第1話 はじまりの「猫カフェ合コン」
猫だった。目の前でころりと寝転がり、腹を見せる毛だらけの生き物も。すぐ横で艶やかに笑う、薔薇柄のワンピースに身を包んだ女子も。
平成も後半に差し掛かった某月某日。私は都内某所のカフェに居た。猫様のあられもない姿を眺めつつお茶を頂けるその店舗は猫カフェという名称で、ごつごつと黒光りする一眼レフを首から下げた私は明らかに浮いている。何故ならそこは戦場だからだ。
「はーい時間でーす! お相手を交換して下さーい!」
鬨の声をあげるがごとく司会者が指示を出す。婚活。つまりは「猫カフェで猫様のお写真を撮影しつつ生涯のパートナーを探す」という、そんな目的で三十名余りの男女がひしめく空間なのだった。
*
結婚をしたいと思った。既にしている、とも思った。結婚に失敗した後だった。それでも結婚に憧れていた。
自己紹介の順番が回ってきて、私はすっくと立ち上がる。
「
まばらな拍手が巻き起こり、猫様がふわぁとあくびをするのが見えた。人間を三十年余りやっていても自己紹介には慣れていない。困り顔で着席すると、テーブルの向かいに座る男子が微笑みかけてきて私は目を逸らした。
世の中には不思議なムーブメントがある。結婚したいけれどなかなか相手に巡り合えない、最適なパートナーを得たいが機会に恵まれない男女が集まり相手を探す。
――婚活。
配偶者となった相手の浮気で最初の結婚を終わらせた私は、そこそこ長い残りの人生をより良いパートナーと過ごすべく、新たな出逢いを探しに来ていたのだった。
この「猫カフェ合コン」と銘打たれた場の流れとしては、着席したテーブルの男女でペアとなり、どちらかが猫をじゃらし、もう片方がカメラを使用して猫を撮影。それを順繰りに行う。カメラはスマホはダメで、猫カフェ貸し出しのものか、自前でも良い。良いと言う割に自前のカメラを持ってくる者はほとんどいない。隣に着席した薔薇柄のワンピースの女子に私は恐る恐る話しかける。
「あの……お洋服とても素敵ですね。それに、よくお似合いです。私、こういう場は初めてで」
女子は少し呆れた顔をした。今なら分かるが「それは私じゃなく、男に言うべき台詞だ」と言いたかったのだ。
「これは戦闘用。一着持ってた方が良いわよ。あと、そのカメラはモテないと思う」
戦闘着に身を包め、デニムで来るな。モテに全振りせよ。差し当たってガチの一眼レフを持ち込むのはやめろ。
端的に言えばそう言うことだった。
何とか一連の流れをこなし、男子と女子で分かれて座らされる。
ここでは皆同胞であり、ライバルだ。ふわふわした衣装に身を包んだ諸先輩方によれば、最後に配られるカップリングカードには何も書かない方が有効なケースもあるのだそうで、その情報を手にした際、私は既に、先程笑いかけてくれた男子の番号を記載してしまった後だった。他に印象の残った男子は居なく、苦肉の策だ。先輩曰く、ここではカップルになる事を目的としてはいけないと言う。何でも、より多くのお相手の連絡先を入手し、吟味の上で連絡を取るのだそうで。
しまった、と思った時にはカードは回収され、会場出口で渡された封筒の中には「カップル成立」の文字が踊っていた。
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