Cys:10 ヒーローと魔法少女が紡ぐ誓い

「はあっ……どうしよう。マズいなぁ、これ……」


 私は自分の部屋に戻るとドアに背をつけたまま、困り顔で溜息を吐いた。

 お父さんは私に、耕助さんに会わせろと言ってきたの。

 しかも来週末に。

 だから、とっても心配。

 耕助さんとはこれからの細かい話を、まだ全然出来ていなかったから。

 でも、あの時に感じた不思議な懐かしさと熱い気持ちは本当だし、誓った気持ちは嘘じゃない。


───お父さんの言うのはもっともだけど、耕助さんの事を誤解されるのは絶対にイヤ。


 そう思った私はいてもたってもいられなくなって、スマホのアプリを開いた。

 送ってくれた時に、耕助さんの連絡先はスマホのアプリ『LEIN』に登録済。


 ちなみに、耕助さんのアイコンは『コテバニ』というアニメのキャラに設定してある。

 クールな男性と熱血漢がコンビを組んで戦うヒーロー物で、耕助さんのアイコンは当然熱血漢の方。

 名前は『徹矢』

 徹矢は子供の頃から描いていた理想のヒーロー像があって、大人な面もあるけど純粋で真っ直ぐ突き進むの。


 『ヒーローはカッコつける必要なんざねぇ……大切な奴を守れりゃ、それでいいんだよ!』


 その名台詞と感動のシーンが私の脳裏をよぎった。

 私もこのアニメは、元々ちょっと知ってる。

 動画サイトの『Matflix』でも放送してたし。


───そういえば耕助さん、徹矢と見た目も性格も似てる気がする。


 そんな事をふと思いながら、私はメッセージにするか電話にするか迷っていた。


───メッセージの方がいいよね。でも、今話したいし……ああっ、でも急に電話したら迷惑になるかも。いやいや、大事な話なんだし。でも……


 なんか、恋人に連絡していいのか悩んでるみたい。

 その瞬間、悠真くんの事が頭に浮かんだ。

 同時に梨沙と玲奈の顔も。

 悠真くんが梨沙と玲奈と一緒に、私の歌をバカにしたあの日の記憶。

 それが私の胸に鈍い痛みを走らせる。


───そうだよね。私は進むしかないの! あの時みんなから否定された歌声を、今度こそ自分の為に……私を信じてくれる耕助さんの為に奏でていくんだから!


 人生のピースは何がどこにハマるのか、その時は分からない。

 あの記憶が私の背中を押すなんて、本当に皮肉だと思う。

 またその時、胸の奥で波音が微かに鳴り響いたような気がした。

 この波音は、私の気持を応援してくれている。 

 私はドキドキしながらLEINの通話ボタンを押した。


◆◆◆


「なぁ涼音、奏……いいんだよな、これで」


 俺は家のソファに腰かけ親指でスマホを横にスライドさせながら、キラキラと輝く写真を眺めている。

 いや、心で問いかけてると言った方が正しいかもしれない。

 かつて俺が手掛けた『StarCrown《スタークラウン》』のメンバー達に。

 コイツらの写真を見つめていると、あの時に守れなかった悔しさで心が痛くなる。


 澪を家の近くまで送った後、俺はすぐに事務所再開の準備に取り掛かった。

 さっきは俺も感動でこれからのビジョンばかり語っちまったが、現実的には色々と手続きが必要なるんだ。

 特に澪はまだ高校生。

 アイツの夢を実現させる為には、俺がこういう所をちゃんとしなきゃダメだ。

 なので、取りあえず休眠状態にしてあった事務所の復活申請の書類と、法務局への変更登記、税務署や年金事務所への届け出の準備は終わらせた。

 この書類を持って明日一気に回って完了させたら、次はオフィスの再契約だ。

 当然だが、こういった流れは全部把握してる。

 一からやる分には資金調達から必要だし、数か月から半年はかかるだろう。


───けど、俺なら一週間もあれば充分だ。必要なのは決意と行動だけ。それが今の俺には揃ってる。


 実は資金もある。

 事務所を一旦やめてから、散財はしてなかったからだ。

 もちろん、節約してた訳じゃない。

 特に趣味もなくボロアパートに住んでたから、バイトの給料だけで充分だっただけの話。

 なので、手続きや資金の問題は特にない。

 俺が思いを巡らせていたのは、澪の事だ。


───まさか、またあの歌声に出会えるなんてな……


 波音の中で澪にあの時に感じた、得も言われぬ懐かしさと魂の輝き。

 心の中に響いた旋律は間違いなく本物だ。

 あの時は本当に魂が震えて、胸が高揚した。


 しかし当然、ここからの道は決して楽な物じゃない。

 澪はAIドル達との戦いの中で傷つく事もあるだろう。

 良くも悪くも、StarCrownアイツらのようになるかもしれない。


───俺はあの時、StarCrownアイツらを守れなかった。もし今度もそうなっちまった時、俺は澪に何をしてやれば……いや、澪なら。あいつの歌声なら、俺は必ず……


 俺は心でそう呟くとスマホをテーブルにサッと置き、両手で頬をパチンと叩いた。 


───違ぇだろ! 俺が弱気になってどうする! 何が起ころうと、俺が澪を最後まで守ればいいだろうが!


 澪の歌声は素晴らしいし、俺は澪をどこまでも輝かせて最高のアイドルにする夢がある。

 けど、夢を追った結果がどうなるかなんて誰にも分からない。

 どんな素晴らしい夢でもそう。

 叶う保証なんてありはしない。

 一番大事なのは、今自身に誓った“覚悟“だ。

 それを心に刻んだ瞬間、スマホから乾いた音が鳴った。

 LEINの着信音だ。

 俺はドキッとして片手でスマホを取り画面を確認すると、そこには澪の名前が表示されていた。


───澪? どうしたんだ、こんな時間に……


 ちなみに、澪のアイコンはアニメ『魔法少女まりあ☆マギナ』の主人公だ。

 絵柄はいかにも萌え系な感じだから、映画を観るまでは正直舐めていた。

 だが俺は上映途中から、ハンカチを持って来なかった事を猛烈に後悔したのを覚えている。

 涙で袖がグチャグチャになっちまった。

 絵柄とは全然違い、ストーリーが深くて重い。

 絶望に立ち向かう魔法少女の物語だ。


 『みんなの笑顔を邪魔するルールなんて、私が絶対に変えてみせるんだから!』 


 と、いうセリフは特に覚えてる。

 

───ピュアな見た目に相反した真のある強さは、なんか澪に似てる気がするな……


 俺は一瞬そんな事を考えてから、着信ボタンをスワイプさせて電話に出た。


「おお澪、どうした」

「あっ、はい。澪です。あの耕助さん、今、電話して大丈夫でしたか……」


 澪は自分から電話してきたのに、まるで電話を受けたかのような焦りを醸し出している。

 このタイミングで焦って電話してきた理由に、俺は大体の予想はつく。

 ただ敢えて、まだこちらからカマをかけたりはしない。

 澪の気持が最優先だし、まずは和ませた方がいいだろう。

 こんな時間に電話してくるなんて、何かあったに決まってる。


「大丈夫だよ♪ 逆に、ブロックしといた方がよかったか」


 俺が冗談っぽくそう言うと、澪は一瞬固まってから可愛くプンスカしてきた。

 狙い通りだ。


「えっ、ブ、ブロックって……もうっ、なにを言ってるんですか耕助さん!」

「ハハッ、悪い悪い。気にするな澪。ブロックするなんて、ただの本気だよ♪」

「……もう、切りますよ?」

「あー冗談冗談。で、どーした澪」


 俺がそう言って声のトーンを変えると、澪は一息ついて話を始めてきた。


「あの、実は……」


───

 ───

  ───


 澪から話を一通り聞いた俺は、軽く話をまとめる。


「よく分かった。要は一週間後までにちゃんと形が出来てないと、お父さんを説得出来ないって話だよな」

「はい、そうなんです。だから耕助さん、今どうなってるのかなって……」


 澪の声は電話越しでも、凄く辛そうなのが伝わってきた。

 ただその声の雰囲気は決して後ろ向きな物ではなく、何とか一緒に前へ進みたいという想いがこもっている。

 それを感じた俺は、逆に申し訳なくなってしまった。


───ったく。俺が舞い上がって、ちゃんと説明してなかったからだよな。


 いくら澪の声に聞き惚れたとはいえ、これは完全に俺が悪い。

 

「すまない澪。ちゃんと言ってなかったな」

「い、いえ。私の方こそ勝手に話しちゃったんで……」


 澪は全く悪くないのに謝ってきた。

 こんないい子に心配をかけるなんて、もう二度とさせちゃダメだ。

 胸にズシリとした物を感じながら、俺は静かに告げる。


「ただ、結論から言えば問題ない。手続きも事務所の再契約も、一週間以内には完了する予定だ」

「えっ、本当ですか?!」


 電話の向こうで、澪の声が少し弾んだ。


「あぁ、お父さんにもちゃんと説明できるよう、万全にしておく。だから澪、お前さんは何も心配しなくていい。ちなみに流れとしてはな……」


───

 ───

  ───


 そこから俺が明日からの詳細をありのまま伝えると、澪は安堵の溜息を零した。


「ハアッ、よかった……それに耕助さん、やっぱり凄いですね♪ 私そういうの全然分からないし」


 澪の声は、さっきまでと違い明るく弾んでいる。

 ちゃんと話が伝わったようで俺も安心だ。


「気にするな。こういうのは俺に任せて、澪は歌と勉強に集中したらいい」

「はいっ♪ 分かりました耕助さん! 私、両方頑張ります!」


 俺の耳に、澪の元気で透き通った声が心地よく響く。


───澪のお父さんに理解してらう為にも、急ピッチで進めていくとするか。


 そんな事を考えつつ、そろそろ電話を切ろうとした時だった。

 澪が少し間を空けてから、急に言ってきたのだ。


「……あの、耕助さん。明日の手続き、私も一緒に行きたいです!」


 俺は少し驚きながら聞き返す。


「んん? 一緒に?」

「はい。耕助さんの事を信頼してますけど、自分の未来だからこの目で見届けたいんです。それに私……」


 澪はそこまで言って言葉を止めた。

 何となく躊躇ためらっている雰囲気が伝わってくる。


「耕助さんと一緒に夢を叶えたいから……!」


 澪は、少し恥ずかしそうな声で言ってきた。

 今みたいな言葉を言うのは、澪のように若くてピュアなヤツは照れるんだろう。

 昔は俺にもそんな時期があった……ような気がする。

 そんな事を思いながら、俺は電話越しに軽く微笑んだ。


「……そうか。いいぜ。じゃあ、明日一緒に行くか」


 そうは言ったものの、俺は手続き先でとんだ出来事に遭遇する事になる。

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