第90話 手紙

 ◇◇◇◇



 再び時刻はさかのぼる。


 ウルゴールは、ホシロス侯爵家の二人と戦闘を開始していた。


「ダビデ、魔力感知を最大限に稼働させろ、少しでも感知が遅れたら死ぬぞ!」

「はい!」


 ウルゴールの十八番『虚ろな影』は、黒いもやのような魔法に紛れ、その後一瞬で姿を消す魔法。

 魔力と気配を限りなく希薄にする、完全な初見殺し性能。

 長年の武力衝突でからくりを知っているホシロス家の者であっても、不意打ちを防ぐのは至難の業。

 ホシロス家の二人は、弓なりの魔力光線でウルゴールを牽制して一定の距離を保っていたが、やがて均衡が崩れる。


「ぐあっ」


 魔力盾で強引に突破をはかったウルゴールが接近し、右手に持った長身の太刀でガルタノの右腕を斬り飛ばした。


「代わります!」


 すかさずダビデがスイッチし、ウルゴールにカウンターを放つ。

 ウルゴールはそれを太刀で受け止めた。

 一人なら力押しで終わりだが、二人がかりになれば持久戦に持ち込まれる。

 ガルタノが治癒魔法で再生させるのを見て、ウルゴールは舌打ちした。


「相変わらずしぶとさは一級品だな。だが、お前らはここで必ず討ち取る」


 ウルゴールは、奥の扉から魔力を引き出す。

 その腕には血管のように青白い光が浮かび上がり、太刀の方にも続いている。

 そして虚ろな影で姿を消し、二人に迫った。


「滅魔の光か……、代われ、ダビデ!」

「父様?」


 ガルタノは、構えていたダビデに代わり前に出る。

 滅魔道士による反則級の身体強化に、ダビデでは対応できない。


 ウルゴールはノコノコ前に出てきた愚か者を見て、口角を釣り上げた。


「大罪人共の血が――また一つ」


 ウルゴールは、凶悪な魔力をまとった太刀を振り下ろす。

 ガルタノは星具で受け止めた。

 あまりの攻撃の重さに、ガルタノの全身が悲鳴を上げる。

 太刀の勢いは減衰できず、ガルタノの肩から心臓に向かって刃が滑り込む。


「ぐぉぉぉぉ! 今だ…………やれ、ダビデ!」


 太刀が心臓に至る直前、ガルタノが叫んだ。

 ダビデは四角い箱をガルタノに投擲とうてきする。

 

 箱は空中で停止し、黒い触手が何本も飛び出しウルゴールに巻き付いた。


「あ? なんだこれは?」

「……ふはは、どうやら無事に発動したようだな。これで貴様は終わりだウルゴール、亜空間の中に消えるがいい!」


 ガルタノは口から血を流しながら、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「そうか……なら一人は確実に持っていく」

「は?」


 ウルゴールは更に魔力の出力を上げた。

 黒い触手の引き寄せる力に抵抗しながら、太刀を振り切る。


「くそ、どこにこんな力が! ぐぅぅぅぅ、やめろぉぉぉぉぉぉ!」

「あの世でダルメヌオスによろしく言ってくれ、ホシロス当代」


 ウルゴールはガルタノの体を真っ二つにした。

 上半身がずれて、グシャリと地面に崩れ落ちる。


 ――これでまず一人


「貴様、よくも父様を!」


 ダビデがウルゴールに向かって、弓なりの魔力光線を複数放つ。

 ホシロス家に伝わる正統秘術エイムアロー。

 命中と射出速度と連射に特化した強力な魔法。


(これは避けられねぇ。なら……!)


 ウルゴールは捨て身の突撃を敢行する。

 この黒い触手がやばいものだというのは直感で分かっていた。


(取り込まれる前に、こいつも消す)


 類まれなる直感力と、後先考えない思い切りの良さがウルゴールにはあった。

 それが、功を奏したのだろう。


「化け物め……!」


 ウルゴールは血まみれになりながらもダビデに肉薄し、渾身の一撃を放つ。

 ダビデは死を覚悟した。

 しかし――


(クソ!)


 その一撃はわずかに軌道を外れ、ダビデの体表に深く裂傷を刻むだけにとどまった。


 ウルゴールは、大量の黒い触手に引き込まれ――その小さな箱の中に幽閉された。


「はぁ……はぁ……やった、ウルゴールを仕留めたぞ!」


 ダビデは歓喜に顔が口角が上がる。

 何十年にもわたって、ホシロスを苦しめてきた元凶を仕留めたのだ。

 その喜びはひとしおである。

 父の死という重すぎる代償を払ったが、それは戦いに生きる貴族の宿命。


「はは、はははは! そうだ、これからはこの俺がホシロス侯爵だ。ウルゴールはもういない、つまりはここからが俺の時代の始ま…………ぎゃああああ!」


 突如、強烈な轟音とともに巨大な落雷がダビデを貫いた。

 プスプスと、焦げた肉の匂いが漂い、ダビデは地面に倒れる。


「い、一体、何が…………」


 顔を上げるとそこには男装の美少女が立っていた。


「ごめんなさい……でもあなたはお祖父様に牙を向いた敵なので……」


 少女は冷たい目を向け、剣を振りかぶる。

 ダビデは、さっきのウルゴールの一撃と電撃のダメージで動けない。


「ま、待て嬢ちゃん! や、やべろ、やべでくれぇぇぇぇぇ!」


 その少女ロアはステラ級の男が持っていた星具で、ダビデの首を斬り落とした。



 ◇◇◇◇



 夕方の西日が、地面に影を落とす。

 ロアの話は、衝撃を以て俺達に受け入れられた。


「そうか、ひとまずよくやってくれたロア」

「えへへ」


 俺はロアの頭を撫でる。

 ダメージを負っていたとはいえ、ホシロスの次期当主を仕留めるとは。

 美少女だったロアも、これで一端の男になったわけだ。


「ホシロスの当主と次期当主が死に、お祖父様はその玉匣たまくしげとやらの中に?」

「はい……」


 それは本当に一辺十センチに満たないような小さな箱。

 物理的に考えたら、ありえない。

 ただ、魔法のあるこの世界ならありえないとは言い切れない。

 かつて俺も、空間魔法のようなものが存在するのではないかと、あれこれ調べたり実験したりしたが、未だに実現できていない。


「おそらくは超大国の古代遺物かと思われます」


 そう言ったのは先ほど服を引き裂かれた太もも王女ルーナ。

 今はブランケットを羽織っている。


「超大国の古代遺物?」

「はい。千二百年以上前に存在した超大国、その高度な技術で作製され、今の時代まで残っている魔道具を古代遺物と呼んでいるのです」

「なるほど」

「現在まで確認されている古代遺物は、どれも国家のバランスを崩壊させかねない性能なので、厳重に保管されています。なかでも玉匣たまくしげは、人間を亜空間に閉じ込める古代遺物だと、言われています」


 そんな危険な代物が存在するのか。

 敵が使ってくると考えたら、用心しないといけないな。


玉匣たまくしげからお祖父様を呼び戻す方法はあるのか?」

「すみません、私ではわかりかねます……」


 試しに玉匣たまくしげに魔力を込めてみる。

 しかしうんともすんとも言わない。


「だめか……何か条件があるのだろうな」

「お祖父様は大丈夫なのでしょうか……?」

「わからんが、無事だと信じるしかない」


 さて、これからどうするかだが……。

 父も今は意識を失っているし、ずっと敵地にいるわけにもいかない。


「ゲトラード、今からこの使節団の最終決定権は俺に移ったと考えて問題ないか?」

「かまいません。一つ提案してもよろしいですか?」

「……なんだ?」


 ゲトラードの提案に少し警戒する。

 このままルーナとニコラスを殺そうとか、言うんじゃないだろうな……。


「シャルカ様、ここは敵地のど真ん中ですから、またいつ襲撃があるとも限りません。停戦は断念し、今すぐに退却すべきかと」

「ふむ」


 流石に蛮族的な提案はしなかった。

 ゲトラードの提案は至極当然の論理だ。

 皆の安全を考えれば、ずっとここに留まるわけにはいかない。


 最高責任者となった今、安直な判断はできない。

 逡巡の末、俺は決断する。


「……ルーナ殿、悪いが停戦協議はここまでだ」


 俺は唐突に、ルーナに別れの挨拶を告げる。

 ゲトラードの案に同意した形だ。

 おそらく父でもそう言うだろう。


「えっ?」

「こうなった以上、ナイアとの停戦は不可能。今回の事態を引き起こしたナイアに対して、信頼関係など築けるはずもないからな」

「……」


 状況的に見れば十中八九ホシロスが悪い。

 しかしこの事件で、皆の胸にナイア王国に対する強烈な不信感が生まれている。

 俺はルーナを贔屓目に見ているので、皆の考えとの間に乖離がある気がした。

 故に、今回は部下たちの思いを代弁する。


「……ただ、手がないわけではない――ルーナ殿、ニコラス殿とともにオルテノスへ亡命しないか?」

「っ!」


 ここで一つルーナの前に餌をぶら下げてみる。

 俺がルーナ個人を一本釣りすることは問題ないはずだ。

 ナイアの女王継承問題に茶々入れするという名目で。

 これなら俺にとっても、オルテノスにとっても、ウィンウィン。

 ……まぁ、あまり好きなやり方ではないが。


「これからナイア王国に戻っても、停戦に失敗した王女のレッテルが貼られることになる。内情を知っている以上、アルベルト陣営に消される可能性だってある。うちに来れば、俺が安全を保証してやれる。どうかなルーナ殿?」


 大半は俺個人の願望でもある。

 ルーナがオルテノスに来ることになれば、当主代理として、もろもろ手続きをして俺が所有権を主張できる。

 そうしたらあとはもう、らぶらぶちゅっちゅである。


 ルーナは少し悩む様子を見せた。

 本当に国のためを思うならすぐに断るべきだが、俺と何かを天秤にかけているのだろう。

 ルーナにはぜひ、俺と将来の楽園を共に歩んでくれる存在であってほしい。

 そんな願いを抱きながら、ルーナの返答を待つが、しかし――



「……申し訳ありません。それは――できません」



 ルーナは強い決意を持った瞳を俺に向けた。

 纏っているのは貴族の仮面だった。

 そのことに俺は少なからずショックを受ける。


(駄目か……)


 今、俺の手をとるよりも、優先すべきことがあるのだろう。

 これまでのルーナの反応は悪くなかった。

 お互いに治癒魔法を掛け合ったときに、相性がいいのは明らかだった。

 普通の偏愛貴族ならここで俺の手を取っていたはず。


「そうか……残念だ」


 誘いを断られて残念に思うものの、喜ばしく思う面もある。

 ルーナは簡単に欲望に堕ちるような女ではない、と分かった。


(やはり欲しい)


 この少女には、気高い志を持ったまま俺のものになってほしい。

 この少女は、俺が執着するだけの価値がある。


(どうすれば、この姫をものにできる? どうすれば)


 問題なのは、俺とルーナが敵同士だということ。

 この関係を解消しなければ、次に会う時は戦場かも知れない。


「ルーナ殿は――――いや、なんでもない……」


 続く言葉が見つからない。

 この場の責任者であることもまた、俺の立場を難しくした。

 何よりこれ以上の抵抗は――見苦しい。

 俺は部下たちに撤収の号令をかけようとしたその時。


「シャルカ様――」


 ルーナが俺を呼び止めた。


「――停戦協議の打ち切りを決めるのは時期尚早かと。休める場所が必要でしたら、ご案内いたします。オルテノスの皆様にお気に召していただけるだけの十分なも用意できるかと思います」

「……茶菓子だと?」

「はい」


 ルーナは妖艶な笑みを浮かべた。

 茶菓子のニュアンスからして、なにかの隠語。

 この場合は、オルテノスに利を提供できるということか。


「休むとはどこでだ?」

「ここから二ケルほどのところに、迎賓館がございます。もともと停戦協議は複数日を予定していたので、オルテノスの皆様もご滞在いただくこともできますよ」


 ここからバングウォールまで三十キロ近くある。

 直に夜を迎えることを考えると、馬車で帰るには負担が大きい。


「わかった。ルーナ殿の言葉に甘えさせてもらおう」

「ええ、それがよろしいですわ」


 ルーナは花も恥じらうような、可愛らしい笑みを浮かべた。

 どうやらルーナとの縁はまだ続くらしい。

 ひとまずそのことに安堵する。


「準備ができたら、すぐにでも向かいましょう」


 偏愛は、ある意味で貴族の本質そのものといえる。

 それは偽りきれない本心だからだ。

 しかし今のルーナは、それを貴族の仮面ですっぽりと覆っている。


 果たしてルーナはどういう思いで、俺を誘ったのだろうか。

 国のためか? 停戦のため? あるいは…… 

 色々考えたが、今の俺には少女の心がわからなくなっていた。



 ◇◇◇◇



 迎賓館に着いた頃には、月が出ていた。

 地球の頃の月とはどこか見た目が異なっているが、それでも夜道を明るく照らすという役割は変わらない。

 迎賓館というだけあって、庭や池に花畑があって景観にも優れている。


 ダイニングで皆揃って、夕食を食べる。

 俺は、早速ルーナに茶菓子について、つまりは停戦条件について聞いた。

 長々と焦らされるのは好きではないからな。

 すると、ルーナはかなりの好条件を提示してきた。


「つまり、ロンシャント以南のエルホロ川西部一帯をすべて割譲すると?」

「ええ、オルテノス家には多大なご迷惑をかけたせめてもの償いです」


 この条件には、ゲトラードも唸るほどであった。


「ホシロスへの制裁ということか?」

「それについては、どう認識していただいても構いません」


 ルーナは答えをはぐらかす。

 ホシロスがやらかしたことで、逆に停戦がしやすくなった面もある。

 ルーナの立場からは、ホシロスの力を削げればそれだけアルベルト派閥が弱体化するため、ルーナの停戦条件は必然的に緩くなる。

 ゴルダシュトに戻ってから、ホシロスを糾弾するつもりなのだろう。


「……わかった。前向きに検討させてもらおう」


 夕食会と言う名のプチ会談を終えた。


 ルーナのプランでは、この迎賓館で親睦を深めて停戦に望む予定だったらしい。

 ゆえに、この迎賓館はアメニティなども整っており、貴族のもてなしとしても十分だった。

 その後、ニコレッタに視線でセクハラしながら、湯浴みを行い身を清めた。

 そしてあてがわれた部屋にもどると、就寝の支度をする。


(結局、ルーナの真意は読めなかったな)


 俺は、金貨を机の上でコロコロと転がす。

 何事もなければ、俺達は明日の昼前にはここを立つ予定だ。


(そうなればルーナとはお別れか)


 俺は前世で幾度となく経験したような、結局、何も起こらずに終わる関係というものを思い出していた。

 人生なんて大抵はそういうもの。

 学生時代、運命の人かもと思った人は大抵知らない男と結婚していたものだ。


「切ねぇ……」


 心が空中分解しそうになっていたその時、ニコレッタが入室してきた。


「どうした?」


 ニコレッタは微妙な表情をしながら、手に何かを抱えている。


「大変ご不快かと思い申し訳ありませんが、憎きカルリーナの長女から――手紙を受け取っております」

「よこせ」


 俺は半ば奪い取るようにして、ニコレッタから手紙を受け取る。

 読みながら、口角が上がるのを俺は止めることができない。

 思えば俺とルーナの仲は――手紙から始まったのだったな。


「少し、やることができた。同行は不要だ」


 俺は、軽い足取りで自室を出た。

 どうやら、俺にはまだツキが残っていたらしい。

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