1-2
「ロザンナァ!」
バレルが叫んだ。
その先には一人の女性が立っている。
嵐だった。
甲板は高波に揺られ、雨と波を被って濡れている。
「俺達はお前に反乱を起こすぜ、文句は無いな」
女性は振り返らない。
潮風が人を海に突き落とそうと吹いていたが、彼女は不安定な舳先に一人立ち、ただ船の行く先を見詰めていた。
それを見るバレルは震えている。
樽のような腹が怒りでぷるぷると揺れていた。
「はァ! 返事もしねえ、振り返りもしねえ、テメエはいつもそうだ。目眩がするぜ、くらくらとな」
バレルはくらげのように両手を揺らし、大袈裟に倒れる真似をした。
後ろに控えている仲間達に支えて貰えると確信した上での行動だったが、しかし誰もバレルを支えようとはしない。彼は大きな音を立てて甲板に倒れ、後頭部をドアに強打した。
「――大丈夫ですか?」
一人の少女が集団から進み出る。
その腰からは梟のような一対の翼が延びていた。
「おお、天使よ!」
バレルは男泣きをしている。
事実、彼にとってリリーは天使だった。
上司であるロザンナからは無視をされ、部下である海賊達からは支えても貰えず、板挟みになっている彼を気遣ってくれるのだから……。
「見ろロザンナ! これが理想の上司の姿だ! つまり俺達はヴァレンタイン海賊団の旗を今この瞬間に降ろし、リリー海賊団を結成する!」
「「「「うおおおおおおおお!」」」」
集団から歓声が上がる。
万雷の拍手に、嵐を掻き消すような喝采に、雨は堪らず降り止んでいた。
「あわわわ、どうしてこんなことに……」
少女は羽根を慌てるようにばたつかせながら、自分がこの船に拾い上げられた時のことを思った。
‡
頬に触れる冷たさで目を覚ます。
反射的に伸ばした腕は余りにも低い天井を突き、固い蓋の感触とザラザラとした木肌の手触りを彼女に伝える。どうやら棺桶の中に居るようだった。
「んんっ」
両手両足を箱の蓋の裏側に当て、中からそれを押し上げる。
耳朶に腐った木材の破断する音が響いた。
「ここは……」
棺桶のふちに手を掛け、起き上がれば水平線が見える。
右を見ても、左を見ても、そこには海だけが広がっていた。
触れた頬には泪の伝った跡がある。
「夢……? いや、私、また死んでたのか……」
躰の周りには白と黒の花が添えられていた。
最期の瞬間を思い出す。
錬金術の限界を超えた行使。ハイペリオンを数日に亘って稼働させ続け、躰が再生するよりも早く聖釘・聖槍を使い、自らの背骨を材料に聖剣を使った。
背骨に手を回す。
躰に被せられた上着が太腿の上に落ちる。肌着だけは何とか死体に着せたものの、それ以上は羽根に引っ掛かって着せられなかったのだろう。
指が背骨の段差を一つ々々数える。
浮き上がった背骨が確かにそこにあった。
「躰は治ってる……何日経ったんだろ、これ……」
聖剣は鞘に戻せない。錬金に使った部位の再生に半月以上掛かることを考えると、今自分がどれほど沖まで流されているのか、考えたくもなかった。
棺桶の底に手を突く。
パシャ、と瑞々しい音が聞こえた。
「やば」
棺桶が浸水している。
海水は腰まで濡らしていた。
「ドラグーンは……ダメそう……」
手にした銀の十字架は黒く濁っていた。戦闘で破損し過ぎたのだろう。どこかで錬金術の材料が手に入るならどうとでもなるが、これでは当分動かせない。
周囲を見回す。より丹念に、掴む藁を探して。
そこには入道雲が浮かんでいた。
紅い雷鳴が時々閃く、生きているような雲だった。
「希望だ」
凝らしたリリーの瞳が輝く。
「おーい!」
彼女は両手を大きく振るい、両翼も大きく振るった。
彼女の視線は入道雲の直下。それに追われるように航行している外輪船に向けられている。
幸い、船はどんどんと近づいてきていた。
甲板に男達が見える。
水夫とは思えないような華美な装飾がされた服装をし、腰には苗刀を提げたその男達の姿はまるで――。
「あー……」
「今だ、投げろ!」
輪投げの景品のようにリリーに縄の輪が掛かる。
彼女は縄の先を見上げた。
そこには一隻の船が浮かんでいる。
甲板には水夫達がひしめき合うように居並んでいて、彼らの背後には大きな旗が翻っていた。
リリーはその旗に目を凝らす。
髑髏をモチーフにした旗は血のような赤色で描かれている。
「ヴァレンタイン海賊団へようこそ、歓迎するぜ、天使よ」
潮風に翻る海賊旗を背に、樽のような腹をした海賊が豪快に笑った……。
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