第16話 ドーピングだめ絶対

「ダウン?」

「はい、ステラ級の”魔纏まてん”に慣れていない者が”魔纏”にかかると、全能感でハイになってしまうのですよ。ダウンとは”魔纏”が解除された時に超強化の負荷が一気に押し寄せてしまうことですな」

「なるほど」

「特に今回は、御名代様みなしろさまの初陣に合わせて、送り込まれた人員も新人が多めでしたから、皆あのようになっているわけですな。それにしてはダウン者が多すぎますが……」


 どうりで集まった部隊には若い連中が多いと思った。

 父は今後、俺が使いやすいように新人を用意してくれたのだろうか。

 アホ大学生と形容したのはあながち間違いではなかったのかも知れない。


「それならなおさら”魔纏”は多用しないほうがいいのではないか?」

「いえ、新人のうちにこの負荷を味わっておく必要があるのです。何度も”魔纏”を経験することで順応してゆくものですが……全く情けない限りです。おい、立たんか貴様らァ……!」


 ゲトラードは活を入れて回っていく。

 あまり酷使しすぎるのはどうだろうか。

 俺も前世ではブラック企業に努めていたものだから、加減を知らないトップについていかなければならない者の気持はよく分かる。


 しかしながらトップになってみればなってみたで、今度は俺が下の者を酷使しなければならない立場になっていることに気づく。


(やはり人間とは業が深い生き物なのだろうな)


 俺はポケットの金貨をひと撫でしてから、声を張り上げる。


「皆、もう少しの辛抱だ! 敵主力は肉壁を失って今や風前の灯。奴らがロンシャント砦に向かう前に確実に処理する! さぁ、もう一段階ギアを上げていくぞ!」


 俺は声を張り上げると五百人の騎兵に、と出力を上げて"魔纏"を付与した。

 ドクン、と音が響くような、心臓の脈動が全体に轟く。

 武官たちの体に俺の魔力が流れ込んでいき、まるで血管のように赤い筋が武官たちの全身に浮き出てくる。


「うっ、うお"ぉお"! やべェよこれェ、力があふれて止まんねェェェ!」

「あ”がっ、ぁあ”あ”あ”! オゥオゥおぅっ! んゥぎ、効くぅうう!」

「ん"ぐぅぁぁおう! ンガガ、ンガンガ! 最ッ高に決まってるゼェェ!」


「……」


 武官たちは、危ないお薬でも接種したかのように挙動がおかしくなった。

 さすがに俺は心配になってゲトラードに問いかける。


「……おいゲトラード、これは本当に大丈夫なのか?」

「お"ぉ”お”、なんという力ァ! 御名代様みなしろさまァ、まッッッたく心配は要りませんぞぉ! さぁさぁさぁ!」

「ひぃぃぃぃ!」


 ゲトラードも一際ひときわ人間をやめたような赤い筋をほとばしらせながら、グイグイと顔を寄せてきて、俺は恐ろしさのあまり、力の限り金貨を握りしめた。


御名代様みなしろさまどうなさいました? 早く奴らの息の根を止めに行きましょうぞ! さぁさぁさぁさぁさぁ!」


 俺はゲトラードのはやし立てる声から逃げるように、上ずった声で叫ぶ。


「しゅ、出陣〜〜!」


 天高くまで伸びる赤い魔力身に纏い、俺達はバルバトの下まで行軍を開始する。

 "魔纏ドーピング"のおかげで移動は超高速になったが、それと引き換えに俺は忘れられないトラウマを植え付けられてしまった。



 ◇◇◇◇



 高速移動を開始してから数十分。

 俺達はついにバルバト達の一団を捉えた。


御名代様みなしろさま、標的が見えました」

「よし、このまま蹴散らすぞ! さっさと帰りたいからな!」

「いえ、少し様子を見るべきと存じます。敵は腐ってもステラ級ですから、たとえ御名代様みなしろさまでも、重症を負う可能性もございます」


 ゲトラードの提案が煩わしい……。

 というか赤い筋の走った顔の軍団が恐ろしいのでさっさと切り上げたい。

 それに正直このまま激突すれば出会い頭にバルバトを撲殺できるような気がしていたこともある。


「いあ"! 心配は無用だ、それよりもさっさとバルバトを……」

御名代様みなしろさま、しばし落ち着いて話をしましょう」


 ゲトラードが俺の言葉を遮り、ゆったりとした口調で話し始めたので、冷水を浴びせられたような気分になる。

 どうやら俺は掛かり過ぎてしまっていたらしい。

 恐ろしさのあまり正気を失っていたようだ。

 ゲトラードは決戦を前に心を落ち着かせようとしてくれているのだろう。


「……どうやら俺もハイになっていたみたいだな」

「よくご自分が見えていらっしゃいますね。初陣は多かれ少なかれそうなるものです。此度は、後ろの連中の気に当てられたのでしょうな」

「ああ、全くそのとおりだ」


 あとお前にもな、ゲトラード。


「普通のステラ級の魔力では、あのようにはなりません。これほどまで味方の闘気をみなぎらせる事ができるのは、まるで伝説に伝え聞く”墜星導師ついせいどうし”のようです」


 ゲトラードは唸るような表情で言う。


墜星導師ついせいどうし?あれはたしか、おとぎ話ではなかったか」

「いえ、実在した人物ですよ。大昔に現れ、絶対的な力を以てこのアトラ大陸を統一した御仁です。墜星導師ついせいどうしの教えは今も脈々と語り継がれていますから実在したと考えるべきでしょう」


 なるほど歴史は少し勉強不足だったな。

 ゲトラードの言う"教え"とやらはこれから勉強するとして……ゲトラードからは若干探るような視線を感じる。

 やはり俺がなぜこれほどの魔力を持っているのか気になっているのだろう。

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