第29話 確認

 水曜日。昼休みに俺は翔太と真里亜と一緒に弁当を食べる。だが、この日は剛史からメッセージをもらっていた。


剛史『昼休みに屋上に来てくれ。真里亜には内緒だぞ』


 真里亜に内緒か。なんだろう。


「ちょっと行ってくる」


 俺は席を立つ。


「え? 健人、どうしたの?」


「ちょっと野暮用でな。翔太、真里亜を頼む」


「お、おう」


 いぶかしむ二人を置いて俺は屋上に向かった。真里亜と別れたばかりの剛史の呼び出し。嫌な予感がする。


◇◇◇


 屋上に着くと、剛史は言った。


「わざわざ悪いな」


「別にいいよ。で、何のようだ?」


「ちょっと確認したくてな。クラスの友達に真里亜と別れたって言ったらやっぱり、って言われてな。そいつが言うには。先週の日曜日に真里亜がお前と二人で食事しているところを見たって言うんだよ」


 真里亜と初めて二人でデートしたときか。


「でも、そんなはずないよな。真里亜はあの日は家の用事ってことだったろ」


「……」


 俺は何も言えなかった。


「健人……まさか本当なのか?」


「ああ。真里亜と一緒に居たのは俺だな」


「先週の日曜日ってまだ俺は真里亜と別れてないよな。それなのに二人で会ってたのかよ」


 あの日は真里亜がお金を返すと言って会ったんだった。でも、それを言うと、真里亜が俺に会いたいと言ったということになる。真里亜を悪者にはしたくなかった。


「真里亜がかわいそうだったからな」


「だったら……俺に一言あってもいいんじゃ無いのか? 俺、相談したよな。真里亜が浮気しているかも知れないって」


「ああ」


「それを聞いてどう思ってたんだよ。心の中で笑ってたのか?」


 剛史はそう言って俺に詰め寄って、胸ぐらをつかんできた。


「まさか土曜日の用事ってのもお前に会ってたんじゃ無いだろうな」


「……そうだよ。でも、そのときはもう別れてたろ」


「その前に約束してただろうが!」


 剛史は俺を突き飛ばした。


「お前、最低だな。確かに俺は、別れたらお前に真里亜を任せるって言った。だが、それは別れたらって話だろ。別れる前に俺から真里亜を奪おうと動いてたのかよ!」


 また、剛史が俺の胸ぐらをつかむ。俺は言い返さなかった。


「……俺はもう別れたから何も言う資格は無いかも知れない。だがな、一発殴らせろ」


「……分かった」


「そして、お前とは絶交だ。じゃあな」


 そう言って剛史が拳を振るう。俺の頬に見事にヒットし、俺は倒れた。剛史は何も言わずに去って行った。


「……少しは手加減しろよ、ったく……」


 倒れた体を起こす。痛みは今まで味わったことが無いほどだ。でも仕方ない。悪いのは俺だ。


「……無様ね」


 急に聞き覚えのある声が響く。その方を向くと、見慣れた人物が近づいてきた。


「凪川か。なんでここに居るんだよ」


「私は昼休みにたまにここに来てるのよ」


「そうなのか?」


「うん。いつも隠れて居るから時々興味深いものが見れるし。今日は格別だったわね」


「見てたのか」


「一部始終ね」


「……真里亜には言わないでくれ」


「かっこつけちゃって」


「そういうわけじゃない。あいつに心配掛けたくないんだ」


「それがかっこつけてるって言うのよ。まあ、いいわ。言わないであげる」


「ありがとう。助かる」


「その代わり、本当のことを教えて。あなたが真里亜を誘ったの? それとも……」


 俺は黙っていた。


「何も言わないのが答えって訳ね。へぇー、あの子、可愛い顔して結構やるじゃない」


「お前でも真里亜の悪口は許さないぞ」


「悪口じゃ無いから。私は心底尊敬してるわ。だって、私にはそんなことできないもの。彼氏が居たのにね。私に真里亜ぐらいのずうずうしさがあれば、私だって――」


「黙れ。真里亜の悪口は許さないと言ったはずだ」


「……はいはい。おー、恐い恐い。真里亜のことになるとすぐ真剣になるんだから」


「当たり前だ。親友だからな」


「真里亜の彼氏も親友だと思ってたけど?」


「……」


 すると、そのとき扉が開いて今は会いたくない人物が現れた。


「け、健人! どうしたの?」


 真里亜が駆け寄ってくる。


「真里亜、どうしてここに……」


「剛史が健人の面倒見てやれって。屋上に居るからって」


 あいつ……


「ひどい傷。まさか凪川さんが?」


 検討違いの推測に俺は少し笑ってしまう。


「私が健人を殴るわけないでしょ」


「じゃ、じゃあ誰が――」


「殴られてないから。転んだだけだ」


「でもこの傷――」


「気にするな。かすり傷だ」


「痛くないの?」


 そう言って、真里亜が頬の傷に触る。


「いたたた……」


「やっぱり! 保健室に――」


「いいから。騒ぎを大きくしたくないんだよ。わかるだろ?」


「……う、うん。でも――」


「だから大丈夫だ。さ、午後の授業が始まるぞ」


 俺は立ち上がって、屋上を出た。



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