第59話 王太女毒殺事件

 どんなに隆盛を極めた者もいつかは、下降をたどるもの。

 ナイア女王の権勢が傾いてきているというのは、俺も薄々感じていたことだ。


「女王カルリーナか……確かに先代ほどの勢いは感じないな」


 先代女王が生きていた時代はもっと、オルテノス領内がピリつくような空気感があった。

 対して現女王カルリーナは、これといって強者っぽいエピソードを聞かない。

 就任してまだ日が浅いからかもしれないが。


「……先代様は絶大な力でナイアの最盛期を築いた方ですし、比べるのはどうかと」

「そうかもな、だが今のように派閥が割れるという状況は、先代の時には見られなかったことだ」

「……それは……」


 ナイアの先代女王ヴァレリアは、本当に恐ろしい女傑であった。

 俺も幼い頃から、ナイアの脅威については口酸っぱく教えられてきたし、中でもヴァレリアの名前は耳にタコが出来るほど聞かされたのを覚えている。

 実際にこの目で見た訳では無いが、六年前の戦争でのオルテノスの被害の多くは、先代女王によってもたらされたものだったという。

 お祖父様が激闘の末、先代女王に致命傷を与え、ナイア軍を撤退させることに成功したのだ。

 その後、正式な発表はなかったものの、カルリーナが女王に即位したため、先代女王は死んだものと判断された。


「なぜそれほどに権威が低下した? 男児を四人生んだからか? これまでのナイアを思えば、女王の強権でどうとでもなるような気もするが」


 オルテノスにとってナイア女王というのは恐怖の象徴のような存在だ。

 それは平民たちの間でも、おとぎ話の鬼のような存在として語られている程に。

 その女王の気勢が落ちたというのは、俺にとっても心の何処かで信じられない、という思いがあった。


「……それもありますが、もとを辿れば六年前の敗戦の翌年に起こった大きな事件がきっかけでしょう」

「大きな事件?」

「……マルティーナ様と御息女様の――暗殺事件です」

「ああ、そんな事件もあったな」


 マルティーナとは、先代女王ヴァレリアの長女のこと。

 暗殺された当時は王太女であり、順当に行けば王位を継承するはずだった女性。

 マルティーナが暗殺されたというのは、オルテノスでもかなり話題になった。

 更にその娘も暗殺されたとあって、先代女王ヴァレリアの次女であり、マルティーナの妹であるカルリーナが継承権第一位に繰り上がったのだ。


「……カルリーナ様は本来、王位を継ぐ予定になかったお方ですから、即位当時は特に混乱を極めました」

「それはそうだろうな。……で、その下手人は見つかったのか?」

「……給仕の者と、お二人の側付きの者が容疑者として処刑されました」

「給仕に側付きだと? ステラ級ではないのか?」

「……ええ、暗殺には毒が使われましたので」


 毒殺、だったのか。

 予想外の凶器だ。

 毒を使えば確かに、ステラ級でない者でも実行は可能だ。

 しかしステラ級を死に至らしめるほどの毒など、そう簡単に手に入るはずがない。

 また、王太女近辺のセキュリティなど厳重に違いないだろうし、ゴルダシュト城に暗殺者が忍び込むことも考えにくい。

 内部にいる者の犯行には違いないだろう。


「背後関係は洗ったのか?」

「……それが、捕縛した関係者には、強力な呪印魔法が刻まれていたため、聞き出すことは叶いませんでした」

「呪印を解呪出来るものがいなかったのか?」

「いえ、文献にも存在しないような太古の術式だったとのことで、解呪は不可能でした」

「太古の術式だと……心当たりは?」

「……いえ、私にはわかりかねます……」


 ロアが言っていた太古の種族と符合するような話だ。

 ネフティスの反応から毒殺事件の首謀者はまだ判明していないのだろう。

 正直、太古の術式などと言われても、今の俺にはピンとこないし術者についてあれこれと考えるのは無駄な気がする。


「話が逸れたな。毒殺事件があったというなら、混乱するのも頷ける。仮に女王制に対する “反体制派”なるものがいるとすれば、カルリーナの女王即位は格好の攻撃材料になっただろうな」

「……そう、かもしれません」


 新しく即位した女王が本来継ぐはずのない者で、さらに四人もの王子がいる。

 末っ子王女のルーナが女王に即位するには、乗り越えるべきハードルは高い。

 反体制派が喜びそうな状況だ。


「白々しいな、アルベルトを担ぐお前たちにとっては、反体制派の連中が増えれば増えるほどに都合が良いのだろう。毒殺事件自体、お前たちが起こしたと言われても俺は驚かんぞ」

「……いえ、アルベルト様はそのようなことをなさるような方では……」

「どうだかな、結局、反体制派を取り込んで大きくなったのが、お前達第一王子の派閥なのだろう?」

「……それは、そうですが……」


 ネフティスが口淀んでいる様子から、やはりアルベルトを支持しているのは反体制派というべき者達なのだろう。

 ホシロス侯爵家は確定として、他にどの勢力が加担しているのかは気になるな。

 いずれにせよ、ナイアが一枚岩でないのはオルテノスにとっては悪くない話だ。

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