第七章:選択

四十六幕 サプライズ

ここからジャズ視点に戻ります。


******


 

「本当にあそこなのか!?」

 

 目の前に広がる吹雪に、ジャズは顔をしかめて振り返る。うんうん唸りながら本を眺めていたユートは、ぱたんと閉じて顔を上げると晴れ晴れとした笑顔で言った。

 

「この本を持ってれば大丈夫なはずなんだけど、長年の吹雪でここら辺の気候自体変わっちゃったみたい! だめだこりゃあ!」

 

 びゅうびゅう吹き荒れる風の音に負けじと張り上げた降参宣言は、人どころか魔物の気配すらない雪山によく響いた。

 

 

 聖域の現れる時期に当たりをつけ、ユートと合流したは良いものの。聖域が現れる場所については非常にざっくりとした目安しかなかった。

 星の周期だけでは流石に正確な場所を掴むのは難しい。かといって、今までの記録は数が少ない上に信憑性も高くない。頼りになるのは一度ジャズが体感したあの感覚。かすかに身体の中心が吸い込まれるような不思議な感覚だけだった。

 

 そのため見晴らしのいい場所で聖域の出現を待ちたいと言えば、ユートがなんと星見の塔の在り処を掴んだという。しかもそれは俺が情報を集めた時、絶対に近付くなと言われた場所。

 経緯は教えてくれなかったが、星見の塔を隠した本人からの情報なんてどうやって手に入れてきたんだか。

 

「誰も通らないよう魔法を掛けて、噂も流したって言ってたけど、商人の人達は行っちゃいけない理由は知らなかったんだよね?」

「知らねぇんじゃなくて、みんな言う事バラバラだったんだよ。ただ『入ったら出られなくなる』ってのは共通してたな」

「あー、その人が嫌がるものを思い浮かべる魔法でも掛けてたのかな……。多分要の魔法は正常に機能してるはずだから、中心まで行ければ大丈夫だと思う!」

 

 自信満々で笑うユートは、ここ数日のどこか思い煩うような様子が消えていた。随分スッキリしたらしい。久し振りにまっすぐ合う視線に安堵しながら、吹雪の中に手を突っ込む。

 まるでここから先だけ別の空間に切り替わったかのような、冷たい風と礫のような雪が腕を打った。

 

 この吹雪の向こう側に、憧れていた研究者の集大成がある。そう思うと気持ちが逸った。

 俺は全身に身体強化を行き渡らせ、口角が釣り上がるのを感じながら足を踏み出す。

 

「なら仕方ねえな。強行突破するぞ」

「ラジャー!」

 

 

 身体強化のおかげで寒さや雪の重みは平気で耐えても、強風で声が通らないため意思の疎通は難しい。吹雪の中を無言でしばらく進むと、徐々に平坦な場所に向かっているのが分かった。

 一瞬の間に強風が止み視界が開けると、ここが驚くほど見晴らしの良い場所であることがわかる。思わず足を止めるとユートがふわりと結界で辺りを覆った。

 

「ずんずん進むから通り過ぎたらどうしようかと思ったよ。よく場所がわかったね」

「そりゃ悪かったな。俺ならここに建てると思ったんだよ」

 

 また吹雪に覆われてしまった空を残念に思い眺めていると、ユートが前に進み出た。また本を広げると、今度は得意気に俺を見る。

 

「使い方は教わったけど、どんな魔法で隠されてるのかはおれも知らないんだよね。普通だったら幻覚だと思うけど……」

「それは無いな。何となくだが、見えなくても在ったらわかる」

「あははっ! ジャズがそう言うなら幻覚じゃないね。楽しみだ!」

 

 ユートはページを捲ると、開いたまま本を地面に押さえつけるように置いた。魔法陣に手を当てながら魔力を練っているが、今までにないほど圧縮されたその密度に全身が粟立つ。

 

「〈レオニード・テンペルの友と、ヨアネス・ケプルスの意思を継ぐものが鍵を継承した。出でよ、汝オーブの意味を知る者なり〉」

 

 本を通して魔力が地面に広がる。足元から伝わる振動と地鳴りが前触れだった。

 

 轟音と共に地面が割れる。地中から吹き出すように青白い光が解き放たれ、切り出された巨大なブロックが宙に浮かんだ。パラパラと雪や破片を落としながら中央へ集まり、瞬く間に塔が形成されていく。

 まるで崩壊の時を遡るような光景に、二人とも絶句しただ眺めていた。

 

 ほんの数分の内に天高くそびえ立つ塔が出来上がった。あまりのことに呆然としながらも、徐々に興奮が胸に湧いてくる。気付けばよろよろと立ち上がるユートの背を強く叩いていた。

 

「おいおいすげえな、こりゃ! ユートお前本当に誰に聞いたんだ!? 塔が地面に埋まってた! ずっと見つからないはずだ、だって建ってないんだから!!」

「ハハ……マジか。あの爺さんって本気ですごい人だったんだ……」

 

 「これどういう魔法なんだろう。時間の巻き戻し……は無理だし、形状記憶? 建物に元の位置を記憶させて……」とぶつぶつ言い始めたユートの肩に手を回し、塔の方へと足を進める。

 周囲は塔のブロックが抜けたことで陥没しているため、無数の穴が空いていた。しかしこれも吹雪がじきに埋めるだろう。

 

 駆け出したい気持ちを堪えながら、万が一崩れても良いように警戒しながら中に入る。とはいえ、いつものように冷静にとはいかなかった。入口から見える範囲でも、中の様子が当時のままなのがわかる。これではしゃがないなんて無理だ。読みたい本も研究資料もたくさんある。

 

 しかし今はとりあえず、星見の塔の名の通り、この塔にあるはずの観測室を探さなくては。


「ちゃんと前見て歩けよ」

「ジャズの歩くのが早いんだって!」

「お前がのろいんだよ」

 

 走るの我慢してんだぞこっちは!

 

 

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