第39話 エルミアは心配性①

 時刻はすこしさかのぼり、オルテナトリス城。

 最奥の会合の間。

 ここは、オルテノス地方の四大貴族の当主、次期当主が顔を突き合わせて様々な議題について話し合う場である。


「オルテノス領は様々な特産が増え、税収は増加傾向にある。これを機に……」

「我々全員の直近の課題としては亡命者、難民だが、あてはあるのか?……」

「北の人さらい共には、オルテノスからも毅然とした対応を……」

「二人を学院に送るなど一体何を考えている? 皇家の意向など無視すれば……」


 オルテノス侯爵ラドナークは、チェアマン兼、オルテノスの支配者として白熱する当主、次期当主たちを切り盛りしていた。

 そんな中、一人の武官が慌ただしく会合の場に入ってきた。

 武官の表情は険しく、何か不測の事態が生じている事を察する。


「どうした?」

「……東方の弁が外れました」

「ッ! 動いたのはどっちだ?」

「ホシロス侯爵家です」

「ホシロスだと……?!」


 ラドナークは武官の報告に顔をしかめた。

 東方の弁とはオルテノスと国境を接するナイア王国二家、ホシロス侯爵家とペインリー侯爵家のこと。

 ホシロス方面は、ロンシャント砦にウルゴールが常駐しているため、どちらかといえばホシロスが動き出すのは予想外のことであった。


 続いてラーネッキの武官が入室し、精悍な赤髪の中年男に耳打ちする。

 赤髪の中年男も武官の報告に顔をしかめた。

 その様子からラドナークは、ラーネッキ側にも何か情報が伝わった事を察する。


「皆、済まないが会合はここまでとさせていただく。どうやら西方の愚か者が我々の不在を理由に騒ぎ出したらしい」


 赤髪の中年男ラーネッキ伯爵は、険しい顔をして末席に一人座っているディノーレンを睨みつける。


「おやおや、物騒な視線はやめていただきたい。何があったかはわかりませんが、できれば穏便に済んでほしいものですね」


 対するディノーレンは手を広げて抵抗の意思はない事をアピールする。


「チッ、白々しいやつだ……行くぞ」


 ラーネッキ伯爵は忌々しげに舌打ちをし、息子二人を連れて部屋を出た。


「お父様、一体何があったのです?」


 エルミアが隣に座る父、ラドナークに尋ねる。


「緊急事態だ、ナイアが軍を動かした可能性がある」

「っ!」


 父から告げられた凶報に、エルミアは顔がこわばる。


「とにかく状況を整理しなければならない……皆、すまないが会合はここまでとさせていただく」


 ラドナークは会合に集まった貴族たちに、会合を中断する旨を告げた。



◇◇◇◇



 エルミアとラドナークは複数の武官を連れて執務室に移動した。

 大きなテーブルに地図を広げて、あれこれと議論を重ね、ようやく全体像が見えてきた。


「ホシロスの狙いは父様か……」

「ホシロスの先々代、当代、次代がロンシャント砦に集結していると? それではまるで……」


 主筋が勢揃いしているという状況は珍しい。

 家の存亡をかけた戦いというのは、エルミアに六年前の全面戦争を想起させた。


「ああ、すぐに救援に向かう準備をしなければならん」

「ネーヴィリムは頼れないのですか?」

「この状況では他家に頼るのは難しかろう、おそらく盤面は既に動いている。西方でダルボニーが動きを見せたのも、今思えばラーネッキの目を引き付けるためだったのかもしれん」


 これまでは東方の守護のために、数人の星級をラーネッキから人員を借りてオルテナトリスに常駐させていた。

 しかし西方でのゴタゴタのせいで、彼らは全員テクスコーラ西方領都エルサゴールドに引き揚げてしまった。

 思えばこの時から既に動き出していたのだろう、とラドナークはほぞを噛む。


「まさか、ホシロスは帝国貴族にも調略を仕掛けたと?」

「ああ、十中八九そうだろうな。ネーヴィリムも何らかの策略で動けずにいても不思議ではない」


 帝国西部から見れば、オルテノスはかつての敵国。

 故にお互い仲間意識のようなものは希薄であり、ダルボニーがナイアと通じていてもおかしくはない。

 全員が難しい顔をする中、更に情報が飛び込んでくる。

 情報をもたらしたのはシャルカの部隊に所属する武官だった。


「報告します! バングウォール砦から、星級バルバト・フォン・ナイアを含む、二万のナイア軍が出撃、現在シャルカ様率いる五千のオルテノス軍とペキオン村付近で睨み合いとなっています!」


 執務室にいた全員が更に顔を青くした。

 シャルカは知らなかったが、バルバトは、六年前の全面戦争にも参加しており、武闘派であるラーネッキの主筋を葬るなど、ナイア家きっての武闘派として畏れられていたのである。


「お兄様……!」


 エルミアは、叫びだしそうになるのを必死でこらえた。

 焦燥感でいっぱいいっぱいになりそうな中、必死で考える。

 少し喧嘩っ早い腹違いの兄のことだ、バルバトに挑発されたら頭に血が上って襲いかかってしまうかも知れない。

 そうなったら分があるのは、戦闘経験が豊富なバルバトの方だ。


 ―――バルバトの凶刃に無念に貫かれる兄


 そんな最悪の想像がエルミアの頭をよぎった。

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