第13話 死屍累々

 六十年前、ナイア家はクーデターを起こし、王位を簒奪することを企んだ。

 そして当時の王家であったオルテノス家を滅ぼし、ナイア王朝を打ち立てる事には成功したものの、イルミナ王女によるザクリアン帝国への亡命を許してしまう。

 アトラ大陸中央で起きたこの大事件は、当時の国家間の勢力図を書き換えるには十分過ぎる出来事であったため、今もなお広く語り継がれている。


「ええ、エルミアの存在は我らからすればかなり厄介に映ります。オルテノス再興の御旗みはたとしてあれほど都合の良い存在はないでしょうからね」


 ナイアにとってはこの上ない失態だが、そんな当時の状況を想起させるようなエルミアが誕生した以上、ナイア王家はその存在を許しはしない。

 最優先で消さなければならないのはウルゴールだが、それが完了してしまえば、次に狙うのはエルミア以外にいないと、ネフティスは考えていた。


「だから言ってるだろうがァ、エルミアは必ず俺おもちゃにしてやると。ああそうだなネフティス、やつを手に入れた暁にはお前にも回してやってもいいぜェ。当然、エルミアが腐って使い物にならなくなってからだがなァ」


 ニチャアと端正な顔を歪ませるバルバトを見て、流石のネフティスも顔をしかめた。


 ステラ級の最たる役割は、ステラ級の血を次代に繋ぐことであるのは、貴族にとって共通認識である。

 しかしその役割を果たさず、いたずらに年端もない少女ばかりを食い物にし、傷物にするバルバトは貴族社会においてもすこぶる印象が悪かった。

 王族であるはずのバルバトが今戦争に駆り出されているのは、自分の不始末がめぐりにめぐっているからだというのに、未だに反省する気配はない。

 それゆえ、側仕えをしているネフティスの気苦労きぐろうは絶えず、彼の毛根は日に日に痩せていった。


「殿下、分かっておられるのですか。殿下が作戦の要なのですよ。今はまだ"釜の蓋"は開いたままなのです」


 ネフティスは小言を言いたくなる気持ちをぐっと堪えて、今回の作戦の話に引き戻す。

 釜というのは、現在ロンシャント砦を包囲をしている三人のホシロス侯爵家のステラ級の比喩だ。

 ロンシャント砦の背後のオルテナ川を塞げていない以上、まだ包囲は完成していないのだが、そこへ、バルバトが"釜の蓋"として川の西側に陣取ることでウルゴールの逃げ場はどこにもなくなる。


「わかってんだよォ! だから終わったあとのことも考えてるんじゃねぇかァ。いいかウルゴールをったら、俺が国王だ。奴さえ消せれば、オルテノスにナイアを止めるすべはもうねェ。俺が王になった暁には、俺を放逐しやがったクソ女王ババアにクソ兄妹ゴミ共には必ず復讐してやる!」


 バルバトがナイア王家に個人的復讐を企んでいる事を知り、ネフティスはさらに自身の頭髪が抜け落ちる音を聞いた。


「殿下、オルテノスの背後には、ラーネッキ家が控えているのをお忘れですか」

「チッ、ああそうだったなァ。忌々しい裏切り者のラーネッキめ。元はといえば奴らのせいでこんな戦争が起きてるんだったなァ」


 ラーネッキ家はかつて王国貴族であったが、現在は帝国貴族に鞍替くらがえしている。

 オルテノス領の西に領土を有し、オルテノス家を裏から支援しているあの家はナイアにとって目の上のたんこぶだ。


「ええ、今のオルテノスは奴らの傀儡くぐつに過ぎません。大本を叩かねば、いつまでたってもこの泥沼の戦争は終わりません」

「ラーネッキの奴らはかつての主君であるオルテノスを矢面に立たせて、高みの見物をしているようなクソ野郎共だァ。どうあっても滅ぼす以外の選択肢は……」


 そこまで言いかけてバルバトは異変に気がついた。

 それは魔力感知に優れたステラ級だからこそ気がついた、僅かな悪寒。


「ええ、ラーネッキには我々も細心の注意を……」

「シッ」


 バルバトはネフティスを手で制した。

 ネフティスはまだ気がついていないようだが、悪寒はどんどんと強まっている。

 とてつもない速度で何か強力な魔力が迫っているような気配に、バルバトは警戒心を最大まで引き上げた。―――しかし、時すでに遅し。


「殿下?」

「……まずい! なにか来る!」


 次の瞬間、強烈な魔力の塊がバルバトの後方で炸裂し、幾重にも重なった魔力波が同心円状に広がった。

 バルバトの視界が唐突に空に切り替わる。

 そして空中でぐるりと一回転、二回転とし、頭から強く地面に打ち付けた。


「がッ……! ぐッ……ごッ……!」


 バルバトはトラックに跳ね飛ばされた小動物のように、数十メートルほど地面を転げ回ったのちようやく止まった。


「くッ!ハァ……ハァ、一体何が起こった?」


 先頭を騎馬で走っていたバルバトは、突如、背後から受けた強大な魔力の波動に撃ち抜かれ、馬を気絶させられたのだと分かった。

 バルバトの端正な顔と、この王家の黒鎧は土埃にまみてしまって野性味を帯びた姿になっていたが、流石というべきかステラ級の肉体にダメージはほとんどない。


「おい、おい! ネフティス! 一体何が……! ッ!」


 ネフティスに状況を確認させようと、立ち上がり背後を振り返ったバルバトは絶句した。


 「は?」


 ―――死屍累々、一万の兵が押し並べて地に倒れ伏していた。

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