第18話 オルテノスの守り手

 俺もバルバトの真似をして、俺の黒い馬を少し前に進ませる。

 なるほどステラ級同士はこうやって前口上を述べ始めるのか。

 ちなみに領土侵犯をしているのはナイアなので、バルバトの言い分は完全に事実無根である。

 俺は右手で金貨の表面をこすり、ぐっと腹に力を込める。


「我が名はシャルカ・ド・オルテノス。聞き違いだろうか、愚かにも簒奪者さんだつしゃが王家の姓であるフォンを名乗ったように聞こえたな、バルバト・・ナイアよ。もう一度正しく自己紹介をやり直したほうが良いのではないか?」


 俺はバルバトに挑発的な言葉を投げかける。

 果たして、バルバトは一回り以上も年下の子どもに挑発的な言葉をかけられて、平静でいられるかな。


「フハハ、オルテノスの半人前風情が威勢がいいなァ! そういう貴様は、その簒奪者に国を奪われた情けない逃亡女の子孫だろうがァ!」


 俺は、意気揚々と話しはじめたバルバトを観察する。

 バルバトの人物像から、すぐにでも切れ散らかしてくると想定していたが、子供の戯言として割り切る当たり、案外冷静なところもあるのか。

 ……いや、威圧玉で相当兵力を削っただろうし、そこそこの精神的ダメージを負っているのは間違いない。

 おそらく相手が十二歳の俺だと分かって、調子を取り戻したのだろう。


(それならそれで利用しがいがあるが、舐められるのは気に食わないな)


 調子づいたバルバトはさらに続けた。


「貴様らがかつて主と仰いだその女は、むざむざと帝国に逃げ延びた挙げ句、ザクリアンの金満豚きんまんぶたどもに媚びへつらい、薄汚い子胤こだねはらまされたそうではないかァ! その薄汚い淫売いんばいと豚どもの末裔まつえい、それこそが貴様らオルテノスのゴミどもの正体だァ! いい加減にラーネッキ共々滅びろォ! そして栄光あるナイアにひざまずくがいいィィ!」


 バルバトの安い挑発だ、落ち着け、と危うく沸騰しかけた自分に言い聞かせる。

 後ろの配下たちは、唇から血を流すほどに噛み締め、血の涙を流していた。

 特に老年期に入っているゲトラードなどは、かつての王位簒奪さんだつ事件の当事者であるし、彼が味わった屈辱は計り知れない。


 俺がオルテノスの守り手として彼らにできることは、この侮辱を後悔させながらバルバトの命を摘み取ることだろう。

 確実性を上げるために、まずはできるだけバルバトの精神を揺さぶる。


「我らは何者にもびぬし、何者にも屈さぬ。六十年前、貴様らが愚かにも取り逃がしたオルテノス王家の正当後継者イルミナ・フォン・オルテノス、我らの偉大なる英霊の残した炎は、今もなお消えることなく、寸分もたがわず、我らに受け継がれている。この炎は、貴様らナイアの郎党共ろうとうども、そしてオルテノスに仇なす愚か者共全員の首を狩り尽くすまで消えることはない」

「ッ! 戯言ざれごとを!」


 いい感じに言葉に魔力が乗り、バルバトの動揺を引き出せた。

 やはり魔力というのは不思議なもので、人の感情と密接に結びついている。

 貴族の間ではいたずらに感情を表に出すことははばかられるが、派閥を率いる者は逆に感情を上手に利用する。

 下手な者は不快感を与えるだけだが、上手い者は人を惹きつける力に変えるのだ。


「我らが恐ろしいか、簒奪者の子孫バルバト・・ナイア。貴様らが偽りの王座でぬくぬくと社交ごっこをしている間に、我々がどれほど辛酸を舐め、泥水をすすって来たか貴様らは知るまい。我らは気高き大狼たいろう、いつでも貴様らの喉元のどもとに噛みつけるように牙を研いできたぞ」

「ッ! バルバト・フォン・ナイアだァ! 訂正しろォ野良犬風情がァ!」


 (いい塩梅あんばいだ。そろそろゲトラードが言ってたやつをぶっこむか)


 おそらく、正攻法では決してない。

 ゲトラードが少し躊躇ちゅうちょしていたのは俺の精神衛生面を気にしてのことだったのだろうが、そんなものは不要だ。

 卑怯でもなんでも構わない、確実に勝てるのならば、俺はその方法を選ぶだろう。


「時にバルバト、妹君いもうとぎみは元気にしているだろうか?」

「ッ!」


 バルバトには二つの沸点があるという話だ。

 一つはバルバトの妹、ナイア王国の第一王女について。

 どうやらバルバトの異常性癖に関わる部分なので、話題を避けたがるらしい。


「金糸を編み込んだようなつややかな髪の、美しく可憐な妹君だと聞いているが、それは本当なのだろうか? バルバト」

「……黙れェ! あのクソ女の話をするんじゃねェ!」


 クソ女、という響きが少し引っかかった。

 しいたげてきたにしては、少しがありすぎではないだろうか。


「いやぁ、それほどの可憐な妹君ならば、確かに同じ男として外に出したくない気持ちはわかる。だが、実際に襲ってしまうのはどうかと思うぞ、バルバト」

「……テメェ、それ以上喋ったらぶっ殺すぞォ!」


 挑発と分かってるのか、まだ崩れていないな。

 ギリギリ貴族として感情を抑えているようだが、直に崩せそうな予感があった。


「お前はしょうがないやつだなバルバト。どうして年端もいかない少女ばかり襲うようになったんだ? お前、はそんなやつじゃなかっただろ?」

「……あ”あ”あ”ん!?」


 やっぱりこっちが本命か。

 もう一つのバルバトの沸点、それは――――




「ああそうか、――――お前、昔、愛した婚約者に逃げられちまったんだっけか、そりゃまぁ、ショックだったよな。……だとしてもお前の性癖はやばいが」




 ――――貴族バルバトの女性絡みのトラウマ




「ぶッ! 殺ォオオオオオオオオオオすゥ!」


 咆哮ほうこうとともに、バルバトは完全にブチギレ戦闘モードに入った。

 バルバトの丹田たんでん付近にある魔力の"扉"が、燦然さんぜんと輝きはじめたのを確認すると、俺は静かに笑みを浮かべた。

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