第44話 祝勝会

 エルミアは、今日一日だけバングウォール砦に滞在して、明日オルテナトリスに帰還することになったらしい。

 それを知らせてきたのは、エルミアの後で入城した側仕えの女武官だ。

 エルミアがここへやってきた経緯は、この女武官が全て教えてくれた。

 救援は不要と言ってあったのだが、俺のために無理を通して来てくれたらしい。

 聞けば聞くほど、俺なんか比較にならないほどのお転婆姫っぷりで肝が冷えたが、それ以上に嬉しく思う。


 ただそうなると、全裸兄事件はエルミアの心を深く傷つけてしまったことになる。

 無事を祈って兄を尋ねてきたというのに、その兄が全裸でメイドとイチャコラしていたらそりゃ腹も立つ。


 ちなみに置いてけぼりにされた父は、オルテナトリスにトボトボと帰還したのだとか。

 流石に当主が長々と、オルテナトリスを離れるわけにはいかなかったのだろう。


「あの、シャルカ様、私のせいで大変申し訳ございません」

「いや、ニコレッタのせいではない、全ては俺の危機管理意識の甘さが招いたことだ」


 俺とニコレッタはあれから自室に戻ってきていた。

 流石に元のテンションには戻れず、淡々と体を流して浴場を後にした。


「いえ、ですが……」

「ニコレッタ、これは俺とエルミア様の問題だ。お前が入ってきてはかえって問題をややこしくしてしまう。だからもう忘れろ、いいな?」


 まぁ忘れたいのは俺の方だが。


「はい……。ですがシャルカ様、どうかそのような真似はどうかおやめください」

「ん、なんだ、俺はなにかおかしいことをしているか?」

「は、はい。オルテノス侯爵家の長男ともあろうお方が、そのように床にうつ伏せになるのはどうかしています」

「そう言われても俺の評価は地に落ちた。ならば地面と同化するのが道理だろう」


 俺は今、床にうつ伏せになっていた。

 公然わいせつ罪で取り締まられないのなら、床になるしかない。


「全く道理に合っていませんし、裸を見られたくらいで地に落ちません。他の者が見たら何事かと心配してしまいますので、どうか」


 ニコレッタはそう言って俺を立ち直らせようとするが、先ほどの出来事は、前世の母親に自慰行為を見られた以上にショックがデカい。

 最愛の妹にあんな無様な姿を……うっ頭が。


「俺は床になったんだ、どうかもう放って置いてくれないか」

「駄目ですっ」


 ニコレッタは、ふにゅうと力の抜けた俺の両脇を掴んで立ち上がらせる。

 流石は衛星サテラ級、こうも簡単に起き上がらせてしまうとは。


「シャルカ様、これから祝勝会なのですからしっかりしてください」

「祝勝会?」

「そうです、このめでたい日に祝勝会を挙げない理由はありません。貴族用のダイニングがありますからそこで執り行います。ちなみに姫様も同席される予定です」

「エルミア様が……?」


 わずかに希望が見えた気がした。

 祝勝会の中でなら和やかに会話できるかも知れない。


「ええ、そうです」

「そうか……なら仲直りしなければな」

「はい。……ところで姫様との関係改善に一つ策があるのですが」

「……聞こう」



 ◇◇◇◇



 祝勝会は小規模に行われた。

 兵の多くは外で大規模に行っているようだが、こちらの会場は武官の中でも俺の付近に居た者たちが参加している。


 火点し頃、ダイニングにエルミアが現れた。

 武官達も男ばかりなので、その美しさにハッと息を呑む。

 俺は手汗まみれの右手で金貨を触って、心を落ち着けようと試みる。

 まずは最初の声がけが大切だ、ここは冷静に……


「え、エルミア様、ご、ごごご機嫌麗しゅう。先程は……」

「最低」

「グハッ……」


 エルミアはいきなりジャブを打ってきた。

 ワンダウン。

 やばい、緊張しすぎて出鼻をくじかれてしまった。

 いや落ち着け俺、まだニコレッタの策がある。


「お待ちしておりました、姫様。本日はささやかながらシャルカ様の戦勝祝いの席をご用意させていただきました。きっとお楽しみいただけると……」

「あなた、さっきシャルカと浴場に居たメイドよね」


 ニコレッタも出足をくじかれることになる。


「は、はい」

「いつの間にシャルカの側仕えになったのかしら?」

「はっ、ゲトラード様より、本日付けでシャルカ様の側仕えに拝命いたしました」

「ゲトラードが? ……余計なことを」

「ええと……」


 エルミアは能面のような顔をしてニコレッタに耳打ちをする。


「……いいこと? シャルカに手を出したら絶対に許さないわ」

「ひっ!」


 二人が一体何を話していたのかはわからない。

 エルミアが何か耳打ちすると、ニコレッタは真っ青な顔で厨房にけていった。

 ニコレッタもダウンしているように見えるが気のせいだろうか。


「……それでは我らが将、シャルカ様よりお言葉をたまわりますぞ」


 ゲトラードからスピーチの要請がかかった。

 まぁ当然か、本日の主役が音頭を取らなくてどうする、という話だ。

 これなら事務的にエルミアに触れられるチャンスだな。

 俺は右手で金貨を高速回転させながら、スピーチを頭の中で組み立てていく。


「えー、皆今日はよく働いてくれた。此度の勝利は諸君達の献身のたまものである。ここでは存分に英気を養い、明日からの仕事に邁進してほしい。最初の仕事が俺の尻拭いで悪いがな。それと気づいていると思うが、喜べ諸君、急遽、オルテノスが誇る白姫エルミア様が我らの武功をねぎらいに来てくださった。エルミア様、本日は我々のために駆けつけていただき誠にありがとうございます」

「……ふんっ」


 俺はエルミアの方を向いて一礼する。

 本当はエルミアの暴走なのだけど、バカ正直に言ったりしない。

 エルミアは俺の言葉にぷいっとそっぽを向いた。

 これはちょっと可愛い。


「皆、祝いの席とはいえ、あまり羽目を外しすぎないように頼むぞ、それでは乾杯」

「「乾杯!」」


 俺はなんとかスピーチを終えた。

 いくつか並べられた丸型のテーブルのうちの一つに俺とエルミアが対面トイメンに座る。


(全然視線が合わない。死んだか、俺?)


 機嫌を損ねたエルミアに話しかけても余計怒らせるだけというのは経験上わかる。

 このまま拗らせていい問題でないというのもわかる。

 だが、事故とはいえち◯こを見せてしまった妹に、一体どう接したらよいやら。

 前世では姉妹がいなかったし、こんなん分からんぞ……。


 料理番が丹精込めて作った料理は、まるで味がしなかった。

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