第15話:気まずい!グラビア撮影

白ホリの中央に設置されたアンティークソファに腰掛け、ストロボの光を浴びながら、シカは微笑んでいた。


薄手のニットタンクトップにシアーシャツを羽織ってラフに着崩した軽やかな今日の衣装は、初夏の号として発刊される掲載紙にふさわしい。


シャッターの音に合わせてテンポよくポーズを変え、表情を作る。

デビューしたばかりの頃はポージング一つ取ってもまごついていたシカだったが、今では落ち着いて被写体に徹している。

今日は馴染みのスタジオ、馴染みのスタッフとの撮影ということもあるが、肩の力を抜いて気持ちのよい緊張感の下で仕事ができている。


スミが加入して以降飛躍的に知名度を上げたmoreBUTTER!は、今や雑誌の表紙を飾らない月はない。BL漫画を物色しに書店に赴くたびに必ず自分の顔を目撃するので、シカは後ろめたい気持ちで自然と長居を躊躇うようになった。


「いいねぇ、オッケー!じゃあ次、スミちゃん入ってきてくれるかな?」

「はい」


スタジオの奥でスタンバイしていたスミが、呼び込まれてライティングの下に入ってくる。


ロング丈のキャミワンピースに身を包んだスミは、シンプルなコーディネートながら素材の美形さがひときわ研ぎ澄まされた完璧なスタイリングだった。


シカがソファに一人分のスペースを空けると、スカート部分にあしらわれたチュールを捌き、姿勢よく隣に腰掛ける。


「お二人さん、もう少~し寄ってもらえるかな?」


カメラマンから中央へ寄るようジェスチャー混じりに指示を受け、シカはハッとした。

気が付けばスミもシカも、互いに肘置き側に身を寄せて着席していた。二人掛けサイズのソファにも関わらず、真ん中にこばと一人分なら余裕で収まりそうなほど間隔が空いている。


「……すみません。よろしくお願いします」


二人同時に距離を詰め直すと、今度は肩と肩がぴたりと密着した。


衣服に包まれていないむき出しの肌が触れ合う感触に、シカの眉が一瞬ピクリとたわんだが、すぐに何事もなかったかのように涼やかな笑顔を作った。


おおよその着席位置が決まるとスタイリストとメイクスタッフが入り、衣装とヘアメイクを手早く調整する。


「それじゃ、ペア撮影始めようか。まずは二人のオフっぽい様子が撮りたいから、いつも通りリラックスしてね」


「いつも通り……」

「リラックス…………」


和やかな表情を顔に貼り付けたまま、二人揃ってカメラマンの言葉を反芻するようにぽそりと繰り返す。


思案する間もなくカメラのフラッシュが瞬き出すと、シャッター音に合わせてスイッチが入ったように各自が自然なポーズを取っていく。

ぎこちなさを感じさせないスムーズなポージングは、一貫してプロ意識と集中力によるものだ。


才能や感性に恵まれたタイプではないと自負しているシカにとって、レンズを向けられ涼しい顔で被写体然としている瞬間でも、脳内は慌ただしくフル回転している。

顔の角度。体の向き。目線。表情。手の仕草。

カメラマンの意図を組めているか。求められているものは何か。

これまでの経験と知識を総動員し、最適な解を笑顔で導き出す。ビギナーズラックのない現場では、経験値が完成度に直結する。


「……ッ!」


プロとしての矜持で集中を保とうとしていたシカの腕に、スミが不意に、自身の腕を絡ませた。


二の腕に柔く温かな感触がして、笑顔を湛えていたシカの口角がひくりと一瞬引き攣る。


シカの腕を取ったまま、スミは甘えるように肩口にすり寄ると、そのまま頭を預けた。


「はは。最高!さすがルームメイトのお二人さん、本当に仲が良いんだね~」


――普段は大人びた言動の多い最年少メンバーが、心を許したリーダーに見せる、年相応のあどけない姿。


実に微笑ましく、なんと画になることだろう。

YEAstsたちの歓喜に沸く様子が目に浮かぶ。


もっとも、ファンによる“ケミ需要”をスミがそこまで分析しているとは考えにくいが、真価はその細部にあった。


肩に頭を預けることで、片側が編み込まれてアシンメトリーにセットされたスミの今日のヘアスタイルが一段と映える構図になっただけでなく、ペアであるシカの得意とする顔の角度がカメラに捉えられるよう、自然なタイミングで腕を引いて調整していたのだ。


シカの盛れる角度を当然のように熟知しているスミならではの行動だが、瞬時にポージングに移せるのは、やはり天性の勘の良さといえる。


対するシカの額には、うっすらと汗が滲んでいた。


無論、照明の熱に起因しているわけではない。


ただでさえも顔を合わせるのが気まずいスミとのペア撮影、加えて思わぬ密着ポーズで、脳内の思春期を司る部分が意図せずアドレナリンを過剰放出してしまい、いよいよ素面で乗り切ることができる許容値を越えようとしていた。


心の中で半泣きになりながら、シカは一刻も早く時が過ぎるよう祈るほかなかった。



◇◇◇



「なぁ、スミと何かあったやろ」


背後から投げ掛けられた言葉に、どきりと鼓動が跳ね上がる。


手を拭いたばかりのハンカチを取り落としそうになりながらシカが慌てて振り返ると、女子トイレの入り口にあやてが立っていた。


「な、なんで……」

「何年一緒にいると思ってるんや。今日のシカ、ポーズも表情もぎこちなさすぎるで」


壁に背を預け、腕組みをして佇むあやての声色には咎めるようなニュアンスは含まれていなかった。


他のメンバーやスタッフに聞かれないようわざわざ場所を選んで声をかけてきたのはあやてなりの気遣いだろう。リーダーとしての面目を保つことをいつも気にかけてくれるあやての存在は、シカにとって相棒とも言える心の支えだった。


撮影は滞りなく進行し、小休憩を挟んで再開予定となっている。

写真のチェック時にはカメラマンやスタッフから絶賛されていた件のペア撮影だったが、互いをよく知るメンバーまでは誤魔化すことができなかった。

余計な心配を掛けてしまったことが申し訳なくて、シカはあやての目を見ることができなかった。


「……ごめん。あやてに隠し事はできないね」

「どないしたん?確かにシカは嘘つくんヘッタクソでバカ正直で顔に出やすいとこあるけど、仕事の時は表に出さんポリシーやったはずやろ?」

「ヘタクソのくだりは余計だよね」


軽口を交えながらも案じてくれる優しさに、ますますもっていたたまれない気持ちになる。


言えない。言えるはずがない。

まかり間違ってもあやてには。


昨夜のスミとのくすぐり声ガマンプレイが存外まんざらでもなく、むしろハマってしまいそうな自分が怖くて、思わず拒絶してしまったので今日は顔を合わせるのが気まずかった――などということは、口が裂けても到底言えっこない。


『スミとはもう、こういうことしない』


昨晩そう告げた時のスミの寂しそうな表情を思い返すと、ずきりと鈍く胸が痛む。


強引にことを進められたのは確かだが、“BL恋愛漫画の再現”と銘打ったスミの企てに完膚なきまでにときめかされてしまったのは、疑いようもない事実だった。


繊細なタッチで身体中を撫で回すスミの指先の感覚が意図せず思い起こされて、シカの頬が熱を持つ。


あれ以上スミに触れられたら、どうにかなってしまいそうだった。自分が自分でなくなるような未知の感覚に囚われて、恐ろしくて咄嗟に拒絶を示してしまった。


そこからは互いに一言も会話せず、可能な限り距離を取りながら過ごして今に至る。基本的にはメンバー五人とマネージャーでまとまって行動しているので、言葉を交わさずとも特段問題はなかった。


ペア撮影は誤算だったが、スミが現場で動じるようなそぶりを一切見せなかったことには少しホッとした。


「……まさか、本当に手ぇ噛まれたんか?」

「そそそそんなわけないじゃんっ!!」


複雑な表情で言い澱むシカをまじまじと眺めながら、あやてが深刻なトーンで先日の会話を蒸し返す。


手も噛まれたしもっとすごいこともされた。

と素直に口にできればどれほど気持ちが軽くなるだろうか。


「反抗期……ってのも、あのリーダー大好きっ子に限っては想像できへんしなぁ」

「……」

「まぁ、最終的には当人同士でケリつけなあかんことやと思うし、事情もわからずどっちかの肩持つとかせえへんけどな。グループ活動に支障が出たら元も子もないで」


あやての言葉は決して非情ではなく、グループの利益を何よりも最優先すると誓ったデビュー当時から一貫している正論だった。


アイドル飽和状態のこの現代で、少しでも永く活動していくためには、全員の強い自覚と意思が必要不可欠だ。

根底にある全体主義こそがmoreBUTTER!を現在の地位にまで押し上げた要因の一つともいえる。


「スミと部屋、別々にするか?」


あやてからの提案に、シカは俯いていた顔を上げた。


moreBUTTER!のデビューから二年後、総合プロデューサーの望月もちづきクロワに集められ、練習生の野神スミが追加メンバーとして正式加入するという話を聞かされたその日。


実力は確かながら練習の虫であり、他を寄せ付けない雰囲気をまとった少女であると説明を受けた瞬間、シカ自らスミのルームメイトになることを申し入れた。


一刻も早くグループに馴染めるように身近で支えなければというリーダーとしての使命感や責任感に駆られた部分もあるが、理由はそれだけではなかった。


レッスンに明け暮れ、無自覚に周囲から孤立していた練習生の頃の自分を、スミに重ねていた。


かつてあやてがそうしてくれたように、自分も後輩に手を差し伸べることができたら。衝動に突き動かされるように名乗り出た当時のことを、シカはつい先日のことのように回顧する。


「……いや。まずは話し合ってみるよ」

「ん。それでこそうちらのリーダーや。もしそれでも解決できんかったら、天使のようにやさしーあやちゃんが気楽な一人部屋を特別に譲ったろ。感謝しいや♪」

「自分で言うなよ!!……もう。ありがと、あやて」


自分から切り出すまでは深掘りしないでいてくれるあやての自然体な優しさに、またしても救われてしまった。


ポンポンと気安く頭を撫でるあやての手を振りほどこうとして思いとどまり、されるがままにしておく。


スタジオへ続く廊下を二人並んで歩くシカの足取りは、心なしか先ほどよりも軽くなっていた。

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