Cys:13 澪が奏でる灯火の誓い

「───冷たい、風に揺れる、心の灯火。消えそうで、消えない想いの欠片───♪」


 私は瞳を閉じ、両手を斜め下に向けて思いっきり歌い始めた。

 心の中には色んな事が蘇ってくる。


 お母さんとお父さんに歌声を褒めて貰えて、歌手になりたいと思った事。

 けれど、世の中と合わずにずっとバカにされてきて、文化祭でみんなから笑われて梨沙や玲奈、悠真くん達からもバカにされた事。

 そこから闇に閉ざされ、夢を封印してきた日々。


───でも、私はもう一度歌えるようになったの。耕助さん……アナタのお陰で!


 私の心の灯火がより熱く燃えてゆく。

 周りの雑音も全く聞こえないし、日も落ちてきたけど寒さも感じない。

 歌える喜びだけが、全身に満ちている。

 その喜びがステージライトとなって魂を輝かせると同時に、私は強く思う。


───玲華さん、どうか心で聴いて感じてください。これが、私と耕助さんが叶えようとしている夢なんです……!


 私はその想いと共に目を開き、玲華さんを真っすぐ見据えた。

 逆に、玲華さんも私をジッと見つめている。

 瞳に宿っている光が僅かに揺れているけど、それが怒りなのか驚きなのか、もしくは別の感情なのかは分からない。


───けど、本当に大切なのは……確実なのはそこじゃないもん!


 私の気持は凄くシンプルなの。

 玲華さんの事を否定したい訳じゃなく、ただ私と耕助さんの想いを歌に乗せて届けたい。

 その一心で私は歌い続けている。

 周囲の人達は私を物珍しそうに見ているし、スマホを向けて撮影してる人もいるけど気にしない。

 心からの想いを込めた歌声を奏でてゆくだけ。

 

「───だから今、歌うよ! この声が、届くまで! 暗闇を照らす……小さな光───♪」


 サビに近づき私の歌のボルテージもより高まると、玲華さんの表情も少し変わってきた。

 何かに気付いたかのように一瞬目を丸くした後、明らかに私に対して敵意の眼差しを浮かべたの。


「この歌声……まさかこの響きは……そんな! いえ、ありえないわ……!」


 玲華さんは冷笑を崩して一瞬眉間にシワを寄せると、瞳の奥に鋭い光りを宿した。

 一体、玲華さんが何に気付き、どうして苛立ちを浮かべたのか分からない。

 でも間違いなく、私の歌は玲華さんの心に影響を与えてる。

 もちろん、出来るなら笑顔になってほしいけど、玲華さんの冷笑は崩す事が出来た。

 私と耕助さんを蔑む眼差しはもう無い。


 また、煌牙さんと流星さんも、私を止めようとはしてこないよ。

 サングラスをしているから表情は分からないけど、二人とも私の歌を黙って聞いてくれている。


───私の歌は無力なんかじゃない。そう……これは、耕助さんの想いに力がある証なの……!


 それを確信した私の心は、大きな高揚感に包まれていった。

 まだデビューすらしていないけど、私の歌が聴いてる人の心に届いてるのを感じるから。

 当然その反応は様々で、みんな思ってる事はそれぞれ違うハズ。

 立ちどまって聴いてくれている人達の表情も、本当に様々だ。

 私の歌に肯定的な表情の人もいれば、少し首を傾げてる人もいる。

 でも、それでいいの。

 感じ方なんて、みんな違う。


───でも、私の歌を聴いてくれて、ありがとうございます……!


 その気持ちのまま、私の歌はクライマックスへと向かう。

 

「───もう、迷わないから。アナタがいるなら、灯火はいつか、星になる───♪」


 歌い終わると、私は玲華さんに向い深くお辞儀をした。

 私の長い黒髪がサラッと零れる。

 冬なのに全身ポカポカと温かい。

 むしろ、少し汗ばんでしまうぐらいに。

 心の中は歌い切った充足感で満ちていて、心臓は全力疾走した後みたいにドキドキしている。


───大勢の人達の前で心から歌えた。歌で、想いを届けられたよ! 耕助さん……!


 その想いを全身で感じていると、まばらだけど拍手の音が聞こえてきた。

 拍手の数は急速に増えてゆく。

 その拍手の中、ゆっくり頭を上げ周りを見渡すと、大勢の人達が私を温かく見つめていた。


「いい歌だったよー♪」

「メッチャ感動したわ!」

「AIドル以外の歌も、意外にいいじゃん!」


 みんなからの温かい眼差しと、賛辞が私の心に沁みてゆく。

 中には、感動して涙を浮かべている人もいた。

 最初に耕助さんから突然言われた時は一瞬戸惑ったけど、歌ってよかったと心から思える。

 ただ、もちろん賛辞だけではない。

 失笑や苦笑いを浮かべてる人達もいる。


「でも、なんか古いよねw」

「今さらアナログな歌はちょっとな~」

「AIドルと違ってムラがあったし」


 そういう人達は私をバカにしたような目で見て、そこから去っていった。

 もしかしたらSNSに上げて、そこで私は酷評されるのかもしれない。

 彼らや彼女達にとっては、私はただの時代遅れと映ったハズだから。

 悲しくないと言えば嘘になる。

 みんなから誹謗中傷されるのが、どれだけ辛いかを知ってるし。


 けど、それでもいいの。

 ちゃんと認めてくれた人達はいるし、心に届いたのは間違いないもん。

 何より、耕助さんは私の事を見つめたまま、力強く笑みを浮かべてくれた。


「澪、最高だったぜ! お前の歌声は間違いなく、色んなヤツの心を震わせたんだ」


 耕助さんからそう言ってもらえるのが、心から嬉しい。

 胸の奥がジンと熱くなる。

 歌っていた時とはまた違う、甘く切ない胸の心地よい痛み。

 私はこの感覚を胸に広げたまま、耕助さんに向かって微笑んだ。


「耕助さんのお陰です! 私、やっと心から歌えた気がしました。この前みたいに、ただ歌いたいって気持ちだけじゃなくて、何かを届けたいって思いが溢れたから」

「澪、お前……」


 耕助さんは一瞬目を丸くすると、ニカッと笑った。


「お前さんは浜辺で歌声を取り戻して、ここではみんなに歌を届けた。だからよ、ここからは澪、お前さんの歌を全国に届けていこうぜ!」


 私を見つめる耕助さんの瞳は、希望の光に溢れている。 

 まるで、私の歌が全国に響く未来を今すでに見ているみたい。 

 耕助さんは夢に向かって、本当に真っすぐな人。

 だからこそ、私も思わず笑みが零れちゃう。


「はいっ! 私、この歌声をどこまでも広げてきたいです。耕助さんと一緒に……!」


 頬を火照らす私の眼差しと、耕助さんの熱く輝く眼差しが交叉する。

 私の胸が希望で熱く、トクンと波打った。

 それと同時に、なぜか凄く懐かしい気持ちも心の底から湧き上がってくる。


───なぜだろう……私、ずっと昔に、耕助さんとこうしてた事がある気がする……!


 これは耕助さんと出会った時から不意に感じる、不思議な気持ちと謎の声。

 どうしてかは分からないけど、こうして感じちゃうのも、時に誰かの声が聞こえてくるのも本当なの。

 でも、別にイヤじゃない。

 不思議な出来事だったとしても、私が耕助さんと一緒に夢を叶えたい気持ちはハッキリしてるから。


───耕助さんへの気持ちは、絶対に私の物だもん……!


 私がその気持ちで耕助さんと見つめ合っていると、玲華さんがハイヒールの音を鳴らして数歩近づいてきた。

 その音に気付いて振り向いた私と耕助さんを、玲華さんは鋭い眼差しで見つめている。


 けれど、さっきまでとは少し違う。

 鋭さは変わってないけど、冷たさがかなり消えている気がした。

 私の歌が、玲華さんの心に何かしらの影響を与えたのかもしれない。

 玲華さんは、その眼差しで見つめたまま私に告げてくる。


「……アナタ、少しはやるじゃない。名前は?」

「望月……望月澪です!」


 少し緊張しながら答えた私に、玲華さんは一瞬不敵な笑みを浮かべた。


「澪ね。一応、覚えておくわ。ちなみに、私は藤崎玲華。『AI-Creation』のプロデューサーよ」


 玲華さんの瞳は、気高く自信の溢れる光で揺らめいている。

 でも、それは当然だと思う。

 AI-Creationは今をときめくAIドル達を束ねる、最大手の芸能事務所。

 中でも『Lynetteリネット』というAIドルが率いる5人グループ『ShinyCrystalシャニークリスタル』は別格だ。

 Lynetteリネットはもちろんの事、他のメンバー達も日本中の人達を虜にしている。

 玲華さんはプロデューサーである以上、それの産みの親と言っていい存在。


 耕助さんとの会話を聞いて薄々感じていたけど、私の心に改めて凄まじい緊張感が走った。

 思わず固唾を飲んでしまう私を見つめたまま、玲華さんは告げてくる。


「今日のところは褒めてあげる。だけど、澪……甘いわよ」

「えっ……?」


 私は一瞬息を飲んだ。

 玲華さんの瞳が鋭く光る。


「アナタの歌にはまだブレがあるわ。でも、私の率いるAIドル達には決してそれは無いの」

 

 私の胸が、ドキリと音を立てた。

 今、玲華さんから言われた事には思い当たるふしがある。

 確かに私は心のままに歌ってたし、本格的なボイストレーニングとかは受けていない。

 玲華さんはそこを突いてきた。


「それに、人間であるアナタには限界があるけど、AIドルあの子達の可能性は無限なの。だから私達が負ける事は決してないわ」


 そう告げて玲華さんが踵を返した瞬間、耕助さんは私の隣で二ッと笑みを浮かべた。


「へッ、負けるのが恐いのかよ」

「なんですって?!」


 サッと振り向いた玲華さんは、眉間にシワを寄せて耕助さんを睨んでいる。

 冷笑でも余裕でもなく、敵意剥き出しの顔だ。

 全身から怒りのオーラが沸き上がっている。

 けれど、耕助さんは怯まない。


「澪は、俺が探してた希望の光だ。もう負けないぜ、玲華レイ。お前さんのAIドル共から、必ず歌を取り戻してみせる!」


 耕助さんがそう告げた瞬間、流星さんと煌牙さんが声を荒げた。


「キサマ! 玲華様に対してその呼び方は、無礼にも程があるぞ!」 

「そん通りだ。舐めてんじゃねぇぞ、テメェ!」


 二人は玲華さんに忠実な部下なので、今の言葉が許せないんだと思う。

 でも玲華さんは耕助さんを見据えたまま、二人をスッと片手で制した。

 その瞳は絶対的な自信と同時に、挑戦的な光で揺らめいている。


「フフッ、面白いことを言うのね。耕助」


 玲華さんの口元がわずかに上がった。

 その妖しい笑みは冷たく、まるで氷の刃のみたい。

 全身から、氷の女帝のようなオーラが立ち昇っている。


「私が負けるのを恐れているですって? 勘違いも甚だしいわ。たった一度の成功で調子に乗るなんて」


 玲華さんは、氷の刃のような言葉で耕助さんと私の心を切り裂こうとしてきた。

 だけどその声のトーンには、かすかな感情の揺れが見えた気がする。


「確かにこの子の歌声には可能性があるかもしれない。でも、それは足場の不安定な砂上の楼閣よ。私のAIドルは違うわ。揺るぎないプログラムと完璧な技術で築かれている、決して崩れない理想の塔なの」


 そう言い切った瞬間、玲華さんの瞳は烈火のように燃えさかった。


「耕助、そして澪。覚えておきなさい。次に会う時は、私がアナタ達の幻想を粉々に打ち砕いてあげるわ!」


 これは玲華さんからの宣戦布告。

 私の手は、知らず知らずのうちに強く握りしめられていた。

 悔しさと闘志が心の中で激しく渦巻いている。

 玲華さんの言う通り、私はまだまだAIドルには及ばない。

 けれど、敵としてはみなしてくれたから。

 

「玲華さん、私は必ずAIドルを超えてみせます!」

「フフッ、そう……楽しみにしているわ。澪、アナタの歌声が”おとぎ話”にならない事をね」


 玲華さんはそう言い残して去っていった。

 その場には、まるで残留思念のように静かな闘志と緊張が残っている。

 けれど隣で耕助さんはそれを気にしないかのように私の肩を軽く叩き、隣で笑みを浮かべてくれた。


「澪、ヤツらの塔をブッ壊してやろうぜ。俺たちの歌でよ」


 AIドル彼女達を率いるのが玲華さんなら、私を導いてくれるのは耕助さんだ。

 玲華さんと耕助さんは、考えもまとうオーラもまるで違う。

 何から何まで正反対だ。

 もちろん玲華さんが悪い人だとは思わないけど、出会えたのが耕助さんで本当に嬉しい。

 私は一瞬瞳を閉じてから、耕助さんに向かって力強く微笑んだ。


「はいっ! 私、耕助さんと一緒に必ずやってみせます。歌声は、心に嘘をつけませんから……!」


 そう誓った私と耕助さんを街の灯りが照らし、星々が応援するかのように煌めていた。

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