第4話 最愛の妹

 俺は、初陣当日の朝、オルテナトリス城のバルコニーから、城門前で忙しなく動き回る武官や兵士たちをぼんやりと眺めていた。

 彼らは皆、俺が父から預かった兵たちだ。

 彼らの一人ひとりの顔を見て、俺はこれから戦場に向かうための心構えを作る。


「初陣かぁ」


 俺がこの世界にやってきてはや十二年。

 前世では、科学雑誌を立ち読みするくらいしか趣味がないしがない会社員だったが、仕事中にいきなりぶっ倒れて、気がついたら赤ん坊の姿でJKママのおっぱいをチューチューしていた。

 おそらく過労死だったんだろう。

 晩年は、川に石を投げることだけに幸せを見出していたくらい、精神状態が終わっていたが、死後に異世界に転生するだなんて思ってもみなかった。

 そんな俺がついには、戦場に立つことになってしまうとは感慨深いものがある。


「シャルカ」


 俺には大した才能なんてなかったが、自分の体を死ぬほど酷使する才能だけはあったらしい。

 大貴族の家に生まれ、壮絶な家の成り立ちを教えられ、魔力を知り、魔法を体で学び、人の殺し方まで血反吐を吐きながら覚えた。

 オルテノスの教育に染まり、まんまと帰属意識も植え付けられてしまった。

 俺ってば、単純思考すぎるのかも知れない。

 嫌だと言えば断れたのだろうが、何でもほいほい受け入れるものだから、父も母もオジジ様も、俺は何をしても大丈夫なやつと思ったんだろう。


「ちょっと、シャルカ」


 やはり俺の花の三〇代を奪ったあのブラック企業は、許されざることをした。

 俺にこれほどの苦痛耐性、精神異常耐性を植え付けた罪は重い。

 奴らはこれからも俺の死という業を背負うことなく、修羅の道を行くのだろう。

 ただ、過ぎてしまったことをグチグチ言っても仕方がない。

 もはや晴らすことは出来なくなったが、俺もまたこの怒りを乗り越え、新たな自分にステップアップすべきなのだろう。


「シャルカ、聞いてるのかしら?」


 そういうわけで俺は、愛と幸福のために生きると決意した。

 せっかく新たな世界でスタートができたのだから、前世ではついぞ叶わなかった事を叶えようと思い立った。

 それは、下腹部にガツンと来るような、可憐な女性と添い遂げること。

 そしてその可憐な嫁さんと幸せに暮らすことだ。

 今は縁談がうまくいっていないが、まだまだこれから。

 学院で嫁探しをするという話も父から了承を取り付けたし、俺の将来は明るい。

 さっさと初陣を済ませて、学院で上手く立ち回る計画を立てたいところだ。


「おい、貴様! エルミア様がお声をかけてくださっているのが聞こえないのか!」

「ほえ?」


 どうやらボーっとしてしまっていたらしく、俺は背後から一人の男に肩を掴まれるまで、声をかけられていたことに気が付かなかった。

 振り返るとそこ仰々しい格好をした複数の貴族とその従者の一団がいた。


(ん、初めて見る奴がいるな)


 貴族の顔ぶれは一人を除いて全員見知った顔。

 その一人だが、見慣れないオレンジ色の髪の十代後半くらいの青年だった。


(まぁオルテノス城に入れるくらいなのだから、どこかの家の関係者なのだろうな)


 彼らの中央には、ホワイト系の長い髪をたずさえた可憐な少女が、皆の主人であるかのように立っていた。

 その少女は少しムスッとした表情で俺に話しかける。

 

「これから初陣に出るというのに、何をボーっとしているのかしら?」


 少女の名前はエルミア・ラ・オルテノス、俺の最愛の妹。

 俺と同じゴールドの瞳に、母親譲りのパッチリとした長いまつげ、あごのラインは今年十三になる少女にしてはスッキリとシャープなかたちをしていて、汚れを知らない白い素肌が、黒のミニスカートとロングソックスの間から覗いている。

 金糸の刺繍の入った白のヒザ下まであるローブは、どことなく聖職者のような風格を感じさせる。


「はっ、失礼しました。少し物思いにふけっておりました」

「そう。それよりシャルカ、何か私に言うことがあるんじゃないかしら」


 少し棘のある言い方。どうやらエルミアは機嫌があまり良くなさそうだ。

 左手を腰に当て、右手で真っ白な触覚を指でくるくるとさせ、不満そうに俺を見ている。

 エルミアの課題に少し頭を捻るも、さっぱりわからない。


「申し訳ありませんエルミア様。一体何のことかわかりません」

「ちゃんと考えてみなさい。どうしてこの私がこんなところまで来ているのか、ちゃ・ん・と」

「あのエルミア様、怒ってます?」

「そう思うのなら、どうして怒ってるのか考えてみなさい」


 少し高飛車な態度だが、妹だしかわいいから全然許せる。

 ……いや、そうじゃないだろ。

 エルミアは一体、何をそんなに怒っているのか。

 色々考えた結果、俺の灰色の脳細胞が一つの答えを導き出す。


「あ、もしかして生……」

「初陣に出るというのに、どうして私のところに報告に来ないのかしら?」


 ああ。

 たしかにエルミアにも伝えようかと悩んだのだが、決死の戦いに挑むわけでもないし別にええやろ、と思って報告しなかったのだ。

 実際、今回の初陣自体、大した戦いじゃないからな。


「申し訳ありませんエルミア様。私の初陣程度でエルミア様のお気をわずらわせるようなことは不要と考えた次第でして」

「あら、どうして? 私、オルテノス侯爵家の次期当主なのよ? シャルカは私に報告する義務があるわ」

「申し訳ありませんエルミア様、そのようなこととはつゆ知らず。今後は報告しますので勘弁してください」


 そんな義務があったなんて全く知らなかった。

 俺はヘコヘコと、エルミアに頭を下げる。

 エルミアはそんな俺の姿を見て顔を紅潮させ、口角を上げた。

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