大正レグレットミステリ 没落華族の令嬢は悪魔と呼ばれた男爵と共に謎解きを

須崎正太郎

第一章 悪魔と呼ばれた男爵に嫁いで

 鮮やかな翠色みどりいろの木々が連なっている。


(『悪魔』に嫁ぐには、ふさわしくない季節ね)


 橘万葉子たちばなまよこは、五月晴れを見上げながらたった一人でひそかに思った。もちろん本物の悪魔ではない。悪魔と呼ばれている人間の妻となる。母と叔父の命令で、仕方なく――


(いいえ、そんな考えでは駄目。夫となる人には尽くさないと)


 そう教育されている。

 十九歳。子爵、橘家の令嬢として育ってきた。

 だからこそ、そう、豊かな教育を受けてきたからこそ理解してしまう。


(この結婚は、どう頑張っても幸せになれない)


 胸のときめきや、将来への期待とは無縁。

 唇を噛みしめるような不安と、強い無念さえ胸に宿しながら、それでも万葉子は歩みを進め、駅前で人力車を見つけるとこれに乗った。


福岡市下店屋町五番地ふくおかししもてんやまちごばんち古御門骨董店こみかどこっとうてんまでお願いします。――分かりますか?」


「古御門――ええっ、あの悪魔? お嬢さん、一体全体あんなお店になんの用で――失礼、向かいます。古御門骨董店ですね」


(町の人にさえ、しかめっ面をされるほどのお店なの)


 博多駅前を発車した人力車は、寺社仏閣の立ち並ぶ通りを走り抜ける。

 大正九年五月九日の風が、万葉子の結った黒髪を揺らす。


 ガタガタと、悪路の上を走る車輪。

 砂ほこりがあがっていく。

 空だけはにくいほど、青く澄み渡っていた。


(私の結婚を祝福してくれるのは、この五月晴れだけかもしれないな)




 車は商店が連なる賑やかな都市部で停車した。


 目的地である下店屋町は、商都博多の中心部だった。

 人が行き交い、荷物が運ばれ、ぼんやり立っていると怒鳴られそうだ。


 古御門骨董店は二階建ての木造だった。

 道路に面した側の一階に引き戸、二階に窓がある。

 ごく一般的な建物だが、違和感がふたつあった。


 真昼なのに店が開いていないことと、引き戸に取りつけられている、恐らく錠前をかけるための金具が人の顔ほどに大きいことだ。


 奇妙な違和感に飲まれながらも、万葉子は引き戸を叩こうとした。

 そのときである。ぐわらぁり、という大きな音と共に戸が開いた。


「あ」


 万葉子はついに、その人と出会った。

 事前に見せられていた写真と、まったく同じ顔がそこにあった。


 黒一色の着物を着ているのは、役者にしたいような二枚目である。

 背が高く、その上、肩まで伸びた長髪の青年だ。


(怖いくらい美形……。透き通るような白い肌に、切れ長のまつ毛に、整った目鼻立ち)


 二十四歳で、自分より五歳年上だと聞いている。

 これが紛うことなき自分の夫なのだろう。


 青年はさらに一歩、万葉子に向かって踏み込んできた。

 人間離れした、西洋彫刻の如き容貌の顔立ちが、万葉子の目の前に――


(どこが悪魔なの? 容姿だけで言うならば、まるで神のよう……)


 前言撤回。

 写真よりもずっと美しい面立ちをしたその青年に万葉子は思わず見惚れていた。


(神が、私を見つめてくれているような)


 だが、万葉子はハッと我に返る。

 私はなにを空想しているの。

 頭を下げた。


古御門物見こみかどものみさま、ですね? 私は東京から参りました。橘万葉子と申します。どうぞ、本日より末長く――」


 すぐに、二の句が継げなくなった。


(この人が、悪魔と呼ばれている骨董商)


 どれほど美しい外見だとしても。

 かねてより聞いている、彼の評判は最悪だった。


 人を殺めた凶器や、血にまみれた伝説の武具、呪われていると評判の芸術品など、怪しげな骨董品アンティークばかりを商っている人物らしいのだ。だから彼は悪魔と呼ばれているのだ。


(本当に綺麗なお顔。でも確かに、凍てつくような眼差し)


 その視線の冷たさに気が付くと、五月の陽気など吹っ飛んでしまった。


 鳥肌が立ってしまう。

 覚悟は決めていたはずなのに。

 この人物と、今日から夫婦になるのかと思うと――


「君が橘万葉子さんか。話は聞いている」


 古御門物見こみかどものみはにこりともせずに、


手前てまえが古御門物見だ。骨董品こっとうひんの商いを生業としている。これから、よろしく頼む」


 商売人とは思えないほど、無愛想に言い放った。

 よろしく頼む、という表情ではない。


 自分は歓迎されていない。

 直感的に悟って、万葉子は小さく唇を噛んだ。

 覚悟はしていたが、

 

(初対面でさえ、この態度なの? これから一緒に過ごしていこうという妻を相手に)


 そもそも、だ。


 ――悪魔と呼ばれる男と夫婦にさせて悪いが……。


 と、縁談を進めた母方の叔父である長岡正之ながおかまさゆきは言っていた。


 ――古御門物見は、とにかく評判の悪い人物だ。曾祖父が維新のときに功績があったため、古御門家はお国から男爵として認められている。それだけが救いだ。


「どうした。いつまでも突っ立っていないで、中に入れ」


 古御門物見は亭主関白然と言い放ちながら、店の中に入っていく。

 万葉子は慌てて追いかけた。


 店の中にはところ狭しと、壺に茶碗に刀剣に、丸眼鏡にロザリオに銀時計に、陶器に漆器に西洋の銃に中華の服に、宝石や指輪の類まで。ありとあらゆる骨董品が並べられ、あるいは積まれ、あるいは立てかけられている。


(高価なものかな)


 万葉子は思わず、それらの品に見とれていたが、


(――ッ……!)


 すぐに、ビクッと震えることになった。


(血の付いた、刀……)


 刀掛けに置かれてある日本刀は、さやに収められているものの、その鞘には赤黒い点々が付着していた。


(人を殺めた凶器を取り扱っている、骨董商! ならばこの刀は、まさか、人を殺した刀……)


「この刀が気になるのか?」


「えっ、あっ、いえ……」


「目が高いことだ。これは逸品だぞ」


 古御門物見は、その刀を手に取った。


「これは新撰組副長しんせんぐみふくちょう土方歳三ひじかたとしぞうが使っていた刀だ」


「新撰組の土方――えっ、本物ですか?」


「無論、本物。十一代和泉守兼定。二尺八寸の名刀だ」


 新撰組のことは簡単にだが知っている。

 幕末のときに、徳川幕府側として戦った剣客集団だ。


「でも土方歳三は、北海道で討ち死にしたと聞いております。その刀がなぜ博多に?」


「事情がある。――新撰組の隊士の中に、福岡出身の立川主税たちかわちからという人がいた。立川は土方歳三が戦死した最期の瞬間に居合わせたのだが、その後、新政府軍に捕まって、紆余曲折のあと故郷の福岡に移送された。この兼定はそのとき没収された刀で、手前の祖父が手に入れたものと聞いている。……だからこの刀には、討ち死にした土方歳三、最後の闘志と無念が籠もっているのだ」


「闘志と、無念……」


「うちに置いてある骨董品はこの手のもの、つまりなにかしらの無念が籠もった逸品ばかりなのだ。英国ではこういったものをレグレットアンティークと呼ぶ。日本語でいえば、無念骨董むねんこっとう。……古御門家は代々、無念骨董を集めることを宿命としているのだよ」


(それでこの刀の鞘には、血が付いているの? 私が生まれるはるか昔の戦いで付いた血が、この大正の御世みよになっても)


 幕末の動乱はもう五十年も前の話だ。

 それなのに、まだ血の無念がこの刀にはこびりついているのか。


「万葉子さん。君からも無念を感じるぞ」


 古御門物見は眼を細めた。


「話は聞いている。なんでも三年前、お父上が人を殺したとか」


「無実です」


 間髪入れず。

 万葉子ははっきりと答えた。


「断言するのか」


「もちろんです。父が人殺しなどするはずがありません」


 万葉子は子爵家の出身だ。

 縁談に困る家柄ではない。


 さらに言えば、橘家の一人娘である。

 本来ならば、然るべき家から婿を取って、橘の家を保つのが筋だ。


 その万葉子がなぜ東京から遠い博多までやってきて、悪魔と呼ばれる骨董商人に嫁ぐことになったのか。理由は実にただひとつ。いまから三年前、父親の橘実明たちばなさねあきに殺人の容疑がかかったからである。


 あの事件を思い出すと、万葉子はいまでも胸が痛み、かつ首をかしげる。

 それほど異様で、不思議な事件だった。


「大正六年三月二十七日の夜十時のことです。台東区下谷にあった橘家の裏に広がっている、見通しの良い空き地に突如『ひとごろし!』という甲高い声が響き渡りました。


 その直後に警官隊が駆けつけてみると、空き地の中心で軍服を着た若い男性が腹部を刺されて亡くなっていました。その隣には、血まみれの軍刀を持った父が呆然として立っており――


 父はすぐに逮捕されました。そして軍刀に付着していた血は、紛れもなく亡くなった男性のものだったのです」


「ほほう」


「取り調べに対して、父は『殺していない』とだけ答えると、あとは完全に黙秘しました。被害者の男性については『知らない。見たこともない男だ』と告げ、殺された方の身元はいまでも不明のままです。でも警察は父が犯人だと決めつけました。その後、父は裁判が始まる前に心労で倒れ、還らぬ人に……」


 その後、橘家は世間から白い目で見られるようになった。

 父に有罪判決はくだっていなかったが、逮捕された時点で世間はもはや犯罪者だとみなした。


「母の艶子つやこもまた、心労から病気の身となりました。実業家だった父がいなくなることで橘家の収入は途絶え、財産は減り、生活は苦しくなるいっぽうでした。私は女学校を中退し、実家の近くで子守りや掃除などさまざまな仕事に就きましたが、家計はそれでも苦しいままで……」


 その上、華族の知人たちからは、いっそう冷たい反応を受けた。

 

 ――子爵家のご令嬢でありながら、労働なんて、なんとふしだらではしたない。


 そう言われた。

 華族の女性が働くこと。

 それ自体が、上流階級の人たちにとっては、『はしたない』ことなのだ。


 ――だったら、どうしたらいいの? あばら家でメソメソと泣き暮らしながら、やがて飢え死にしろとでも言うの!?


 そう叫びたいのを、必死にこらえながら。

 万葉子は、ただ、耐えるしかなかったのだ。


 やがて母は叔父が引き取り、万葉子には縁談話が登場した。


 だが橘家がそんな状態だから、万葉子の結婚も、悪魔と呼ばれる骨董商、古御門物見としかまとまらなかったのだ。


 縁談をまとめてくれた叔父も、今日は仕事があると言ってついてこなかった。仕事は口実で、実際にはこれ以上、橘の本家と関わりたくないのだろう。結婚話までまとめたのだから、あとはお前が自力でなんとかやっていけ、と言わんばかりだった。


 だが。

 万葉子は信じている。

 あの優しかった父が、人殺しなどするはずがないと。


 父は亡くなる直前、万葉子に手紙を書いていた。


 ――この世界は悪に満ちている。

 ――しかし正義は必ず勝つんだよ。

 ――万葉子は正義を貫いて生きなさい。必ずだ。


 父の最期の言葉だ。

 万葉子はこれを見て、父は濡れ衣を着せられたのだと確信した。


「怪しいところはたくさんあるのです。普段は人も来ない空き地なのに、その夜に限って父と被害者がやってきていて、しかも地面には人力車の車輪のあとが残っていたそうです。


 それに、橘家には先祖伝来の刀があります。橘家に伝わる名刀『金剛兵衛こんごうひょうえ』。生活が苦しくなったので、母がいつの間にか手放してしまったものですが、もしも父が人を斬るならば、その刀を使うはずです。それなのに使われたのは官給品の軍刀でした。この軍刀はどこから湧いてきたのでしょうか。


 そして一番、異様なことは――


 殺された軍服の男性は、ものすごい笑顔だったそうです。

 まるで、喜劇を鑑賞した直後のように、口を大きく開き。

 その口の中には、ひとひら。桜の花びらが入っていたそうです」


「笑顔だと。殺人事件の被害者が?」


 古御門物見は、腕組みをしてから数秒間、考え込むような顔をしてから、やがて万葉子に視線を移して、


「……しかし見事だ。よくそこまで疑問点を整理できたものだ。探偵小説の主人公のようだな」


「それだけ私は悲しいのです! 許しがたいのです!


 これほどまでに疑惑の点があるのに、父を逮捕した警察。裁判も終わっていないのに父を犯罪者と見た世間。父に罪をなすりつけて、いまもどこかでほくそ笑んでいる真犯人。


 正義はどこにいったのでしょうか。このまま橘実明の名は殺人犯として、栄えある大日本帝国の歴史の中に忌まわしき史実として残ってしまうのでしょうか。それはあまりにもご先祖様に申し訳がなく! 私は、私は……!」


 それでも、心のどこかで覚悟してしまっている。

 もはや父の名誉は回復しないのだろう、と。


 世間から殺人犯の烙印を押された男の娘。

 そんな自分と結婚することを選んだのは、悪魔と呼ばれる骨董商。


 こんな結婚がうまくいくはずがない。

 結婚初日だというのに、万葉子の心はすでに絶望に染まってしまっている。


「お父上を、信じているのだな」


「もちろんです。娘の私が父を信じずして。……どうするのですか」


「その無念の涙は本気だな。手前でも見たことのない類の涙だ」


「あっ」


 万葉子はいつの間にか、大粒の涙をこぼしていたらしい。

 そのとき、古御門物見が無言でハンカチーフを差し出していた。


「あ、ありがとうございます。そして申し訳のないことでございます。初めてお会いした、これから夫となる方の前で、なんとはしたない」


「はしたない無念などない。まして父を思う君の心。はしたないはずがない」


(あっ)


 事件が起きてから、初めてだ。

 万葉子の涙をはしたないと言わない人は。

 母も、叔父も、他の知人も、泣くなと怒鳴るばかりだったのに。


「それに疑問はまだある。お父上と被害者がいたその空き地、普段は人気もないところだったのなら、誰が警察を呼んだのだろう。人殺し、と叫んだのは誰なのだろう」


「えっ。……あ……」


「たまたまそのときだけ都合良く、通りすがりがいたのか。それも殺人事件を目の当たりにして、これはいますぐ警察を呼ばねば、とキッチリ判断できる人間が。……またお父上のほうは、その目撃者に気づかなかったのか。目撃者は遠くから事件だけを見たのか。


 そして目撃者が警察に連絡して、警官隊がやってくるまでの間――何分か、何十分かは知らないが――お父上は血まみれの軍刀を手に持ったまま、ただ茫然自失とされていたのか?」


「そ、それもそうです。考えてみれば」


 万葉子は思わず、空想した。

 自宅の裏庭で、血まみれの刀を持ったまま、夜空を見上げている父の姿を。


「まず、あり得ないことでございます。普通ならば、逃げるなり、軍刀をその場に置くなり、自宅に戻ってくるなり、自分で家族や警察を呼ぶなり、なにか行動をするはずです」


「その通りだ。万葉子さん、なかなか想像力が働くじゃないか」


「はあ。……昔から、空想がちだと母から注意を受けていましたが」


「いや、君の空想力は真実に近づく鍵となるかもしれない。それに――」


 瞬時のことであった。


 古御門物見は万葉子の横を抜けて、例の土方歳三が使っていたという刀を抜いて棒手裏剣のごとく放る。「えっ」と万葉子が叫ぶのと「うおっ」と謎の野太い声が聞こえたのはほぼ同時だった。


 なにが起こったの、と万葉子が振り返ったときにはもう、店の入り口前の地べたに刀が突き刺さっている。


 走るような足音が聞こえた。

 古御門物見が外に出る。

 万葉子も飛び出した。


 町行く人々が、怪訝な顔を作って万葉子たちを眺めていた。

 地面には刀が突き刺さり、その横には見たこともない短刀が転がっていて、さらには一枚、よれよれの紙片が落ちていた。


「古御門さま。これは一体」


「何者かが、君を睨んでいた。恐らく狙っていた。背の高い男だった」


「狙った? 私を? そんな。博多このまちに知り合いなど一人もいないのに」


「白昼堂々、店の中にいる人間まで狙うなど正気の行動とは思えない。恐らく、お父上の事件に関することで、東京から君を尾行していたのだろう。そこで手前どもが事件について推理を始めたものだから、まずいと思って我々を消そうと得物を構えた。そんなところだろう」


「三年も前のお父様の事件で、私に尾行が? そんな」


「万葉子さんが三年前の事件についてまだ疑問を持っているように、まだ敵も手を緩めていなかった。そういうことだろう。見ろ、この紙を」


 古御門物見は、落ちていた紙を拾い上げると、万葉子に突きつけた。



『イラヌコトヲスルナ イラヌウゴキハスルナ


 ツギハチチオヤトチガイ シヌコトニナル


 チノウミ

 チノウミ

 チノウミ


 ジャ!


 マッカマッカ ノ マッカッカ


 シネ シヌ シネ シヌ シンデシマフ


 たちばなまよこ ハ チノウミニシズム!!』



「なに……この手紙」


 よれよれ、くしゃくしゃの紙に、虫が蠢いたような下手糞な血文字で書かれてある。

 間違いなく血だ。赤黒い、いやドス黒い血液だ。万葉子にも分かる。何者かが自分を脅迫してきている!


 これは脅迫状だ!


「良かったではないか」


 古御門物見が事もなげに、とんでもないことを口にした。


「良かったとは、なにがですか!?」


「こんな手合いが君を狙ってきた。しかもこんな手紙まで置いていくとは。この脅迫状は今日書いたものではあるまい。血の黒さから見て数日前に作られたものだろう。前々から君を脅すために作ったものに違いない。


 これこそ、お父上が無実であるなによりの証拠だろう。推理され、真相にたどり着かれては困るから、こんな脅迫状をしたため、かつ襲おうとしてきたのだからな」


「た、確かに」


 先ほどの襲撃者は、万葉子たちに事件を調査されては困るのだ。

 すなわち、父の事件には真相なり真犯人なり、まだたどり着いていない真相があるから。


(きっと古御門さまの言う通り。だって狙われる理由なんて、それしか思いつかないもの)


 それにしても、襲われた直後だというのに冷静に判断した古御門物見の叡智。刀を投げて万葉子を守ってくれた強さ。それと、ハンカチーフを差し出してくれた優しさ。……万葉子の心臓がひとつ、とくんと高鳴った。


「骨のあることだ」


「えっ。なにが、ですか」


「三年も前に起きたお父上の事件の謎を、まだ解き明かそうとしている。家族の無実を信じ、証明しようとしている。手前の話についてきたのも見事だった。君は強く、賢い女性だ。……見事だ」


「あ、……ありがとうございます……」


 優しい眼差しで、万葉子を見てくれる古御門物見。

 誰かに自分のことを認めてもらえたのは、褒めてもらえたのは、何年ぶりのことだろう。


「――調べてみよう。三年前の事件を」


「古御門さまが?」


「無念と骨董に関することについては、右に出るものなし、と自負している」


 古御門物見は地面に突き刺さった刀を抜くと、鞘に収めた。

 その所作に、曇りは一欠片も見えない。


「手前ならば、解決できる。無念の煙が立ちこめるお父上の事件をな。手前ならば真実に辿り着けるだろう」


「真実に」


「あるいは、無念にまみれた結末となるかもしれないが」


「それでも構いません。いまよりは、ずっといい。本当のことを知りたいです」


「いいだろう、橘万葉子さん。では参ろう。三年前の事件と、たったいま現れた謎の人物についての真実を、手前が――いや、二人で、追求しよう」


「……はいっ……!」


 万葉子は久しぶりに、心から微笑んだ。


 自分に味方ができた。

 自分のことを理解してくれる人が現れた。

 自分に優しくしてくれる人が現れた。


 それが例え、悪魔と呼ばれる人間だったとしても――


 血文字の脅迫状が届いたばかりだったが。

 それでも万葉子は、本当に嬉しかった。






ーーー

大正ミステリーものです。

最終回まで書き上げています。

第五章まで本日、一気に投稿したうえ、以降は毎日夜9時ごろに投稿していきます。よろしければ、フォローや応援をよろしくお願いします。


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