第60話 男性不信
それにしても……
(王太女毒殺事件の首謀者か……)
客観的に見て第一容疑者として浮かび上がってくるのは、やはりアルベルトの存在だ。
「現状、誰が一番得をしているのかを考えれば、この絵図を描いたのは明らかなように思えるが?」
「……しかしっ! ……いえ、アルベルト様がやったと決まったわけでは、ありませんので……」
ネフティスは一瞬声を荒げるも、慌てて表情を取り繕う。
アルベルトが関わっている可能性は高いが、主君が親族を手に掛けたなどとは考えたくない、といったところだろう。
実行犯たちの口を完全に塞いだ正体不明の “呪印魔法使い”の存在も、一つ懸念材料か。
「カルリーナはアルベルトとルーナのどちらに王位を継承しようとしているんだ?」
「……もちろん、ルーナ様です」
女王はやはり現体制を維持する方向で動くようだ。
俺なら、どちらも自分の子なのだから、第一王子に王位を譲ってしまっても良いと思ってしまうが。
「なぜそれほど女系という伝統にこだわる? これ以上混乱をもたらすくらいなら、王位など第一王子にくれてやってもよいのではないか?」
「……カルリーナ様のお考えは私にはわかりません。ただ中央貴族は伝統を重視する家が多く、アルベルト様が王位を継ぐことに否定的です。彼らの支持がある以上、カルリーナ様は、現体制の維持に動くでしょう」
女系であることの根本的な理由はわからない、か。
中央貴族といえば、地方貴族のように広大な土地を持たずに、ナイアの王都ゴルダシュトに家を構える王家の係累のこと。
単に頭が硬いだけか、何か事情があるのかはわからないが、女王が強固な意思で女系にこだわっているのは間違いない。
「なるほど。ということはアルベルトの支援者たちは"地方貴族"たちか」
「……そのとおりです」
つまりナイア王国では現在、中央と地方の分断が起こっているのだろう。
継承権争いを契機に、それが噴出したというところか。
カルリーナは先代女王のような卓越した指導力があるわけでもないようだし、今後も尾を引きそうではある。
「なるほど、ナイアの情勢については大体わかった」
正直、ナイア凋落の話を聞いていてあまり良い気分にはならなかった。
王家の内部で毒殺事件が起こったというのは、最大の裏切り行為だ。
もしも自分の家でそのようなことが起こったら、と考えると背筋が凍る。
オルテノス地方だけでも縁戚関係はいくつも結ばれているし、貴族である以上、そうした事件とはこの先もずっと無縁でいられるとは限らない。
ラーネッキは筆頭として、ネーヴィリムやエールシーンも腹の底では何を考えているかわからないしな。
「それで、もう一つの方―― "ルーナ王女が抱える問題"というのは何だ?」
「……それは、貴族の"性三大難問" の一つ――『男性不信』です」
「は? 性三大難問? なんだそれは」
思ってもみなかったような話の方向性に、俺は困惑した。
「……ご存知ありませんか、"男性不信"、"勃起不全"、"
「その並びならそうなんだろうな」
性の悩みは、全人類の共通の悩みである。
ただ、ハゲたおっさんがバカ真面目に説明するのだから、それほど重要な話なのだろう。
「……ええ、男性不信は男性貴族から受けた心的外傷により、稀に発症する症状のことです」
そう言われてピンときた。
ふと思い出すのは、以前にゲトラードが話してくれたスキャンダルの話。
「それはもしかして、バルバトが関わっている話か? 年端もいかないルーナに襲いかかったとかいう」
「……はい、あれは五年ほど前のことです……」
ネフティスは言葉を濁しながらも、バルバトの事件の内容を語り始めた。
事件があったのは、五年前、ルーナがまだ成人に満たない年齢だったという。
五年前といえば、叔母のマルティーナとその娘ルアナが暗殺され、カルリーナが女王に即位した年でもある。
当時のバルバトは婚約者に逃げられてからそれほど経っていない頃で、荒れに荒れ、多くの問題行動を起こしては、謹慎を繰り返していた。
そんな折に王太女暗殺事件により突然、ふっと舞い込んできた王位継承の可能性。
バルバトは心を踊らせた。
しかし現実には第一王子、第一王女の派閥が誕生しただけで、自分は蚊帳の外だった。
原因は、性癖を拗らせて、貴族の幼女ばかりを食い物にするような問題行動を起こし、評判が地に落ちていたからなのだが、傲岸不遜なバルバトの知ったことではない。
バルバトは日に日に怒りを募らせた。
兄が名乗りを上げるのはまだ分かる、しかしなぜ十二も年下のルーナよりも自分の継承順位が下なのかはわからない。
たしかにルーナは気立てが良く、健気で美しい少女であったが、それだけだ。
戦争で敬愛する祖母が亡くなった時、皆がオルテノスに対する怨嗟を漏らす中、ルーナだけは何も言わずにただ胸を押さえて泣いていた。
そんな、軟弱者。
しかし悲しみと憎しみを、その小さな胸で受け止めようとするその姿に、どうしてか犯し難い神聖さを見た。
バルバトはその姿がなぜか忘れられず、思い出すたびに
そんなある日、バルバトは見てしまったのだ。
亡くなった祖母と叔母、従姉妹の石碑を前で、城の裏庭で摘んだであろうフリージアゴールドの花を添え、涙を流す幼いルーナの姿を――。
暗殺されたルアナとルーナは、非常に仲が良かった。
名前が似ていることもあって、妹のように可愛がられていたらしい。
慕っていた姉が死んだ、というのは悲しみも相当なものだっただろう。
バルバトは何を思ったか、泣いているルーナに「怒りはないのか」と尋ねた。
それは理解できない存在に対する純粋な疑問だった。
元はといえば、祖母が戦争で死んだのも、暗殺が横行したのも、全ては戦争に応じたオルテノスのせいだ。
悲しみに泣くのではなく、怒りに変えろと、そう怒鳴りつけた。
しかし、ルーナは首を横に振って言った。
元はといえばナイアが始めたことだから、オルテノスを責めるのは筋違いだ、と。
悪いのは戦争であり、どちらかが戦争をやめれば、これ以上の悲しみは生まれない。
だから――自分が、女王になって戦争をなくしたいのだ、と。
ルーナの強い意志を持った翡翠の瞳に射抜かれて、バルバトはたじろぐ。
そこでようやくバルバトは、ルーナに抱いていた感情の正体に思い至る。
ルーナは歪ながらも強い理想と意志を持った一人の貴族だったのだ。その気高く、高潔な魂は、バルバトから既に失われてしまったものだ。
かつての自分の姿をルーナに重ね、バルバトの心はひどくざわついた。
この少女は、バルバトが進むことを諦めたその道の先を歩いているのではないか、と。
バルバトの心中は、激しい嫉妬の炎が渦巻いていた。
認めるわけにはいかない。
ならばどうするか。
穢してしまえば良い。
その道を閉ざしてしまえば良い。
自分が味わったものと同等の屈辱を与え、この少女から――気高さと、高潔さと、神聖さを奪ってしまえば良い。
そうすれば二度と、バルバトの前で綺麗事を吐けなくなるはずだ。
そう思った刹那――バルバトは、ルーナに襲いかかっていた。
止めに入ったナイアの守り手たちが目撃したのは、全裸姿で馬乗りになって憤りを露にしながら暴行をはたらくバルバトと、服を無惨に引きちぎられ、全身痣だらけになって泣きじゃくるルーナの姿だった。
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