Cys:11 冷笑の女王と炎の反逆者

「ふうっ、とりあえず書類関係はこれでよしと」


 俺が一息つくと、澪が背中からひょっこり顔を出してきた。


「耕助さん、なんかいっぱい書類ありましたね」

「ん? あぁ、まあな。でも面倒くさい書類はこれで終わりだ」


 とりあえず法務局に登記変更の書類は提出し、俺の事務所は休眠状態から復活した。

 後はオフィスの契約だ。

 明日にしようかと思ってたが、今日行く事にした。

 澪の父親と会うのは今週末だから、一日でも早い方がいい。


───まだ他の会社が入ってなきゃいいが……


 そう考えると不安が募る。

 あの立地条件からすると、正直、他の会社が入っている可能性は高い。

 少しでも早く動くべきだろう。


「ちっと、俺の事務所があった場所に行ってみるか」


 俺が振り向きざまに告げると、澪は嬉しそうに顔を火照らせて瞳をキラキラと輝かせた。


「えっ、いいんですか! 本物の事務所、見れるの楽しみです♪」

 

 胸の前でギュッと拳を握りしめたまま、俺を見つめている。

 俺からしたら懐かしい場所だが、澪にとっては始まりになる場所だ。

 興奮するのも無理は無いだろう。

 俺は澪を連れて、駅前の近くにある事務所に向かった。


◆◆◆


「久々だな……」


 俺は澪と一緒に事務所のビルを下から見上げている。

 10階建ての『アルカナート』という名前のビルだ。

 色んなテナントが入っていて、俺の事務所は最上階にある……ハズだった。

 が、もう別のテナントが入っている。

 予想してたとはいえ、落胆の色は隠せない。


「はあっ、やっぱりか……」


 しかも入っているのは、AIドル作成の子会社だ。

 社名は『AI-Creation-βアイ・クリエイション・ベータ

 確か俺が去る時はまだ小さかったが、この数年で急激に大きくなったのだろう。

 俺が人間の輝きを信じて戦った場所は、今やAI王国の一部と化していた。


───クソッ、まるで乗っ取られた気分だぜ。


 いや、実際乗っ取られたのと変わらない。

 昔、俺達は夢を語り合いながら、あの窓から夜景を見下ろしていた。

 その場所に、今は冷ややかなAIドルのロゴが貼り付けられている。

 テッペンから見下ろして、俺を時代遅れだと嘲笑っていやがるんだ。

 グッと歯を食いしばった俺に、澪が隣から話しかけてきた。


「耕助さん、もう……埋まっちゃってました?」

「あぁ、ここはもうダメだ」


 心の中には苛立ちと焦りが渦巻くが、ここで止まってる訳にもいかない。

 何より、澪を残念がらせてたらダメだ。


「気にすんな澪、こっからだからよ! オフィスぐらいすぐに見つけてやる」


 そう言って俺は胸を張ったが、澪は隣で残念そうに軽くうつむいている。


「うん、でも……」


 澪が残念そうにしていると、俺も胸が痛い。

 これは完全に俺の責任だ。

 やはり全部準備出来てから、澪を連れて来るべきだった。

 しかも、澪の父親と会うのは今週末。

 オフィスを見つけるのに、時間もかかるかもしれない。


───どーすっかな、チクショウ。


 俺が心で毒づいた時、懐かしく華美な薫りと共に、物凄く聞き覚えのある声が俺の鼓膜を震わせた。


「ちょっと! もしかして、耕助……?!」


 その艶のある声にサッと振り向くと、俺の瞳にセクシーな女の姿が目に映った。


「お前は……!」


 またその女の後ろ両脇には、黒いスーツに身を包んだ長身の男が立っている。

 一人は黒髪のロン毛で、もう一人は金髪ショート。

 二人共サングラスをかけているが、スーツの上からでも鍛え込んでいるのが分かる。

 恐らくボディーガードだろう。

 ヤツらの放つ屈強なオーラを目の当たりにした澪は、俺の後ろにサッと隠れてそっと顔を覗かせている。

 ただ、俺の目の前にいる女はさらに別格だ。

 ヤツらを従えるオーラを全身にまとい、俺を見据えたまま男達に告げる。


煌牙こうが流星りゅうせい、アナタ達は下がってなさい」


 そう告げられたロン毛の男は、サッと頭を下げた。


「かしこまりました、玲華れいか様」


 艶のある髪がサラッと零れる。

 だが金髪の方は少し躊躇ためらっている様子だ。


「れ、玲華様、なぜ……」


 すると、ロン毛の男が頭を下げたまま、煌牙をギッと睨みつけた。


「煌牙! 玲華様が下がれと言っておられるのだぞ!」


 瞳が殺気立っている。

 流星はかなり玲華に忠実なのだろう。

 それを受けた煌牙は、渋々といった感じだ。


「くっ……分かったよ」


 顔をしかめながらも、煌牙は申し訳なさそうに玲華へ頭を下げた。


「玲華様、申し訳ございません……!」


 煌牙の謝罪を背に受けた玲華は、ハイヒールの音をツカ……ツカとゆっくり鳴らし一人前に出る。

 そして、俺を見つめたまま軽く微笑んだ。


「耕助、ずいぶん久しぶりね」

「ったく。まさか、こんなとこでお前さんに会うなんてな……」


 俺は玲華をジッと見つめている。

 もちろん、逆に玲華も同じだ。

 ミニスカートからスラッと脚を伸ばし、自信に満ちた眼差しで俺を見つめている。

 周囲の雑音が消え、緊張した静寂がその場を支配していた。

 その静寂を先に破ったのは玲華だ。

 俺を見つめたまま、ニッと不敵な笑みを浮かべた。


「フフッ、今さらこんなとこに来るなんて……まさか、また惨めな想いをしようとしてるの?」


 玲華は俺を軽く嘲笑っている。

 だが、俺も負けちゃいない。

 挑戦的な笑みを浮かべて、真っ直ぐ見据えた。


「惨め? フンッ、AIドルあんなヤツらの力にすがってるお前さん程じゃねぇさ」


 俺は思いっきり皮肉で返したが、玲華は怯まない。

 むしろ腕を組んで、勝ち誇った顔を浮かべている。


「アハッ、負け犬の遠吠えね。時代に背いて負けたくせに」


 その刹那『StarCrownスタークラウン』の事が脳裏によぎり、俺の心に鈍い痛みをもたらした。

 確かに今はAIドル達の時代だろう。

 その時代に背き戦い、そして俺は負けた。

 俺だって、そんな事は百も承知だ。

 けど、俺はそんな事は認めない。


「時代か……だから何だってんだ」


 玲華を見据えたまま、俺はギュッと拳を握った。


「人間の輝きを見限る時代なんか……こっちから願い下げだ!」


 俺の想いを込めた声が周囲に響き渡り、道行く人達は何事かという顔でチラチラと見ている。

 そんな中で玲華は一瞬目を細めたが、すぐに余裕の表情を浮かべた。


「人間の輝き? フフッ、くだらないわ。耕助、アナタ相変わらずね」

「んだと!」


 ギリッと顔をしかめた俺の前で、玲華は軽く溜息を吐いて告げてくる。


「それこそ幻想でしょ。時代は変わったの。AIドルこそが完璧な美と歌声を持つ……未来その物なの♪」


 玲華の目に宿っているのは勝者としての光。

 それが刃と化し、俺の心の傷を抉る。

 この刃は俺だけじゃなく『StarCrownアイツら』と澪の輝きを完全に否定しているからだ。

 ボディーガードまで従えている様子からすると、玲華は相当な役職に就いているのだろう。

 だが例えそうであっても、俺はここで黙ってはいられない。

 

 「完璧な未来か。確かにAIドルヤツらは完璧だ。けどな、そんなもんじゃ俺の心は動かねぇんだよ!」


 胸の奥底から込み上げている熱い想いと共に、俺は静かに言い放った。

 また澪も俺の服を両手でギュッと握り、切なく震えながら玲華を見つめている。

 だが、玲華は変わらない。

 俺を見据えたまま妖しく微笑んだ。


 「あらそう。でも心が動くかどうかは、データとロジックで決まるの。それこそが完璧な歌と美しさよ」


 玲華は片手で髪を軽く耳にかきあげ、挑発的な言葉を続けてきた。

 ウェーブがかった髪か軽く揺れる。

 その姿は、まるで女王様のようだ。

 さしずめ俺は、やさぐれた反逆者といった所か。

 

 「はんっ、くだらねぇ……完璧な歌と美しさ? そいつを操ってるのは誰なんだよ」

 

 俺はザッと半歩前に出た。


 「姿も動きも声も、全て誰かが作ったただのパペットじゃねぇか!」


 俺の声は抑えきれない怒りを帯びている。

 たぎる気持ちが抑えきれない。

 

 「AIドルアイツらに魂があるか? 夢はあるのかよ……」


 震える声でそう告げる中、俺の脳裏によぎる。

 毎日スタジオで誰よりも努力していた『StarCrown《アイツら》』の姿と、本物の汗と涙が光を生む瞬間が。

 どれだけやったって、完璧になんてなりゃしない。

 それでも『StarCrown《アイツら》』は決して諦めなかったんだ。


「不完全でもいい。いびつでも構いやしねぇ。魂を輝かせて夢を追う人間の姿こそ、本物の輝きなんだよ!」


 その叫びをぶつけると、玲華は一瞬押し黙った。

 けれど、すぐに冷笑を浮かべて静かに嘲笑う。


「フフッ、その輝きが本物だとしても砕け散ったじゃない」

「なんだと……!」

「耕助、アナタの作った『StarCrownスタークラウン』はもう無いの」


 玲華はそう言うとより胸を張り、俺を蔑む瞳で見下ろした。


「『StarCrownスタークラウン』は砕け散って、今はもう『StarDustスターダスト』よ。フフフッ……アーハッハッハッハ!」


 ヤツの高笑いが周囲に響き渡ると同時に、俺の怒りの炎が燃え上がる。


「テ……テメェ!!」


 俺が激しい怒りと共にバッと身を乗り出すと、煌牙と流星がサッと立ちふさがった。


「下がれ! この、無礼者が!」

「そうだ! 玲華様に近寄んな!」


 煌牙も流星も、凄まじい形相で俺を睨みつけている。

 だが俺は引かない。


「どけよウザってぇ! この番犬どもが!」


 ヤツらと俺の間に、激しい火花がバチバチと散っている。

 まさに一発触発の状態だ。

 この光景を玲華が余裕の笑みで見据える中、澪が背中から俺にガシッと抱きついてきた。


「ダメです! 耕助さんっ⋯…!」

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