第十六話

(今、なんて言った?)


 一瞬硬直した。手合わせ……確かにそう聞こえた。ということはつまり、剣を交えた模擬戦ってこと。


(俺と、エリナ様が?)


 普段俺と兄さんのやる遊びとほとんど同じだ。だけど、その相手はまさかのエリナ様。兄さんもこれには目を丸くしている。優秀な貴族の中でもとりわけ剣の扱いに長けていると事前に聞いていたし、さっきの話から兄さんの指導もしているルーク団長に教えられている。聞けばわかる、絶対強い。できるなら断りたいが、今日はエリナ様のおもてなし、そんなことは許されないだろう。


「……エリナ様の頼みであればいくらでも相手になりますが、場所はどうしましょうか」

「せっかくお庭が広いのですから、ここでやってみたいですわ。しかし、今私たちのいる場所だと少し窮屈で、もう少し広めの場所……あの噴水の近くはいかがでしょう」

「噴水の近くですか。確かにそこなら問題なくできますね」

「でしたら、早速向かいますわよ!」


 打ち合いを想像したのかにやけ顔が止まらない彼女は、清楚なお嬢様の皮を被った戦闘狂バトルジャンキーのように写る。こんなにも好戦的な人間は後にも先にも兄さんしかいないと思っていた。もしかして俺が異常なだけで、この世界の剣を扱う人間は皆こうなのだろうか……と逆に心配してしまう。


「ところで、服装はそのままでも大丈夫なのですか?その……失礼ですが、エリナ様の身につけているドレスだと動きにくいのではないかと……」

「心配してくださりありがとうございますわ。ですが、問題はございません。こう見えて、動きやすいのですよ?」


 早く勝負がしたいとでもアピールするようにドレスをヒラヒラさせる。動きやすさを強調していた。彼女がそう言うのであればいいのだが、汚れとか気にならないのだろうかと、少し案じてしまう。兄さんと遊んでる時も普通に汚れてしまうから尚更心配になってきた。


((兄さん、これはもうやるしかないよね。いいのかな?))

((そうだな……エリナ様もそれを望んでいることだし、これに関して俺は何もいうことが無い。おもてなしのプランは急遽変更になるが、頑張ってくれ。待ってな、今執事を呼び出して模擬戦用の剣を持って来させるから))

((分かった。待ってるよ))


 俺たちはエリナ様の要求に応え、この庭園で模擬戦を行うことに決めた。会話が終わると兄さんは、「ただ今、専用の剣を持って来させますので少々お待ちください」と言い、すぐ近くで茶会の準備をしていたメイドを呼び出した。「急がなくてもよろしくてよ」とエリナ様はいうが、その返答は変えて来なかった。

 

「ところで、ルール、どうしましょうか。兄とやる時は特に決めていないのですが」

「そうですわね……一度でも先に有効打を与えることできれば終了といたしましょう。その他にルールは要りませんわ。互いに全力を出すことが最も重要ですもの。悔いのない、最高の立ち合いにいたしましょう、アルヴァ様」

「ええ、望むところです」


 とまあ、少々強気に言ってみたが、エリナ様はあのルーク団長の教え子だ。どう立ち回ってくるのだろう。それに、兄さん以外の人と初めてこんなことをする。俺より一回り小さいその身体からどんな剣撃を繰り出してくるのかを考えるたび全身が震えてしまいそうなほど緊張しているけれど、実は内心楽しみでもある。もしかしたら自覚がないだけで俺も同じ土俵に立つ人間なのかもしれない。



 

 ◆




 

「大変お待たせいたしました」


 兄さんの到着に伴って、執事らが模擬戦用の木の剣を持ってくる。いつものように軽く素振りをしながら体に慣れさせる。対してエリナ様は握りしめただけだ。その代わり、眼を閉じてじっとしている。これが彼女のルーティーンなのだろう。何かわからないが、不思議なオーラを纏っているみたいだった。


「兄さんは審判をしてくれる?先に有効打を与えた方が勝ちってルールなんだけど」

「いいよ。そのぐらいしてあげるさ。じゃあ、早速だけどある程度距離とってね。いい具合で始めるから」


 両者頷いて、対角線上に並ぶと徐々に後ろに下がる。頃合いになった頃で兄さんが合図を出した。


「両者、準備はいい?」


 首と縦に振り、両者構えの体制に入った。兄さんと交える時とはまた違った、これまで感じたことのない異様な圧力を覚える。いよいよ始まるのだ。そう思っていたのだが、「エクス様、少しだけお伝えしたいことが……」と、1人のメイドが屋敷から声を切らしながら急いで駆けてきた。


「どうした?」

「先程……」


 しばし呼吸を整えてから耳打ちすると、兄さんは焦ったような表情を見せる。


「……そうか、分かった、今すぐ行くよ。下がって」

「失礼いたしました」


 メイドを下げさせると、俺たちの方に振り向く。

 

「ごめん、なんか父上に呼ばれちゃった。合図は出すから、あとはお二人仲良くやってね」

 

 作り笑いでその場を乗り切ろうとしてるけれど、その様子だと何か不味いことがあるみたいだ。滅多に呼ばれることもないし、緊張しているのだろう。内容が気になるけれど、今はそれどころじゃない。今この場を乗り切らなくては……!

 

「じゃあ行くよ。では……初め!」

 


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