Cys:14 モヤモヤする白ぶどう
──カフェ『スターダスト』
「澪、とりあえずお疲れさん」
「はい、耕助さん♪」
澪は俺の前でニコッと微笑むと、テーブルに置かれた白ぶどうジュースを、ストローで一口飲んだ。
透明感のある歌声と清純な雰囲気を持つ白ブドウは、澪のイメージにピッタリと当てはまる。
苦いブラックコーヒーを飲んでる俺とは大違いだ。
「にしても白ぶどうなんて、いいとこ突くじゃん。まあ、俺がそんなもん飲んだら逮捕されちまうけどな w」
俺が軽口を叩くと、澪は楽しそうに笑った。
「アハハッ♪ そんな事……あるかもですね w」
「うおいっ澪、そこは否定しろや w」
「ダメですよ耕助さん。私が逮捕しちゃいます♪」
こんな
張りつめていた分、気持ちが和む。
多分、澪もそうだろう。
───いや、コイツが一番大変だったよな。けど……
俺と初めてあった時と違い、年相応の可愛い笑みを浮かべてやがる。
ちなみに澪は、以前はカルピスソーダ派だったらしい。
けど、SNSで仲良くなった人から”ぶどう”を貰ってからは、白ぶどう派に転向したんだと聞いた。
とは言っても、澪はそんなにSNSをやってる訳ではないみたいだ。
好きな事を呟く『
「あっ、白ぶどうをくれたのは岡山の
それを聞いた俺は、軽く驚いて目を丸くした。
「……いやいや澪、よくそんな人からもらう気になったな。お前、警戒心ゼロじゃねーか」
会った事なくてもぶどうをくれる方もそうだし、受け取る澪も警戒心ってのが無い。
「えっ、でも……優しそうなおじちゃんですよ。写真も載せてますし。見ます?」
「どれ……」
見せてもらうと、確かに人のよさそうなオッサンだった。
年齢は多分、俺より10個ぐらい上。
白髪混じりで優しそうな笑みを浮かべてやがる。
「ねっ、いい人そうでしょ♪ アニメの『まり☆マギ』好きで繋がったんです」
澪は屈託の無い笑顔で、俺にそう言ってきた。
まあ確かに
───万が一何かあれば、そんときゃ俺が守ってやればいい。
俺がそんな事を思ってると、澪がちょっと思い出したかのように問いかけてきた。
「そういえば、耕助さんは
「あ〜、まあ一応やってるけど、今は全然だな」
と、言ってみたものの、実は登録者は数万人いる。
俺がプロデューサーをしてた頃の繋がりや『
もちろん、もうここ何年も投稿はしてない。
正確に言えば、する気にも、見る気にもならなかった。
だが、消さなくて大正解だ。
───今さらどんだけ反応あるか分からんが、澪の為に使えるもんは使ってやる。
そんな事を思う俺に、澪は違う角度から問いかけてきた。
たださっきとは違い、何となく少し
「ふ〜ん……玲華さんとは、どうなんですか?」
「あぁ、
俺が呟くように答えた瞬間、澪は少し身を乗り出した。
「ほら、またその呼び方した!」
「ん? ああ、まあ……昔付き合ってたからな」
これは嘘でもなんでもない。
さっきはあんなにバチバチやりあってはいたが、俺は
それもだいぶ前からだ。
凄まじく愛し合うと同時に、仕事では激しく意見もぶつけ合った。
恋にも仕事にも、あそこまで燃えたのは他に無い。
俺の脳裏に
そして、最後に哀しく見つめ合ったあの時の光景が俺の心をザワめかす。
『耕助……私もずっと、アナタと同じ夢を信じてたわ。でも、私にはもう見えないの。人間は脆すぎて、限界がある。夢を叶え続けるには、限界のない”完璧な力”が必要なの……!』
『くっ、確かに人間は不完全だ。けど
脳裏によぎった昔の記憶を振り払うかのように、俺は一瞬斜め上を向いて溜息を吐いた。
今、思いっきりタバコを吸いたい気分だ。
俺は思わずコートのポケットに片手を突っ込みタバコの箱を掴んだが、軽い溜息と共に手を離した。
相変わらずこの店も禁煙だし、そうでなくても澪の真正面で吸うのはナシだろう。
まったく、ストレスが溜まるもんだ。
そんな俺を、澪は興味津々の顔で見つめている。
「やっぱりそうだったんですね! さっきお二人の会話を聞いてて、そうじゃないかなーと思ったんです」
「ったく、よく分かったな」
「アハッ♪ 私の目は誤魔化せませんよ。真実はいつも1つなんです」
澪は名探偵のように得意げな顔で告げると、二ッと笑みを浮かべた。
「という事は、さっきの喧嘩もイチャつきですよね♪」
「おいおい、んなワケねーだろ。そんなんじゃ謎は解けねぇぜ。″迷探偵″さんよw」
俺は片手で軽く頭を掻いて顔をしかめたが、澪は止まらない。
むしろ、ニヤニヤしながら俺を見つめてくる。
「本当ですか~? 怪しいなぁ」
「怪しいも何も、
俺は敢えて端的に答えた。
この際いっそ
俺と澪はここから夢を叶えてゆく。
いつか詳しく話す時が来るかもしれないが、今は過去の事なんざどうでもいい。
概要さえ分かってもらえれば充分だ。
───夢を叶える場所は過去じゃない。必死に生きる今で紡ぐ
そんな風に思っている俺の事を、澪はスッと体を戻して見つめている。
◇◇◇
───う〜〜っ、なんかモヤモヤするなぁ……
耕助さんのお陰で、話してて楽しい。
それにリラックスも出来てるよ。
けど、私の胸の中で何かが渦巻いてるの。
玲華さんとの話を聞いてから特にそう。
なぜか気持ちが落ち着かない。
それが嫌で敢えて明るく振舞ってるし、玲華さんとの事も深くは問いかけなかった。
───あ〜〜っ、聞きたいのに聞きたくないというか……何かよく分からない感情で、本当にモヤモヤするっ!
ただ、一点だけどうしても確認してみたい事があるの。
でも、直球で尋くのは何かイヤ。
と、言うよりもなんか恥ずかしい。
テーブルの下でギュッと握った両手に軽く汗が滲む。
なので、私は耕助さんを見つめたまま、敢えて少し紛らわしい言い方をしてみた。
「……まだ、好きなんじゃないですか」
私は軽く笑みを浮かべているけど、内心かなりドキドキしてる。
この質問に耕助さんがどう答えるのかが、凄く気になってるから。
でも、耕助さんはサラッと言ってきた。
「好き? んなワケねーだろ。俺の中で
声のトーンからして、今の耕助さんの言葉に嘘は無さそう。
私は内心ホッとした。
今の質問に″こっち側″で答えるのは、未練は残っていない証拠だと思うから。
でも私は、敢えて首を軽く横に振って問いかけてみる。
「違いますよ。そうじゃなくて、玲華さんが耕助さんの事を、まだ好きなんじゃないかなって……」
私がそう問いかけると、耕助さんは軽く斜め上を向いてから一瞬軽く瞳を閉じた。
そして、軽く皮肉めいた笑みを浮かべ言ってくる。
「ハンッ……んな事あるワケねーだろ。
その答えに私は激しく後悔している。
やっぱり、慣れない駆け引きなんてする物じゃないね。
今の答えで耕助さんが玲華さんをどう思っているのかが、また分からなくなっちゃったから。
最初の答え方は、確かに気持ちの整理がついてる感じがした。
でも、後の答え方は違う。
耕助さんが、自分自身に言い聞かせてるような気がしてしまったの。
───ああ、もうなんなの……耕助さんはちゃんと答えてくれてるのに、どっちなのか分からないよ……!
玲華さんは玲華さんでミステリアスな人だけど、耕助さんは別の意味で謎。
明るく元気で裏表の無い人だと思うし、嘘はついてないハズなのに掴めない。
私はそんなモヤモヤする中で、フト思ったの。
───でもそもそも、なんで私、この事をハッキリさせたいんだろう……
だけどそれを考える間もなく、耕助さんはコーヒーをクイッと飲んで別の話を振ってきた。
「まっ、んな事より、新しい事務所を早く見つけねぇとな。澪のお父さんに会う時に事務所も無いんじゃ話にならねぇしよ」
「……はい、確かにそうですね」
モヤモヤしたまま軽くうつむいた私を、耕助さんは少し謎めいた顔で見つめている。
「どうした澪?」
確かに耕助さんの言う通りだ。
今は早く事務所を見つけて、今週末に会うお父さんを説得しないといけない。
このモヤモヤに囚われたままじゃダメ。
そう思った私は気持ちを切り替え、顔を上げて微笑んだ。
「耕助さん、私、お腹も減っちゃいました。なんか食べさせてくださいっ♪」
「なぬっ?! ま、まあいいけど……俺、もう破産するぜw」
耕助さんはそんな冗談を言うと、わざとらしく腕を組んで唸り始めた。
「それに、シェフはもうコック帽を脱いだかもしれん。脱いだらもう、決して被っちゃなんねぇんだ」
相変わらず、耕助さんは絶妙なタイミングで冗談を挟んでくる。
「アハハッ♪ 大丈夫です。耕助さんは破産しませんし、ここのシェフは元々コック帽被ってませんからw」
「なんだって?! マジかよ、頼むぜトム。普段から被っててくれーw」
「もうっ、誰ですかトムってw」
「ああっ?! が、外人と言えばトムだろ」
「ホントもう、テキトー過ぎですw」
耕助さんは本当に面白い。
一緒にいると本当に楽しくて、心から笑う事が出来る。
これから大変な事もいっぱいあると思うけど、耕助さんとなら笑顔を忘れずにいられそう。
ただ今日の事が原因で、私はこれから思わぬトラブルに巻き込まれる事になってしまうの。
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