第3話 学院?興味ないね

 学院、帝国内にもいくつかあるが、おそらく父が言っているのは帝都にあるザクレオン貴族学院のことだろう。


「学院、ですか。正直あまり興味はありませんね、オルテノスの”守り手”の一人である私がここを抜けてしまえばそれだけ大きな穴となり、他家に付け入る隙を与えてしまいます。それに今年はエルミアた…、ではなく、エルミア様がご入学される年でもありましょう」


 残念ながらオルテノス地方を取り巻く情勢は逼迫ひっぱくしており、俺のように若い貴族であっても、近い将来戦場に立つ可能性は大いにある。

 俺が学院に行っている間にオルテノスの地が滅びていたなどという話になっては元も子もないのだ。


「シャルカの言うことは一理ある。だが、お前も領内にいては嫁探しに苦労するだろう」

「……」


 言外に、父による俺の嫁探しが暗礁あんしょうに乗り上げていることを察する。

 やはり、俺の自由奔放な城下での活動が尾を引いているのだろう。

 しかし、それならやはり俺の事を知らない遙か西の地である帝都に行くのは、悪くない案かも知れない。


「……なるほど。それは学院で気に入った娘がいれば、領地に引き入れても良いということですね」

「フッ、そのとおりだ。名目上はエルミアの側付きとして送ることを考えている」


 少し悪巧みをするような父の顔を見て、俺は自分の予想が当たっていたことを悟った。

 しかしエルミアの側付きというのは一体どういうことか。


「エルミア様の側付き、ですか?」

「ああ、……あまりこんな事を言いたくはないが、オルテノス家の長女であり次期当主であるエルミアと、長男であるが継承権を持たないシャルカが同時に送られたとあれば、学院が混乱する可能性がある。何も対策をしなければシャルカにすり寄ってこようとする阿呆共は当然出てくるだろうからな」


 父は少し言いづらそうにして俺に告げた。


「なるほど、あらかじめ序列をつけておくことで周囲にエルミア様が次期当主であると知らしめるわけですね」

「ふむ、すまんがそのとおりだ。エルミアは貴族としても魔術師としても優秀であるが、社交の面では、常日頃から実戦で鍛えられている他の貴族の子女よりは一歩遅れている。学院は多くのライバルが集う魔境であるし、存分に鍛えられるだろう」


 なるほど、父はエルミアを鍛えるために学院に送る決断をしたのか。

 なかなかに思い切ったことをする。父はそのまま話を続けた。


「シャルカ、お前は特に気をつけよ。子どもとはいえ、全員がステラ級の魔力を秘めている貴族なのだ。どんなに美しい娘であろうと、入り婿の誘いなどには、決してうなずいてはならん」

「美しい娘ですか……ふっ。と、当然です。私の忠誠はオルテノスにのみ向いておりますから、そのような奸計かんけいにはこのシャルカ、瞬き一つせずに追い返してみせましょう」


 一瞬、ロキナ嬢のような可憐なお嬢さんに「うちに来てくれる?」と懇願される場面を想像して、顔がにやけそうになったが、すんでのところで踏みとどまる。


「ふむ、少し動揺しているようにも見えるが、まぁエルミアもついていることだし、それほど問題はなかろう。あの娘も母を亡くしてから強く成長した。若くしてオルテノスを継ぎ、内と外に強固なつながりを作ろうという強い意志を感じる。お前もどうかエルミアを支えてやってくれ」

「はっ、当然でございます。このシャルカがエルミア様の剣となり、盾となりましょうぞ」

「……」


 俺は右手の人差し指と中指をぴしっと伸ばし、心臓の前で静止した。

 に伝わる貴族の礼である。

 なぜか父は物憂げな表情で、黙り込んでいる。


「どうかされましたか?父様」

「いや、以前はエルミア"様"などと仰々しく呼んでおらんかったと思ってな。腹違いとはいえシャルカにとっては同い年の妹であろう。昔はあれほど仲良くしていたのに、なぜそのような他人行儀な呼び方になってしまったのだ……」


 父は俺のエルミアに対する振る舞いにショックを受けているらしい。

 ただ、こればかりは俺が年頃の難しさを感じるようになったからとしか言いようがない。

 いつまでもかわいい親戚の娘のように接するわけにはいかないのだ。

 ……というような趣旨を説明しようとして、少し妙な言い回しになってしまう。


「時代……でしょうな。私もエルミア様も変わらざるを得なかったのだと思います」

「そうか……済まないな。我らの戦争もこれ以上、子らの世代に引き継がせたくはなかったのだがな」


 (ん?)


 少し神妙な顔で遠くを見るように目を細めている俺に、父が何を思ったか、年上世代の残した負の遺産に対する悔恨かいこんの念を述べ始めてしまった。


「父様、違うのです」

「ん?何が違うんだ?」

「エルミア様も年頃の少女なので扱いが難しい、という話です」

「……」


 まずい、何か微妙な空気になってしまった。

 これではまるで、一回りも年下の女子社員の扱いに困ってる中年社員の愚痴のようではないか。

 まぁ精神年齢的には中年といえば中年なのだけども。


「……まぁよい、しかしお前たちが学院に行くとなると一つ気がかりなことがあるな」

「気がかりなこと、ですか?」


 父は俺の戯言ざれごとを聞かなかったことにして話を進めるようだ。


「ああ、”ステラ級”二人がオルテノスの地から欠けてしまっては、東方の弁が外れる可能性があるということだ」

「ああなるほど、その懸念がありましたか」


 東方、つまりオルテノス地方の東に位置するのことだろう。


「現在は父様のにらみが効いているとはいえ、連中が暴れ出すのも時間の問題だろう。ここは今一度、徹底的に叩いておくのも悪くないのかもしれん」


 父の言う父様とは、俺のお祖父様のことだ。

 なるほど今朝から父が頭を悩ませていた話がここにつながるわけだ。


「ということはつまり?」

「実は、初陣にちょうどよい仕事があるのだが、シャルカ、頼めるか?」


 ついに来たか、初陣。

 おそらく大きな武功を立てられるような大規模な戦ではない。

 国境付近での小さないざこざの調停とかその程度だろうし、敵もせいぜい衛星サテラ級の騎士までだろう。


「はっ、お任せください」


 俺は再び父にオルテノス式の礼を取った。

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