第30話 幻獣?

「シャルカが悪い貴族じゃない? 貴族を全員殺さない? リンクス、君は一体君は何を言っているんだい? 僕には君の考えが全く理解できないよ」


 フードの奥のアクィラの目から光が消え、ただ暗闇が広がっているように見えた。

 アクィラは怒りに声が打ち震え、リンクスの首を締め付ける力が強くなる。


「ぐぅ……で、でも、しゃ、シャルカは……私の家族が処刑されそうなところを助けてくれた……」

「はぁ? 貴族が平民を助けるだって? 何を馬鹿なことを言っているんだ? 貴族はただ自分らが贅沢をむさぼるためだけに、平民から搾り取れるだけ搾り取ってその懐に収める。平民がどれほど苦しくても慈悲など与えない!」

「うッぐ……」


 貴族は、小麦の収穫量に対して歩合で貨幣か小麦で税を徴収するので、唐突にその割合を変えることはない。

 しかし金に目がない悪質な徴税官などが、実際の税よりも多く掠め取ることもままあった。


「なにか少しでも気に入らないことがあれば、すぐに首を刎ね、適当に罪をでっち上げて金銭を奪っていく、それこそが貴族。この世界にはいい貴族なんてどこにも存在しないんだよリンクス」

「で、でも……六年前だってきっとシャルカが……」


 リンクスは連合に来て日が浅く、それほど連合の思想に染まりきってはいない。

 対してアクィラは幼少期の頃から、貴族は敵、殺すべしと刷り込まれて育ってきたため、どうあってもリンクスと交わることはなかった。


「でもも何も無い! 一体奴らがどれほど僕達を虐げ、苦しめてきたと思っている! 奴らは"勇者刈り"と称して領地内を回って"勇者因子"を持つものを探して回る。そして男は殺し、女はステラ級を生む道具にさせられるんだぞ! そんなこと、許されるはずがない!」

「……」

「なぁリンクス、考え直すんだ。君の家族が苦しい時に、貴族は手を差し伸べてくれたか? 優しくしてくれたか? そもそも君の家族を処刑しようとしたのは誰だ? 貴族なんだろう?」

「……う……」


 アクィラの言っていることは間違っていない。

 たしかにオルテノスの年貢は厳しかった。

 最近でこそ、景気が良くなって暮らしも随分と楽になったけど、それまでが地獄だったのは本当である。


「貴族は悪だ。奴らがいるからこの世界の秩序がおかしくなっているんだ。"占星のかなえ"でも、"東星教会"でもない、僕ら"連合"が貴族どもを滅ぼし、この世界を正しく導かないといけないんだよ」

「……グっ、わ、わかった」


 リンクスは、狂信的なアクィラの言葉に頷くことしか出来なかった。


(……相変わらずリンクスはチョロくて助かるな)


 アクィラはリンクスの反応に満足して、その首から手を離す。


「コホッ、コホッ……!」


 地面に下ろされたリンクスは咳き込む。

 リンクスの首にはくっきりと手の跡がついていた。


「うん、わかってくれればいいんだよ。これからも勇者同士、共に戦っていこう」

「……」


 調教は終わったとばかりに、アクィラはいつもの薄気味悪い笑顔に戻った。

 アクィラの感情の落差が、リンクスには恐ろしかった。


「それじゃ、そろそろ帰還しようか」

「……うん」


 帰還しようと決めた時、リンクスはふと、北方にいる人影が目に入った。


「アクィラ、誰か向かってくる」

「ん? そんなわけないでしょ、僕達は認識阻害のローブも着用しているし、遠目からは絶対見えないはずだよ」

「でも、こっちに一直線で向かってくる……それに、ありえないほど速い」

「そんな馬鹿な……」


 アクィラはリンクスの言葉が信じられず、手に持った筒状の物を伸ばして覗き込んだ。


「は?……嘘、だろ? あれはシャルカか?」


 青年に近づきつつある年代、特徴のない顔の黒髪金眼の少年が、ものすごい勢いでこちらに向かっている姿を目撃し、アクィラは背筋が凍る思いがした。


「……逃げたほうが良くない?」

「あり得ない! どうして俺達の居場所がわかったんだ!」

「アクィラ、早く判断して」

「……クソっ! 馬でアザラシュに逃げ切るぞ!」


 二人は一気に丘を駆け下り、ふもとに待機させていた馬に乗り込む。

 アクィラは"魔纏"を自分とリンクスに付与し、南東の方角へ走らせた。


「あり得ないあり得ないあり得ない……」


 アクィラは自分の見たものが信じられず、馬上で、あり得ないと呪詛のようにぶつぶつと呟いていた。


「だめ、このままだと追いつかれる」

「どうして! 僕達は"魔纏"で逃げているんだぞ」

「多分、シャルカの馬のせい」

「馬ぁ?……な、なんだよあれ」


 アクィラは後ろを振り返って絶句した。

 シャルカの乗っている馬はただの馬ではなかった。

 毛並みが青白く輝いていて、頭には鹿のような二本の角が生えている。

 そして二本の角の間を、バチバチと細くて青白い稲妻が何本も走っていた。

 馬と形容するには明らかに造形がおかしい。

 あの馬の襲歩、一体どれほどの歩幅なのかわからないが、明らかにアクィラ達の馬の倍は速かった。

 アクィラは意味がわからず混乱する。


「あれは多分、幻獣……」


 リンクスのつぶやきは虚しくアクィラの耳朶じだを通り抜けていった。

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