第13話「唯たちの頼み」
唯「せんぱーい‼︎」
「また来た…」と裕人はため息をついた。テストが終わってようやく一息つけると思ったのに、またあの後輩が絡んできた。
唯「先輩‼︎先輩に折り入って頼みがあるんです‼︎」
裕人「高橋さん…だっけ?悪いけど、僕は君に構ってるほど暇じゃないんだ。」
唯「先輩にしか頼めないことなんですぅ‼」
唯は裕人との身長差を埋めるように一生懸命背伸びし、口を尖らせて裕人に詰め寄ってきた。顔が近い。正直こんなところクラスメイトに見られたくないのでこれ以上近づいてほしくないのだが…
裕人「…とにかく、俺じゃなくて他の人を当たってくれ。クラスメイトとかいるだろう?」
唯「ダメです‼︎先輩じゃないと‼︎」
裕人「そもそも僕に何をして欲しいの。」
唯「やってくれるんですか⁉︎」
唯が目を輝かせてこちらを見てくる。別にそういうわけではないのだが、何をするかを聞かなければ断る口実を作れそうにない。とりあえずどんな頼み事か聞いてみることにした。すると、
唯「ちょっと部活の助っ人をして欲しいんですけど…」
と返ってきた。論外だ。部活も習い事も何もやってきてない僕にとって、何かしらの部活の助っ人というだけでも絶対にやりたくない。そのうえ彼女は吹奏楽部。僕に楽器を演奏できる能力なんてないし、ましてや吹奏楽部には村瀬さんがいる。彼女の前で格好悪いところは見せたくない。それこそ軽音部とか他の人に頼めばいいではないか。そう反論すると、
唯「ぜーったい‼︎先輩じゃなきゃダメなんです‼︎」
意味がわからない…さっきも言ったがこの学校には軽音部もあるのだ。どう考えても彼らの力を借りた方がいいはずだ。なのに僕じゃないといけない理由がますますわからない。なんで僕じゃないといけないのかを聞いても、
唯「それは…///内緒です///」
なぜか顔を赤らめる。せめて理由ぐらい言ってくれと思ったが、この調子ではいくら聞いても進展はなさそうなので、彼女を無視してとっとと教室に戻ることにした。なんか付き纏ってきて何か言っている気がするが、幻聴だと思い反応しないことにした。教室に入るタイミングでチャイムが鳴り、
唯「絶対諦めませんからね‼︎」
とか言って去っていった。まぁ次来ても無視し続ければ流石に諦めるだろう。そう思っていたが…
その日の下校中
唯「せーんぱーい‼︎」
来た。裏路地を駆使してなんとか撒いたと思ったのだが、家が見えてきたと思ったら、
唯「むんっ‼︎」
仁王立ちで立っていた。そういえば勉強会の時僕の家で勉強してたことをすっかり忘れてた。どれだけルートを変更しようと、ゴールが一緒では先回りされて当然だ。というか部活はどうしたのだ。確か吹奏楽部は毎日練習があったはずだが…
唯「先生に事情話したら許可してもらいました‼︎」
呆れた。そこまでやるか。というか一体なんて話したのだろうか?顧問の先生が素人を助っ人として連れてくるのを許可するとは思えないのだが。とにかく逃◯中さながらのフェイントでなんとか家に入ることに成功した。鍵さえ閉めて仕舞えばこっちのものだ。まさか家まで来るとは思っていなかったが、これで諦めてくれるだろう。
体育の授業中
体育教師「それでは集団行動の練習始めるぞー!まずは方向転換からだ。」
体育委員が号令をかける。
体育委員「それでは集団行動を始める‼︎右向けー右‼︎」
ピッ‼︎ピッ‼︎
笛の音と共に右を向いたのだが、直後にすぐ正面を向いてしまった。なぜなら絶対に右を向いてはいけないと本能が言っていたからだ。そしてその元凶は、
唯「せんぱーい‼︎」
正直嘘だと思った。休み時間や放課後ならまだしも、授業中にまでとは、ここまでくるともはや暴走に近い。とにかく関わらないようにしなければ。彼女と僕は無関係。それを周囲にアピールしないと、付き纏われる以前にとんでもない大目玉をくらってしまう。しかし、
唯「坂本せんぱーい‼︎聞こえてるんでしょ〜⁉︎こっち向いてくださーい‼︎」
終わった。今日ほど消えてしまいたいと思った日はない。
体育教師「コラァ‼︎何しとる‼︎1年は体育じゃないだろうが‼︎」
案の定怒られた。
昼休み、とりあえず人混みに紛れるために食堂にやってきた。正直これ以上はなんとしてでも避けなければ。ただでさえさっき体育の先生に次の授業まるまる潰してまで説教されたのに、これ以上学校で騒がしくしたら一体何があるかわからない。幸い見つかってはいないようだ。裕人はほっと大きく息を吐いた。すると誰かぶつかってきた。ぶつかった方に目をやると、
唯「せーんぱい。」
気を失いそうになった。このレベルまで付き纏われるとノイローゼになりそうだ。しかも彼女は素の声が大きいので、食堂にいる大量の人たちが一斉にこちらに注目する。しかもなんの頼み事かも言わずに手を差し出して頭を下げてきた。これじゃまるで公開告白だ。周囲はかなり盛り上がっているし、断りづらい雰囲気になっている。どうしようかと周囲を見渡していると、すぐ近くに村瀬さんが座っていた。どうやら吹奏楽部の友達と食堂に来ているらしい。先輩のいうことならなんとか引き下がってくれるかも。そう思った裕人は、彼女に助けを求めようとした。しかし、
吹奏楽部部員A「高橋ちゃん‼︎その人が噂の彼?」
吹奏楽部部員B「確かにいい感じの人じゃん‼︎見る目あるじゃん‼︎」
食堂が静寂に包まれる中、そんなことを言われてしまったものだから、周囲はさらに盛り上がった。どうして誤解を招く言い方をしたのか。これでますます断りづらくなってしまった。しかも誤解はさらに深まった状態で。
唯「先輩‼︎お願いします‼︎」
美緒「坂本くん、今回だけはお願いできないかな…?」
なんと村瀬さんまで加勢し始めた。そんなうるうるした目で見つめられたら受けざるを得ないじゃないか。
裕人「…わかりました。」
その一言とともに、食堂内が一気に盛り上がった。
裕人「高橋さん…とりあえずみんなの誤解を解いてくれないかな。」
唯「え?私は誤解されたままでもいいですよ?」
裕人「一応僕には彼女がいるんだ。これが学校中に広まったら大変なことになる。」
唯「ちぇ〜。わかりましたよ。」
その後、唯がなんとか食堂内で発生した誤解を解いてくれ、裕人は放課後音楽室に向かった。どうやら今度の新入生お披露目を兼ねた演奏会に出る予定だった男子生徒が、登校中に転倒して腕を骨折してしまったみたいなのだ。まだ交友関係ができてなかったこともあり、裕人に白羽の矢がたったというわけらしい。まぁ、唯的には他の理由もありそうだが。
裕人「…えっと、とりあえず僕はトランペットを吹けばいいんだね?」
唯「はい‼︎先輩が早く協力してくれなかったせいでもう時間がないので、駆け足で練習しましょう‼︎」
僕のせいみたいに言わないでくれ。裕人はそう思った。そもそも断る気満々だったのだ。あんな状況で村瀬さんに頼まれていなければ、ここにいる予定はなかったのだ。
…ん?時間がない?どういうことだ?演奏会まで1ヶ月ぐらいあるんじゃないのか?それとも僕が思っている以上にトランペットを吹くのって難しいのか?裕人は唯に演奏会の日程を聞くと、
唯「え?あと4日ですよ?」
絶望の4日間を送ることになりそうだ。
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