第12話 騎士団との絆

 翌朝、俺とアーテル=グラキエスは、レーニスから一枚の紙を渡された。それは騎士団の候補リストと呼べるものだった。リストには三人の名と彼らの素性が簡単に書き留められている。先日、レーニスが騎士団の中から「訳アリ」な「手練れ」を探してくれた結果、浮かび上がった人物たちだという。


「三人……オノリー、デュラン、ヴェネリか。どれも苦い境遇に置かれているみたいだな」


 俺が紙面を追いながら呟くと、脳内のアーテルは軽く息を吐いて相槌を打つ。


(それぞれ抱えている事情がかなり重そうだね。単に強い相手を探すだけのはずが、厄介ごとに巻き込まれそうだ)


 ――それでも剣術を極めるには手強い相手が必要やろ? もしこの三人を味方に引き入れられたら、館内に頼れる駒が増えるで。暗殺未遂の犯人を追い詰めるにも役立つかもしれへん。


 レーニスは居住まいを正し、淡々と解説を始める。


「まずはオノリーと申します。名誉を失って、役目を解かれた騎士です。彼は隣国との戦争に遅参してしまい、部隊長の地位を剥奪されました。元は統率力があり、部下からも尊敬を集めていましたが、いまは無役のまま。妻の看取りのために出遅れたことが原因とはいえ、上層部に酌量されず、名誉を失ったままです」


 レーニスは暗い表情を浮かべながら続ける。


「次にデュラン。こちらは息子の病気を治すため、先祖伝来の剣を売り払いました。息子の命は助かったのですが、先祖への申し訳なさから、騎士としての誇りを著しく損なっていると言います。部隊長の地位こそ残っているものの、士気は下がり気味で……先祖の剣を取り戻せぬかとずっと嘆いているようです」


 そして最後にレーニスが静かに口を噤む。一拍置いて彼女は言葉を選ぶように話す。


「三人目はヴェネリ。豪商の娘で金回りがいい。その金を使って騎士の地位を買ったと噂され、同僚から冷たい目を向けられています。彼女自身は騎士として認められたいのに、経緯が経緯だけに周囲がいつまで経っても壁を崩そうとしない。孤立して悩んでいるようです」


 リストには三名の詳細が書かれているが、いずれも現在の騎士団内で浮いた存在になっているらしい。アーテルは脳内で「これは一筋縄じゃいかないな」と苦笑する。単に強者と手合わせしたいだけだったのに、どうやら相手の事情も解決しなければ協力は望めない雰囲気だ。


(オノリーは名誉回復を求めている。デュランは先祖の剣を買い戻したい。ヴェネリは仲間の尊敬を得たい……。どれも俺たちが簡単に叶えられることじゃないね)


 ――そやな。名誉を回復させるために役職を与える権限、三男の俺にあるわけない。先祖伝来の剣を買い戻す金もあらへん。騎士同士の関係改善を図る知識なんかも……正直足りてない。


 レーニスも申し訳なさそうに頭を下げる。


「私どもルーナエ家も活動費には限りがございますゆえ、剣の買い戻しを援助する余裕はありません。アーテル様、ただのご報告になってしまい心苦しいのですが」


「いいんだ、レーニス。むしろ情報を集めてくれて感謝してるよ。何とか打開策を考えてみるから」


 アーテルの言葉に、レーニスは安心したように微笑んで部屋を出て行った。部屋には俺だけが取り残される形となったが、実際にはアーテルが脳内にいるから独り言のような会話が始まる。


(うーん、金も権限もないし、ただ頼むだけじゃ断られそう。どうすればいい?)


 ――そうやな。人って隣の芝生が青く見えるもんやろ? じゃあ欠けてる部分をお互いが補い合うとか……なんかそんな感じに持ち込めたら、解決できるんちゃうか?


 一瞬、アーテルは「それはどういうこと?」と疑問を呈したが、俺の思考を追いかけるうちにピンときたらしい。


(ああ、三人で協力してもらうわけか。なるほど、それぞれが失ったものを別の誰かが持っているかもしれない、みたいな感じかな)


 ――そそ。試しに考えてみ? オノリーは名誉を取り戻したくて、でもポストがない。デュランは部隊長の地位をまだ維持しとるけど、剣がない。ヴェネリは金があるけど、仲間の尊敬を得られてない」


 アーテルが思考を巡らせていく。オノリーの名誉回復に必要なものは「役職」、デュランは「剣」を買い戻す金、ヴェネリは「実力」で仲間から認められること。だんだんとピースが繋がっていくのが見えた。


 ***


 館の一室に、オノリー、デュラン、ヴェネリの三騎士を同時に招くことになった。三人とも互いの存在は知っているが、普段あまり接点がないらしい。集まった瞬間、オノリーとデュランは片眉を上げ、「なんだこの顔合わせは?」といった反応を示し、ヴェネリは不機嫌そうに腕を組む。


「お集まりいただき感謝します。実は、皆さんにお聞きしたいことと、提案したいことがあります」


 俺は三人の視線を受け止めつつ、まずそれぞれの事情を素直に口にする。名誉を失ったオノリーが復権を望んでいること、デュランが先祖伝来の剣を買い戻したいこと、ヴェネリが騎士仲間の尊敬を得たいこと――当然ながら三者にはプライバシーや自尊心があるので、微妙な空気が流れる。


「まだ子供なのに随分と首を突っ込んでくるじゃないか。私の名誉回復なんて、キミの権限でどうにかできるものじゃないだろう?」


 オノリーが低く唸るように言う。彼は鋭い眼光を宿しながらも、どこか憂いを帯びている。デュランは腕を組んで、やや失望した様子で呟く。


「先祖伝来の剣を買い戻す金など、私自身にも用意できない。なあ、三男殿、それを援助してくれるのか?」


 もちろん金なんかない。俺は困りながらも、「援助は難しいが」と前置きした上で、今回の組み合わせ案を説明する。ヴェネリは「お金はあるけど、それを騎士仲間のために使うだけの価値があるの?」と少々棘を含んだ言葉を投げかけてくる。


「ヴェネリさん、あなたは騎士として認められるために、実力や成果を出したいんですよね。ですが、練習環境や指導をどう整えるか悩んでいるのではないですか? オノリーさんは指導力が高く、かつ部隊をまとめる力がある。あなたを本気で鍛えてくれる人がいるとしたら、きっとオノリーさんが最適なんじゃないでしょうか」

「オノリーさんに訓練してもらえたら、確かに強くなれそうだけど。でも彼に何のメリットがあるの?」


 そこにデュランが渋い声で割り込む。「そりゃ、副官として迎えれば名誉回復もできる。俺はまだ部隊長の地位にいるが、正直、士気が下がってる。それを盛り返すには、まとめ役となる優秀な副官が必要だ。オノリーよ、お前は俺の部隊に復帰してみないか?」


 オノリーは一瞬、驚いた顔を見せる。「まさか……俺を副官に? 遅参した罪人の俺を?」

「罪人じゃない。妻を看取っただけだろう。あのとき上層部は冷淡すぎた。お前の統率力があれば、部隊はもっと引き締まると思う」


 オノリーの表情が揺れる。俺はここでさらに背中を押す。


「副官のポストにつけば、公式に役職を得られます。あなたが望む名誉の一端には足るはずじゃないですか?」


 しばし沈黙が流れたあと、オノリーは小さく頷き、「悪くない話だな」と呟く。次にアーテルはデュランへと視線を移す。


「デュランさん、部隊長として部下をまとめ直すきっかけが欲しいんですよね。先祖伝来の剣は誇りの象徴でもあるんでしょう? 金を用意できないかもしれないけど――実はここに金を持て余している方がいるんじゃないですか?」


 ちらりとヴェネリを見やる。ヴェネリは憮然とした表情ながら、苦々しい声で返す。


「なるほど、私を利用して剣を買い戻す金を出させようってわけね。確かに私は豪商の娘だから、資金はそれなりにある。けれど……」

「でも、騎士仲間に受け入れられないままでは、あなたも納得いかないんですよね。厳しい訓練に耐えて、実力を証明すれば同僚の見る目も変わるはず。オノリーさんが適切な指導を施し、デュランさんが部隊長として公式に実力ありと認定すれば、あなたは晴れて同僚からも認められるでしょう。そうなれば、彼らももう金で地位を買っただけだとは言えなくなる」


 ヴェネリは無言のまま考え込んでいる。俺はさらに言葉を続ける。


「その見返りとして、デュランさんの剣を買い戻す代金を出す。そうすればデュランさんも先祖の剣を取り戻し、再び誇りを持って部隊を率いられる。どうです? 三人が協力すれば、それぞれの願いを同時に叶えられませんか?」


 すべてを聞き終わって、三人は顔を見合わせた。オノリーはやや呆然とした様子で、「まさか三男殿にこんな妙案を授けられるとは……」と口を開く。デュランは腕を組んだまま「部隊長の私が副官を選ぶ権利はある。上層部に報告は必要だが、反対される理由はないだろう」と落ち着いた声を出す。ヴェネリは「訓練は相当キツいんだろうけど……騎士として真価を証明できるなら、私はそれで構わない」と頷く。


「上手くまとまるなら、僕にもメリットがあるよ。三人とも、剣術で高い技量を身に付けてるんだから、ぜひ俺の対戦相手になってくれないか?」


 俺が言葉を添えると、オノリーとデュランは苦笑し、ヴェネリはやれやれといった顔をしてから微かに笑みを浮かべる。


「お前のために動かされるわけか。まあ、それで我々の問題が解決するのなら、悪い取り引きでもない。いいだろう、手合わせしてやる」


 オノリーがそう言うと、デュランも続ける。


「ちょうど士気の低下も気になっていたところだ。お前との稽古はうちの部隊に新鮮な刺激になるかもしれない」


 ヴェネリは薄い微笑を浮かべ、「私が本当に強くなったら、金で地位を買っただけなんて噂を黙らせられそうだしね。面白いわ。やってみる」とあっさり承諾する。


 ***


 三人が最終的に納得してくれて、俺はほっと安堵する。これで対戦相手を確保しつつ、彼らの困難も解消する。何より「三人の騎士を取りまとめた」という事実が、館内でのアーテルの存在感を少し高めるかもしれない。


(まさかこんな形で交渉がまとまるとはね。正直、金や権限がないから無理だと思ってた)


 ――お互いが足りないものを持ち寄れれば、意外に道があるもんや。人にはそれぞれの欠点もあるけど、その分、補い合うことで新たな力が生まれるんやろ。


 脳内でうんうんと頷き合う俺とアーテル。ふと、入り口のほうを見ると、レーニスが控えめに現れ、驚いたような表情をしている。近づいてきた彼女は小声で「三人とも納得されたのですね? これは……驚きました」と心底感心している様子だ。


「いえ、僕はただ思いつきを口にしただけですよ。三人が互いに協力し合えるなら、僕も強い相手と手合わせできるし、みんな得をするんじゃないかなと思って」


 するとレーニスは丁寧に礼を取る。


「アーテル様、さすがはルーナエ家の血筋、とでも申し上げましょうか。人を動かす手腕はすでに発揮されているようで……」


 先日、ルーナエ家の暗部の話を聞いたばかりだが、この一件で「アーテルにその才能がある」と証明された形にもなるのだろう。俺は少し面映ゆい気持ちで苦笑する。彼女が称賛するたびに、母の家系が暗部を担ってきたことが頭をよぎり、複雑な感慨に包まれる。


 俺は「これで対戦相手の問題は解決したな」とほっと息をついた。だが、同時に「継承権争いや毒殺未遂の謎には、まだ手をつけられていない」と痛感もする。騎士団内に友好的な人材が増えたことで、暗殺未遂の真犯人探しも少しは捗るかもしれないが、核心は未だ霧の中だ。


(ともあれ、これで強い相手と実戦的な稽古ができるし、三人も立ち直るきっかけを得られる。悪くない結果だよね)


 ――そやな。少しずつやけど、人との絆が広がっていけば、暗幕に潜む敵とも対峙しやすくなるはずや。


 内心で頷き合っていると、レーニスが小さく咳払いをしてから言葉を差し挟む。


「アーテル様、三人の騎士から教えを受けるとなると、かなり負荷の高い訓練になりそうですね。くれぐれもご無理をなさらないよう。再び暗殺を仕掛けられては大変ですので」

「ありがとう、レーニス。大丈夫だよ。むしろ剣術の腕を上げておかないと、危機に対処できないしね」


 レーニスは深々と頭を下げ、退室のためにドアへ向かう。彼女の表情には、わずかな安心と、一抹の不安が入り混じっているように見えた。俺は、それでも「いずれ館内の不穏分子を洗い出すために、動き続けるしかない」と覚悟を新たにする。


 ――剣術の対戦相手、やっと見つかったな。三人を相手にすれば鍛錬効果も大きい。よし、がんばろうや、アーテル。


(そうだね。僕たちが強くなるだけじゃなく、三人の問題も同時に解決できるなら、こんなに嬉しいことはない)


 ***


 部屋を出て廊下を歩きながら、俺はふと口元をほころばせる。オノリー、デュラン、ヴェネリ――みな事情を抱え、自信や誇りを損ねていた。今回の取り引きで彼らは何かを得ると同時に、アーテルに貴重な「対戦相手」と、騎士団内の有力な「繋がり」をもたらしてくれることになる。


 継承権をめぐる家族の確執、毒殺未遂の謎、ルーナエ家の暗部……まだまだ宿題は多い。しかし、こうして周囲の人々を少しずつ取りまとめ、味方につけていけば、道が開けるかもしれない。三男と侮られようが、金も権限も尊敬も欠けていようが、人を結びつけることで生まれる力がある。今回の出来事は、それをアーテルに教えてくれた。


 遠くからは、オノリーの力強い笑い声やデュランが部下に指示を飛ばす声、ヴェネリが何やら同僚と言い合いをしているような声が微かに響いてくる。みなまだ互いの歩み寄りには時間がかかるかもしれないが、それでも一度「協力しよう」と決めたからには、急激に状況が動くだろう。


(そろそろ本格的な稽古が始まるね。三人とも強そうだ)


 ――俺も負けへんで。ここで腕を上げて、暗殺未遂の犯人が襲ってきても返り討ちにしてやるんや。


 脳内で拳を突き合わせる。そうして俺たちは、この館に渦巻く陰謀に立ち向かうだけの土台が少しずつ整いはじめていることを感じるのだった。少なくとも、もう「単なる三男」ではいられないし、そうである必要もない。三人の騎士という新たな仲間を得たことで、アーテル=グラキエスの周囲が少しずつ変わりはじめている――そんな予感を胸に抱きながら、俺たちは次の行動へと動き出す。

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