ソーダの青色

 結奈は寂れた食堂のテラス席に居た。町の人たちが結奈たちをもてなすために食べ物や飲み物が用意してくれたのだ。彼女はその中からソーダを手に取った。青空にそのガラス瓶をかざしてみる。青空はソーダの薄青に溶けて、その冷たい感触を強めたような気がした。瓶を揺らすと炭酸が弾けて、青色が薄れる。何故が懐かしい気分になる。まるで故郷の海のように、青は波の中で白く泡立って、その奥に消えてしまうのだ。


「結奈ちゃん、ゆっくりしてる?」

と町のおばさんが話しかけてくる。だが、結奈はそれを無視した。彼女はただ、夏の強い日差しが自分の肌を白く洗い出すのを見ているだけだった。死人のように血の気はなく、ただぼんやりとした光にそれは包まれている。マスクが結奈の過去の記憶を規制しているはずなのに、不安が何故か浮かんでくる。彼女は思った、その皮の下には何も入っていないのかもしれないと。


「変わった子ね……」

とおばさんはどこかに行ってしまう。結奈はため息をついて、手の中でぬるくなってしまったソーダを飲み干した。不快な生温かさが氷の冷たさと混ざりながら、食道を降りていく。炭酸の刺激が無意識の深い闇の中に落ちていった。


 結奈は不安から逃れるように西本のところへ向かった。とにかく、誰かと話したかったのだ。その血の気のない白さを忘れたかった。


 乗ってきたワンボックスカーの周りには人だかりができている。西本書店と書かれた大きな旗が青空に縁どられ、風の中を優雅に泳いでいる。車のトランクは開いていて、そこにたくさん本が積まれていた。西本は絵本の対価として貰った米俵を苦しそうに息を荒げながら引きずっているところだった。


「そんなことして楽しいの?」


 そう結奈が言うと、西本は車に肘を置き、大きなため息をついた。


「しょうがないよ。俺たちはあくまでも書店さ、慈善団体じゃない」

「それにしては、あの絵本を仕入れたコストと、もらった対価が釣り合っていないけど?」 


 その問いに西本は答えなかったが、ただ明るい笑みを答えた。


「ここのひとたち、サイコシスに感染してるよ」

と結奈が言った時、西本の表情が凍り付く。彼はゆっくりと視線を上げた。

「ホントか?それなら、症状はまだ表れてないんだな」

「そうみたいだけど、時間はないと思う」


 結奈はそう言うと、最後に西本に微笑みかけて、何所かに立ち去ってしまった。

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