つでしょうか?あの子が突然血相を変えてやって来たのです」と、鼓笙はかすかに表情を歪めて話し始めた。

 五日前?

 唐菓子売りが言っていたのも五日前だ。ということはお客人とは譜のことだ。

 「譜が言うには、今すぐ何処かの宴で白拍子を舞わせて下さいと…。突然、そう言うのです。この子は何を言っているのだろうと、わたしは不可解でした。そして、更に言うのです。宴がなければ詩束が殺される。と…。その言葉でわたしは全てを察したような気がした。いえ、具体的には何も分かっていないのですが、いよいよその時が来てしまった。と思ったのです」

 寿院は、何一つ言葉を挟まず黙って聞いている。

 「この頃、いつも宴の席に呼んで頂いた平家の方々の席にはすぐにでも白拍子を呼ぶことができたので、譜の申し出は難しいことではありませんでした。しかしわたしはすごく嫌な予感がした。詩束が殺されるとは、どう言う意味なのか?譜はひどく混乱していて、息をするのが難しいのか、呼吸音が激しくて、理由を聞いても長く話すことが出来ないだろうと思いました。しかし、譜が言葉少なげにこう言ったのです」

 鼓笙は、深いため息をついた。その言葉を躊躇ためらっているようだ。

 「目が合ったら、全てを支配される」と、言うと鼓笙は、寿院を見た。「意味分かりますか?」

 「目が合ったら支配される…はて?」

 「わたしは、その時理解しました。普通ではあり得ないことですが理解してしまったのです。でも、おそらく寿院殿も理解すると思います。だって、あなたのお連れ様はその支配をお解きになられたのですから」

 「奇病にかかったというしの婆様のことですか?」

 「はい。あなたはそれを呪いだと言った。だからわたしはうたから聞いたからではなく、わたし自身があなたなら、全てを理解してくれると、そう信じることができました」


 少し前だったら、理解していただろうか…?と、寿院は思った。

 噂程度のもので『呪い屋』を追いかけていたが、しかし、それはひとの成すものだと考えていたから、実際呪いなどというものは信じていない。

 しかし、こんなふうに時の狭間のような奇妙な世界に迷い込んでしまった。

 考えてみたら、奇妙な出来事が次々と起こっている。

 ひとには見えない、虚空に浮かぶという文字が見えると言ったあのわらべに出会ってからだ。

 あれが序章。

 そして、隆鷗に出会った。隆鷗に出会ってからというもの目まぐるしいほど、奇妙な出来事が次々と起こっている。実際、信じるとか信じないとかその程度の話しではなくなってしまった。

 寿院は、師匠の苞寿ほうじゅふみに、隆鷗は嘘を吐かない。と記したことで隆鷗の言葉が絶対になった。師匠が信じているのなら、疑うことなど微塵も考えていなかったのだ。


 それにしても隆鷗はいったい何をしているのだ?

 寿院は、一向に顔を見せない隆鷗が、ふと心配になった。


 「始まりは、わたしなのです」と、再び鼓笙の話しが始まる。「あの日、賀茂陰陽頭おんみょうのかみ名代みょうだいと言う名前も名乗らない、顔さえ隠した男に平伏したばかりに…。あの子供と出会ってしまった。そして、男が言ったのです。神を降ろすと評判の白拍子にその御子を育てさせて下さいと。まさか、こんなことになろうとは、あの時は思いもしなかった。ただ、わたしの行いで随分と理不尽な負担を背負わせてしまったことが申し訳ないと思うばかりだった。しかし、わたしは分かっていました。あの家族が少しずつ少しずつ壊れていることが。そこに蓋を閉めてしまったのです。そして、今日まで閉めっぱなしなのです」


 御子…?陰陽頭…その名代、顔を隠した男…目が合ったら全てを支配する…神を降ろす…白拍子…詩束が殺される…平家の宴…昨夜この屋敷で平家が自害…蓋。


 寿院の頭の中で、鼓笙の話のひとつひとつの、力を持つ言葉が自然と蓄積されていく。


 「わたしはふと思ったのです。あの子供はひとではない。化け物なのです。だとしたらわたしがあの化け物を退治すればいい。目が合わなければ支配されることもないのだから、子供を退治するだけのことです。そして、父上から授かった刀を取り出したのです」


 そこに唐菓子売りの訪問だったと言うわけか…。だから斬りたくなるほど、腹が立ったのか?

 

 その頃、隆鷗は、みよから鼓笙の寝殿の場所を聞いて、一人で向かっていた。

 おそらく長い間、ずっと身体をろくに動かしていないしのは、当分思うように身体を動かすことができないだろう。みよの助けが必要だ。そんなしのを一人残して、みよに案内させたくなかったのだ。


 鼓笙の寝殿に向かう途中…。


 おそらくしのの部屋は使用人たちの部屋があるむねなのだろう。そこから渡り殿で別のむねに入ったところで、隆鷗は不思議な光景に出会でくわした。

 障子に囲まれた角の部屋が仄かに明るかった。しかし、その明るさは幻想的で青みを帯びていた。それが現実のモノではないと、隆鷗は直感した。


 あの部屋の中に何かがいる。


 しかし、それはほんのりと心地よい暖かさに包まれている。悪いものではない。むしろ気高さを感じる。

 隆鷗は、白く青い仄かな、現実のモノではない光を見るのは始めてだったが、光には力がある。ひとに影響を与えることのできる力だ。何故なら、隆鷗はその光を見ると、すごく穏やかな気持ちと、心地良い、心立つような感情が唐突に湧いてきたからだ。それは、その光の影響だということがすぐに分かった。

 部屋のなかにはどんなモノがいるのだろうか?ふつふつと好奇心が湧く。


 隆鷗は、ゆっくりと障子に歩み寄った。触れてみたい衝動に駆られたが思い止まった。だが、光の暖かさは感じる。すごく不思議な感覚だ。隆鷗は暫くその場を動けなかった。

 やがて光が強く、濃くなった。光を放っているモノが隆鷗に近づいてくる。次第にそれがひとの姿になっていった。そして、障子の表面が盛り上がったかと思ったら、それは障子ではなく、白く、青い光を纏ったひとの姿をした何かだった。障子を通り抜けたのだ。

 隆鷗は、それは神様か、守りビトではないかと思った。この部屋の中の者を守っているに違いない。と、何の根拠もないわりには、そう確信した。

 守りビトはふわふわと虚空に浮いている。そして、じっと隆鷗を見ていた。

 すごく無表情だ。いや、表情というものなど、そこには存在しないのかもしれない。

 何故、自分を見ているのだろうか?と、ふと隆鷗は思った。

 そして守りビトはゆっくりとゆっくりと、暮れてしまった空へと舞い上がっていく。その間もずっと隆鷗を見ていた。やがて青く光る守りビトは、空高く舞い上がり、消えていった。


 そうか、守っていた者の元から離れてしまったのか?


 守りビトがいなくなって間もなくして、障子の向こうから声がした。

 「そこにいるのは鼓笙おじ様なの?」声の主は、ひどく荒い息をしていた。すごく苦しそうだった。


 病なのか?

 守りビトは病で苦しむ者の元から離れていったのか?何故だ。一番守らなければならない者だ。


 「鼓笙おじ様?」と、弱々しい女の子の声…。

 「いえ、違います」と、隆鷗は答えた。

 「誰?」苦しそうに声を出す。隆鷗に恐怖を覚えたのか、強く咳き込んだ。

 「わたしは、鼓笙様の客人の連れで、隆鷗と言います。今、わたしの連れが鼓笙様と話しているので、わたしは席を外しています」

 「客…?」

 「寿院と言います」

 「じゅいん様…じゅいん様、来て下さったの?鼓笙様が探してくれたのね。じゅいん様に会いたい…。でも今は会えない。息が苦しくて…。息ができなくて…動けないの」

 「寿院を知っているのですか?」と、隆鷗は尋ねた。

 「お会いしたことはありません。ただ月子ちゃんが困ったことがあれば寿院様を訪ねるといい…と」

 月子様…。隆鷗は小声で呟いた。

 「月子ちゃんに出会ったから私は、今の恐怖に打ち勝つことが出来たのだけれど、でも、駄目だった。私は本当の恐怖を知らなすぎた。自分の大切なひとが傷つけられることがこんなにも恐ろしいなんて…」

 「何があったか、寿院に変わってわたしが聞いてもいい?」

 「聞いてくれるの?でも…。このままでいい?隆鷗さんをこの部屋に入れられないわ。私、ずっと体調が優れず、寝てたから。ひどい顔をしているの」

 「勿論」

 「ありがとう」

 「疲れないようにゆっくりと…」

 「優しいのね…」

 声の主の呼吸が荒い。ひどく苦しそうだ。

 「もう、随分前になるわ。家に私よりすこし年上の女の子が突然、やって来たの。そして、突然姉だと言われた。母が引き取ったのよ。最初から少し変わった子だった。あまり喋らない子だと思ったけど、母の前だけだった。本当はすごくお喋りで、ぼそぼそ取り止めもなく皮肉ばかり言っていたわ。一緒にいると、すごく不快だった。そのうち、少しずつ家族が壊れていった。母が可笑しくなった。私の本当の姉もそのうち可笑しくなった。全てその子を中心に可笑しくなっていったの。私はずっと見ていた…」声の主は咳と、呼吸音を交えながら辛そうに話した。だが、息苦しさに耐えながら、時をかけて必死に話しを続ける。

 「すごく苦しかった。家にいるのが息苦しかった。ずっと見ていたのに、その理由がさっぱり分からないまま時だけが過ぎていく。そんな時だった月子ちゃんに出会ったのは…」

 「月子様…」隆鷗が再び呟いた。

 「私は、お姉ちゃんを召使いのように扱っているあの子の跡をつけた。何故、母も姉も皆んなあの子の言うことしか聞かなくなったのか、その理由が知りたくてずっと見ていたの。その時、あの子が通りの隅にいた月子ちゃんに声を掛けた。月子ちゃん、あの子のことを真っ直ぐ見ていた。物乞いみたいな格好をしていても、すごく凛としていて、美しかった…。本当に格好良かった」

 「凛として…美しかった」隆鷗が無意識に呟く。

 「あの子と月子ちゃんの会話が聞こえた。そして、私は知ったの。あの子の呪いの力を。あの子と目が合うと縛られる。母も姉も戒に縛られ、傀儡のようになってあの子の言うことしか聞かなくなった。それをすぐに月子ちゃんが言い当てた」そう話した時、声の主の荒い呼吸が少しずつ落ち着いていった。

 そして、隆鷗は更に呟いた。

 「月子様が…」

 「だけど、私は気がついたの」

 「ん…?」

 「私は、あの子と目が合っても呪いにかからない。私はあの子の呪縛を受けない…ということに。だから強気になってしまった。だけど、それは、ただ単にあれを怒らせただけだった。あれはお姉ちゃんに命令して自害させると脅してきた。そして、遂に昨夜お姉ちゃんを傷つけた」声の主が暫く黙った。そして、再び口を開き、隆鷗を驚かせた。

 「あの子の呪いが及ばないのなら、私があの子を殺してしまえばいいんだわ。何も迷う必要がないのよ。だってあの子は化け物だもの。人より過ぎた力を持っているのだから、あれは人ではなく化け物なのよ。化け物は退治されて然るべきモノなのよ」

 隆鷗は、何故かその言葉を素直に受け入れられなかった。


 だとしたら、月子様もわたしも化け物なのだろうか?と、一瞬考えた。しかし、すぐに先ほどの白い守りビトが頭に浮かんだ。

 もしかして、守られていたから呪いの影響を受けなかったのではないだろうか?

 白い守りビトは去ってしまった。何故、去ったのだろうか?


 「もしかして、君は譜さん…?」

 「えっ?そうです」

 「だったら寿院が君を助ける。君がそんなことを考えなくていいよ。殺すなどとそんなことを言っては駄目だ。寿院が君の家族を必ず助けるよ」

 「ずっと考えていたの。どうやって殺そうか…と…。でも本当は…すごく怖かった…」

 「そんなの当たり前です。もういいですから、ゆっくり休んで下さい」

 「ありがとう…隆鷗さん」

 「最後に、あの子って…?」

 「かい…と言います」

 おそらく、次に戒の目を見た時、譜は呪いを受けることになるだろう。その時の精神的な屈辱はその後の人生を変えてしまうかもしれない。


 急がなければ…。

 隆鷗は、寿院の元に急いだ。


 「化け物とは…?いったい何なのでしょう?」と、寿院は言った。

 その時、隆鷗が鼓笙の寝殿を訪れた。

 「おおぅ、隆鷗君、何をしていたのだ?随分遅かったではないか」と、寿院はほっとした表情を浮かべた。

 「化け物とは、何なのでしょう?わたしも聞きたい」と、話しが聞こえていたのか、隆鷗も尋ねた。

 「それをわたしに聞きますか?わたしにも分からない。ただ、親しい者に害を成すあの子供を化け物と思わずにいられないのです」と、鼓笙が答える。

 「退治して然るべきモノだと…?」と、隆鷗は、尋ねた。

 「退治して然るべきモノではないと仰るか?」と、鼓笙が言う。

 「わたしには分からない。だから尋ねました」と、隆鷗が言う。

 「わたしはただ守りたいのです」と、鼓笙が答える。「伊都さんや詩束君を縛り、自分の思い通りに操っているあの子供を化け物だと思うのは悪いことなのでしょうか?」

 「隆鷗君、どうしたのだ?何かあったのか?」と、寿院が心配気に尋ねる。

 「いえ、鼓笙様の気持ちは分かります。わたしも守りたいひとがいましたから。だけどできませんでしたが。ただ…ふと自身のことを考えてしまって…」と、隆鷗が答える。

 「まさか君は、自分のことを化け物だなんて考えているのではあるまいな?」と、寿院は尋ねた。「化け物だと思うのはそれを称した者の中にあるのだ。誰が君を化け物などと思うものか」

 「そうですよ。間違っていたら申し訳ない。あなたも何らかの力をお持ちなのかもしれない。しかし、わたしにしてみたらあなたは恩人の何者でもありません」と、慌てて鼓笙が言う。


 「隆鷗君、わたしが鼓笙様に尋ねていたのは、化け物とは何なのかではなく、その化け物は何者なのかということだよ」と、寿院が言う。

 「かいという子供です」と、鼓笙が答える。

 「寿院、早速明日行きましょう。1日も早く、譜さんの家族を助けましょう」と、隆鷗が妙に急かした。

 「おおぅ、おっさんから寿院に出世した。それでいい」と、寿院が微笑む。

 「おおっ、寿院殿、隆鷗殿、ありがとうございます」と、鼓笙が頭を下げる。


 「しかし、鼓笙様、ひとつ気になるのですが…。確かにわたしは譜さんを探しておりました。それは譜さんがわたしの友が殺された時の状況を全て目撃した証人だからです。しかし、何故、詩さんがわたしを探していたのでしょうか?友が死んだ時に琵琶法師の夜一よいちがいた筈ですが、わたしのことは知り得なかった筈なのです。なのに何故譜さんはわたしのことを知っていたのでしょうか?」と、寿院はずっと不思議に思っていたことをようやく尋ねることができた。

 「譜が言うには月子様からお聞きになられたようです。かいの呪いを見破った方のようで、その方も何らかの能力をお持ちのようだと。何かあった時は呪術師の寿院様が力になってくれると、そう言われたそうです」と、鼓笙が言う。

 しかし、寿院は首を傾げ、はて?といった顔をした。「月子様…?わたしは存じ上げないですね。依頼人なのかな…?」と、暫く考え込んでいた。

 そんな寿院に驚いていたのは、隆鷗だった。


 えっ?

 月子様を知らないって、どういうことなんだ?


 あの日、月子は、隆鷗の記憶を失い、身体もぼろぼろなのに、都へ行くと言って聞かなかった。月子を止めるために、思わず平手で頬を叩いてしまった隆鷗に、月子は、こう叫んだ。


 お前は誰だ!私は都に戻って、寿院とともに手鞠の仇を討つのだ!何故それを阻む。お前は誰なのだ?


 隆鷗は最愛の友を失ってしまった…。


 じゅいん…?

 じゅいんとは、いったい誰なんだ?

 そして、隆鷗も都へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る