第14話:実践!!声ガマン研究録②くすぐり実行編

「マニアック、でしょうか?」

「ケチのつけようもないくらいマニアックだよ!!声をガマンしながらくすぐられるって……ニッチすぎて漫画フィクションでもお目にかかったことないから!!」


拳を握り込み、力強く断言する。

ただでさえ女子同士のスキンシップに耐性のないシカからすれば、スミに無抵抗にくすぐられることなど到底承服できるはずもなかった。


『くすぐり』それ自体をプレイに用いている作品はいくつか読んだことがあり、いずれも素晴らしいものだったと記憶しているが、絶対数としては決して多いほうとは言い難い。

ましてや漏れ出る声を抑えながら行うというものは、シカ独自のBLデータベースをもってしても未知の領域だった。


このまま難色を示し続ければ、もしかするとスミも実践を諦めてくれるかもしれない。そんな淡い期待を込めて、シカはあえて大げさに渋るようなそぶりをしてみせた。流されるままのポジションは、いよいよもって脱したい。


「では、やはり参考文献の通りにシましょうか」


一瞬の逡巡の後、そう発したスミの声のトーンは低く落ち着いていた。


スミはベッドに腰掛けたままわずかに前傾姿勢になると、自身の太ももに両肘を突いて口の前で手指を組み、上目使いにシカを見やった。


日頃から変化の乏しい表情はいつにも増して温度が失せており、口元が隠れていることも相まって、顔付きからは感情を窺い知ることができない。


「私は構いませんよ。先輩の大好きな、のほうでも」


スミとの特殊な関係が始まった日に不用意に口走ってしまったワードを再び引用されながら、射るような視線で見つめられて、シカはぞくりと背筋に冷たいものが走る感覚がした。


例えるならば、狩りに赴く狼の眼光。

腹を決めた者の、迷いのない眼差し。


スミの言葉が意味するところといえば、一つしかない。


シカの脳内に危険信号が点る。



「…………やっぱりくすぐりでオネガイシマス」


「あ、そうですか?わかりました。じゃあ先輩、まずは鍵を掛けたほうがいいですよね?」


気圧されたシカが折れるやいなやコロッと声色が復調し、普段通りのスミが戻ってくる。

これでいて本人に脅しや駆け引きのつもりがまるでないというのだから、どこまでもたちが悪い。


またしても流されてしまった己の意思の弱さを情けなく感じるとともに、シカは前回の失態を思い出した。

部屋の鍵を掛けそびれたばっかりに、こばとに決定的な瞬間を目撃されてしまったこと。

今回も同じ轍を踏むわけにはいかない。


シカは弾かれるように立ち上がると、素早くドアに駆け寄って内鍵を掛けた。

スミに負けず劣らず好奇心旺盛なこばとのことだ。興味のアンテナがこちらに向いている以上、頃合いを見て部屋を訪ねてきてもおかしくない。


ひとまず第一防衛ラインは死守できた。

こばとの襲来を防げた安堵でふうと息をついていたシカは、背後から伸びてくる一対の手に気付くことができなかった。


「ひゃあぁッ!?」


すぐ後ろまで着いてきていたスミに、脇腹をするりと撫でられる。

咄嗟に飛び出た間の抜けた声に自分でも驚きつつ、慌てて口を覆って逸る呼吸を封じ込める。

背中にぴたりとくっついているスミの体温を感じて、なんの心構えもしていなかったシカは、思わず飛び上がりそうになった。


「す、スミ!?ま、まさか、もう始める気……!?」

「はい。先輩、今から私に何をされても、声を出しちゃダメですよ?」


ドアにもう片手を突き、可能な限り声を潜めて抗議するシカをよそに、スミがシカの脇腹へと手のひらを滑らせる。

脇の下から腰にかけて、触れるか触れないかという距離感でもって何往復かさせた後、指先を立てると――


しょわり。


「っふ!!うぅ……ん゛っ……!!」


爪の先で優しく、引っ掻くように触れた。


ぞわぞわと全身を伝播するむず痒い心地に、シカは反射的に脇を締め、身をよじらせる。

しかし、どれだけ体をくねらせても執拗に追従してくるスミの手を振りほどくことができない。そればかりか、背中側からドアに体を押し付けるように密着され、逃げることもままならない。


「先輩、ちゃんと脇を開いてください。そんなに締めてたらくすぐれません」

「っふ、ははっ……ひょんな……ことぉっ……はひッ!……ぅうんっ……!」


スミの指がまるで別の生き物かのように蠢いて、皮膚の薄い敏感な部分に的確に狙いを定めて這い回る。

くすぐられているのが服の上からとはいえ、部屋着のTシャツ一枚では防御力が低すぎて心許ない。

就寝間際ということもありカップ付きの肌着すら身に着ていない無防備な体をまさぐられては、思春期に延滞料金を払い続けているようなシカが耐えられるはずもなく、殊更に緊張感を持ってしまう。


「ほら。力抜いてください」

「ふ……ふふっ……う……むっ……ムリだ…って…ぇ!!」


スミにいくら指南されようと、無意識に起こる身体反応は制御できない。シカはビクビクと体を跳ねさせながら身をさらに縮こまらせ、背中を丸めて防御姿勢を取った。


「それなら……こういうのはどうでしょう?」

「や……っ!?あッ!!あっ、あ、はぁっ……!?」


ふぅ、と突然耳に暖かい吐息を掛けられて、身震いする。


スミが耳元に唇を寄せているのだと理解した瞬間、シカは全身の血液が沸騰したかのように熱を持つのを感じた。


「ふふ。こそばゆいですか?」

「あ、うぅっ……はぁ、あ……らめ……そこ弱、いっ……」

「そうなんですね。いいこと知っちゃいました。こばと先輩やみんなに聞こえないように、頑張ってガマンしましょうね」


まるで幼い子供をあやすような口調で囁くスミの声が、鼓膜からじんわりと浸透してシカの脳を犯す。


神経が耳に集中し、全身が弛緩したのを機と見るや、再び脇腹を目掛けてスミの手が滑り込んできて、指先で無遠慮に弄ばれる。


しょわり。しょわり。かりかり。しょわり。


「ひ……ひゃははっ……ふ……くぅ……ヒッ……」


唇を噛みしめ、必死で声を押し殺す。


スミの手から身を守ろうと背筋を縮こまらせると、またしても耳に息を吹き掛けられて、強制的に脱力させられてしまう。


緊張と弛緩を何度も反復させられ、感覚が次第に鋭敏になっていく。体中を這い回る指先の動き一つ一つを意識してしまい、シカはなすすべもなく身悶えた。


「あッ……ひぃうんっ!ひゃ、ははっ……あ……ふふぅんっ……う゛ぅ~~っ……」

「ダメじゃないですか先輩。また漏れちゃってますよ、声」

「ふあぁっ……んっ……んんん……んっ……」


そう指摘するスミの声にはからかいのニュアンスは含まれておらず、至って真剣に取り組んでいるのは壁ドンの時と同様だ。


――――このままでは、人として大事な何かを失ってしまう。


強烈な直感に駆られて、嫌な汗が滲む。


終わりの見えないくすぐり無間地獄の中、シカはドアに額を擦り付け、なんとか気を保とうとした。


いくら防音性に優れたマンションとはいえ、廊下に続く扉に向かって大きな声を上げれば別の部屋にまで響いてしまうだろう。

そうなれば次はこばとだけでなく、めみやあやてまでもを巻き込んだ騒ぎに発展する可能性だってある。

きっとこの状況は、はたから見ても『ただのメンバー同士のじゃれあい』の域を越えて映るに違いない。


「はぁっ……はあ……う゛……スミ、待っ……ふぅう……ッ!!」


声を殺していることでくすぐったさが外側に発散されず、体の中にむずむずと蓄積されて、いつまでも燻っているような感覚。


鼻から抜けるような吐息混じりの声は、直接的な行為を伴っていなくとも余程いかがわしく部屋に響いている。


堪えようとしても膝が震えてまともに立っていることができず、シカはとうとうその場にへたり込んでしまった。


「先輩、大丈夫ですか?」


扉に寄りかかって脱力し、ハッ、ハッ、と肩で荒く息をするシカに視線を合わせるように、スミもその場にしゃがみこむ。

シカの顔を覗き込んでも、乱れて汗で貼り付いている髪に隠されて、表情までは読み取れない。


呼吸を落ち着かせるべく撫でさすろうとして背中に触れた刹那、シカの体がビクンッと痙攣し、スミは思わず手を引っ込めた。


体中の神経がどこもかしこも過敏になっているせいで、軽く触れられるだけでも声を上げそうになるほどの刺激に変換されてしまうということをスミに説明するまでの体力は、今のシカには残っていなかった。


「……先輩?」

「……も……しない」

「え?」


「スミとはもう、こういうことしない。こんなの続けてたら……身がもたないよ……!!」


顔を上げたシカの瞳は涙を湛えて潤んでいて、スミは言葉を次ぐことができなかった。

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