精霊かと思えるような衣装を着て踊って
背負い籠に小型の荷車それに馬を貸してもらい、リクトは猿のいた山中へと赴いていた。
荷車を貸してもらうとき、山の中を一人で動かせるかと心配された。
狭くて凸凹だったり車輪が埋まる場所もあるためだ。
だが過酷な魔王討伐を成し遂げたリクトにとっては造作もない。
しかし村人には分からないのだ。
先日の背負っていた鹿もあってか途中までは乗っていけと馬も渡された。
それならと借り受け、馬は傾斜が大きくなる手前で繋いで歩いてきたのだ。
頭上から威嚇の声が降り注ぐ中、木の実がなっている木々の中央あたりに荷車を設置した。
調査したときはここまでの威嚇はなかった。
籠や荷車か、それともリクトの僅かな態度の違いでも感じ取ったのか、または両方なのか興奮しているようだった。
だが何であろうが構わない。
調査のときと同じように、遠くの枝から渡って木の実のある枝へと飛び移った。
木の実を
『ギャッギャッギャッギャッギャッ』
リクトが同じ枝に飛び移ったとき警戒して飛び退いていた猿だったが、歯肉を剥き出して牙を誇示しながら近付いて来た。
他の枝からも同様に威嚇してくる。
「“如何なるものでも斬り裂く光の術”」
左手に愛剣、クラウ・ソラスを発現させた。
通常の剣のようにしっかりとした存在感のある黄金の刀身に、聖なるオーラでも滲み出ているのか纏っているかのように見える輝きが揺らめいていた。
猿は一旦は怯んで後退した。
だが関係ないとばかりに近付いてくる個体もいる。
牽制のために突き付け、軽く振り回す。
その間にも木の実を千切っては籠に入れていた。
飛び掛かろうと姿勢を低くする個体がいた。
「“穿つほど指向性を持つ水の力”」
その眼前に水属性の三番目の魔術を放つ。
放たれた勢いのある水が枝にと当たると、軽く抉られた木っ端が水と供に猿を襲った。
『キャキャキャキャキャ』
猿が悲鳴を上げながら枝から落ちた。
リクトは気にせずに木の実を籠に入れていく。
『ホウホウホウ』
『ウホッウホッウホッ』
『ギャァウ、ギャァウ、ギャァウ』
周囲の全てから様々な鳴き声が飛んできた。
威嚇、警戒、注意などをしているのかと思う。
「それにしても、鳴き声は魔人と変わらないんだな。……魔術は使えないようだが」
捥ぎ取っている手を一旦止めて周囲を見回した。
右手を前に挙げて魔術を放つ動作をする。
だが一歩引く個体はいるが、魔人のように魔術を使う気配はなかった。
作業を再開すると猿が左側から飛び掛かってきた。
クラウ・ソラスを
失礼な猿にはお仕置きが必要だった。
クラウ・ソラスを軽く振り抜く。
殺すつもりはない。
だが他の猿への見せしめのためにも、脚の一本でも跳ね飛ばすつもりだった。
人間は恐ろしいと捉えてくれれば、村に来ることもないだろうとの考えもあった。
剣の間合いの外ではあったが、イメージ通りに象る剣なので槍のように伸ばすことも可能である。
もっとも、極端に長くしたり太くしたりはできない。
だが猿は、当たった瞬間に吹き飛んだだけだった。
当然下に落ちていくが、斬り裂いた感触がなければ傷跡も見えない。
直撃を当てたはずなのに、それ程ダメージは入ったようには見えなかった。
「……魔力が、足りないのか?」
他の光種の術の復活もそうだが、もっと積極的に魔人を探す必要がありそうだと思えた。
決意すると作業を再開する。
籠が一杯になると、木から降りて荷車に移してからまた登る。
それを繰り返した。
下に落ちたはずの二匹の猿は逃げたのか見当たらない。
樹上にいる猿たちも怯えてか一定の距離を保ち近付いてはこない。
威嚇の鳴き声も、ときたま発してくるが弱々しいものだった。
地面に降りて荷車から木の実を取って食べている個体もいた。
だが気にしない。
この辺りの樹木に成っている全ての木の実がなくなれば良いのである。
取り尽くし、もう一度見て回って完了したことを確認すると荷車に戻る。
何匹かの猿が漁っていたが近付くと距離を取った。
数匹の猿は取り損ねたのか何も持っていない。
リクトはそれらの猿に木の実を放り投げる。
警戒しながらも手にしたのを見ると、追い払う手振りをした。
少しのあいだ視線が拮抗していたが、樹上から鳴き声がした。
『ウホ、ウホ、ウホ』
ボスの鳴き声なのか、それが切っ掛けとなって樹上にいる猿も地面にいる猿も一斉に奥へと帰っていった。
「ふうぅ。――良い方向で、依頼は完了だな!」
リクトは独り言ちると、木の実で一杯になった荷車を引き、または担ぎながら、馬と一緒にワイズ村へと戻るのだった。
●
村が見えてくると、先日の大人たちがいた入り口には子供たちが待ち構えていた。
リクトの姿が見えたのか、競うように走ってくる。
先頭の方は大きい子で、その影に隠れて後ろの方では小さい子が一生懸命に走っているのが見えた。
リクトは馬から降りると子供を指差した。
自分かと勘違いした子が自分を指差すが、リクトは腕を横にずらして後ろの方だと指差した。
それで気付いたのか年長だろう子たちが止まると、失敗したとでも言いたげに頭を掻いたり舌を出したりと様々な仕草をして後ろに駆けていった。
小さい子を支えるように、手を繋ぎ、背負っている子もいる。
リクトも移動しているので直ぐに合流を果たした。
「なあ、なあ、どの位あったんだ?」
「わあぁぁ! すごくあるぅ」
「おいしそうだね!」
「うん! おいちとうぅ」
荷車を見るなり感嘆の声を上げていた。
「全部採ってきたから、次に実が成るまではこれだけだな。でも何時もは処分するって聞いたけど、食べたことがあるのか?」
「ない。はじめて見た!」
「うん! みたことなぁい」
「たべれないのかな?」
「しょうなの?」
採取の提案はしたが、その木の実を如何するかは決めていなかった。
必要なら渡しても良いし、不要なら地面を深く掘って埋めても良い。
「これは村長が欲しいと言えば渡すから、食べられるようだったら食べてなぁ」
「良いのか?」
「うん! たべるぅ」
「たのしみだね?」
「うん! たのちみぃ」
素直な子供たちに和んでいると、一番の年長だと思われる男の子が聞いてきた。
「ところで、猿はやっつけたのか?」
最近は村から出ることを禁止されていたのかもしれない。
だが本来は今のように外に出て遊ぶこともあったのか、子供なりに気になっているようだった。
「違うよね! 山の奥に、追い返したんだよね?」
次の年長かと思われる女の子が鋭いことを言ってくる。
噂になっているのかもしれない。
「そうだな。やっつけるのは可哀相だから、本来住んでいた山奥に追い返したんだ。だが、また戻ってくる可能性はあるぞ?」
リクトは危険性を説いたはずだった。
だが、そうなったら俺がやっつけてやると男の子が無謀なことを言い出す。
俺は何の魔術が使えるんだと言えば、私はこの魔術が使えるよと、怖すぎることを言い始めるのだ。
村の入り口にはジンや何人かの男たちが待っていた。
分かりやすく視線をそちらに移せば、子供たちも同じ方向を向いた。
「自分や友達が痛い思いをするのは嫌だろう? 村長の言葉はちゃんと守ってな!」
「そんなの、とうぜんだよ!」
「わかったぁ!」
「うん、もちろん」
「もちよぉぉん」
村に到着するとジンが積荷を見ながら話し掛けてきた。
「随分と沢山あったんだな?」
「そうですね。――ところでこれは如何しますか? 不要ならこちらで処分しておきますが」
依頼で派生したものなので確認をとる。
「処分って、如何するんだ?」
「深く埋めて土に返します」
「それならこっちで貰っても良いか?」
食べれると思ったのか子供たちは大喜びだった。
だが疑問顔だったジンが吹き出すように笑う。
とうぜんながら凶暴な表情である。
だが村人は子供も含めて見慣れているのか動じる者はいなかった。
「酸っぱいからそのままでは食えないんだが、ジャムには出来る。俺が子供の頃まではやってたんだが、木工品が上手くいくようになってからは作らなくなったんだよな」
取って運ぶのは手間になる。
村での産業が上手くいっているなら集中し、他のものは購入した方が良いのかもしれない。
「えぇぇぇ! 食べれないのか?」
「ざんねぇぇん」
「美味しそうなのに……」
「のにぃぃ」
ジンと一緒にいた男たちに馬と荷車を渡す。
先日も入り口にいた男たちで、その後は村で采配をしていたので村の重鎮なのかもしれない。
「なんならお前ら、食っても良いぞ! 猿には旨いのかもしれんが、人間には酸っぱすぎて吐き出しちまうだろうけどな。その後も口の中は大変だぁ! はっはっはっは」
「そんなもん! 食いたかねえよ!」
顔を顰める男の子にジンは乱暴に頭を撫でた。
他の子も酸っぱいものでも想像したのか同じような表情をしていた。
「はは、残念だったな。他の旨いものを食べればいいさ」
リクトが言えば、早く行けとでも言いたげにジンが顎をしゃくる。
子供たちは、そうすると言いながら中へと走っていってしまった。
「ところで、どう対処したんだ?」
誰もいなくなったところで、ジンが時系列での行動を聞いてきた。
「妨害しようとする猿を剣で牽制しながら木の実を取り、飛び掛かろうとする猿には水属性の三番目の魔術を放って下へと落としました。それでも諦めずにくる猿には剣を使いました。殺してはいません。でもそれ以降は、周りにはいるのに妨害はなかったですね。木の実を全て採り尽くすと、ボスなのか鳴き声を合図に山奥へと帰っていきました」
「つまりはもう、村の方にはこないと言うことか?」
その言葉には二つの勘違いがある可能性があった。
無意味な提案のせいで余計危険になったなどと言われないためにも説明する。
「翌年、実が成ると分かりません。また今回の猿を討伐していたとしても――」
「ああ、分かっている。討伐したとして、違う群れが来るかもしれんし違う種の動物が来るかもしれないんだろう? それは翌年からも同じなんだろうな」
「ええ、そうですね」
村長なだけあり、理解してくれているようで安堵する。
前異世界では、理解できないのかするつもりがないのか、言い掛かりを付ける者もいたのだ。
「……毎年交替で、まだ青いうちに処理していたんだが、今回は処理する者が手抜きをしたのが原因だった。よく売れるから木工品を優先したが、色々と考え直す必要がありそうだな」
両者が思考して一瞬会話が途切れたが、ジンは将来に向けた村のありようを口にした。
だがリクトには返答しようもなかった。
木工品だけに偏っていれば何かあったときに村は破滅してしまうだろう。
そのためにも分散するのは望ましいことである。
だがたまたま寄っただけの者が、したり顔で言うのは
「……私には、分かりません」
「まあそうだよな、これは村の問題だ! ――それより今回の報酬を決めてなかったが、宴会で良いだろう? まだ最初の依頼の保存食も渡してないから二回分としてたっぷり渡すぞ?」
「ええ、それで構いません。……あの聞きたいのですが、魔術を使えるのは人間だけですか?」
「んん? 狩猟人なのに知らなかったのか? まあ構わないが。――魔術を使えるのは人間。あとは魔人も使えるようだが、個体によって何らかの一属性だけだ」
魔人はヴィゴールから聞き、実際に使うのも見ている。
だが思い出せばそうなのだが一属性だけなのは知らなかった。
先入観から勘違いしていたようだ。
そして動物は使えないようだ。
「そうなんですね。猿が魔人と同じような風貌と声だったので、如何かなと思いまして」
「なに? 魔人に出会ったことがあるのか?」
「ええ、少し見ただけですが」
馬車が襲われていたとは言わない。
この村に来た帰りだと言っていたので責任を感じるかもしれないのだ。
「そうか。北や南にある村では、出ていたところを襲われたとも聞くし。――まあなんだ、気を付けろよ。そろそろ宴会の準備も出来てる頃だろうから、中に入るか」
村の入り口で止まって話していたのは、そう言う意味があったのかと思う。
ジンが歩き出すと並んで、中へと歩いていった。
広場の中央は開けられており、周囲にはテーブルが配置されていた。
向きからして中央で何かをするようである。
リクトはその最前列の一つに座らされた。
「さあさあ、どんどん食べて頂戴よ! ワイズ村復興の、景気付けのためでもあるからね! あんたは酒が飲めなかったね。茶を置いとくからね。村長は特別に、特大だ!」
料理と麦茶が運ばれる。
野菜を蒸したものや炒めたもの、細く切ったスティック状の野菜にはソースが添え付けられていた。
肉も先日の香草焼きとは変わり、天火で焼いたと思われる鹿の脚を丸ごと持ってきて、目の前で薄く切りソースを掛けてくれた。
「おお! 旨そうですね」
「だろう? みんなで腕に縒りを掛けて作ったからね! 他のもどんどん持ってくるからね」
隣に座っているジンの前にあるのはジョッキかと思える大型のコップだった。
とうぜん酒が入っているのだろう。
リクトは心配になった。
「……確かに、依頼に対する報酬には食事も含んでいますが。こんなに豪勢にして村は大丈夫なんですか?」
リクトのせいで村が破産しても困るのである。
だがジンはジョッキを煽ると豪快に笑った。
「ぷはぁぁぁぁ。こんくらい如何ってことねえよ。復興って言ってたろう? 今までの辛気くせえのを吹き飛ばすためだ。それとな、――これを機に木工だけからは脱却する。リクトのお陰でもあるんだから、ほら遠慮せずに食え!」
テーブルの置かれていない開けられていた一角から、普段とは違う煌やかな衣装を着た人たちが次々と中央へと入っていった。
静かに歌い出したかと思えば合せて踊り出す。
リクトはその光景に見入りながら、料理を口へと運んだ。
宴会は先日よりも派手さがある。
何かの趣向でも凝らそうとした結果なのかもしれなかった。
「なかなか良いだろう? この地方で祝いのときに行う、歌と踊りだ」
神秘的な演舞だった。
優しく、それでいて時には荒々しく。
願うような動作、打ち拉がれている様子、冷たく叱責し、だが温かく励ます。
リクトには何故か、アリーシャやヴィゴールと言った神々が脳裏に浮かんでいた。
「リクト。……今回はありがとうな」
この異世界で信仰されている女神エルデと人間との関係なのか、神の時代を想像した話しなのかと心を引き付けられ見蕩れていると、ジンから思いがけない言葉が飛んできた。
「えっ? いっ、いや、依頼を受けただけですから」
慌てて返答を返す。
「そうだな、分かってる。――それでも言わせて貰いたかったんだ。……リクトはここを出た後は、何処に行くんだ?」
何の祝いなのか復興と言っていたが、ジンはこの村を脱却だけに限らず生まれ変わらせるつもりなのだと思える。
そのために歌と踊りを神に奉納しているのであろう。
信仰の神は間違っていても、真剣そのものなのだろうと思えた。
「可能なら、エッカート砦まで行こうかと思ってます」
今までは何となく魔人を求めて西へと向かっていた。
だがせっかく西に向かっているのだから、エッカート砦の様子を見てみることに決めた。
「ああ、砦な。――でもそこは、軍事施設だから入るのは無理だと思うぞ?」
「それなら、その手前の街か村までですかね」
演舞には何時の間にか子供たちも加わっていた。
前異世界で時たま見かけた、精霊かと思えるような衣装を着て踊っている。
「そうか。――お前なら大丈夫だろうが、まあ気を付けて行けよ」
気負わない簡単な返事をすると、楽しそうに舞っている姿を見ながら料理を口に運び茶を啜る。
夜は更けていくのだった。
翌朝の薄ら明るくなる頃にリクトは目を覚ました。
保存食は既に貰っている。
乾燥野菜に乾燥木の実、それに独特の香りがする鹿の脚が渡されたのだ。
燻製肉だった。
多いのではと言うと二回分の依頼料だからと押し付けてくるので、ありがたく頂いた物だ。
村長夫妻が起きたら直ぐに出て行くつもりだった。
だが既に起きて朝食と弁当を用意してくれていた。
外に出ると馬も用意されていた。
一緒に山へと入った馬である。
この先は辺境領となり、距離が途轍もなく開くのだと言う。
歩きは無謀であり、街にでも着いて馬が必要なくなったら、狩猟人組合にでも渡して貰えれば良いと言うので貸してもらうことにした。
日が昇って少し経つ。
カオスになる前に早く行けと言うので、リクトは礼を言ってから馬を走らせるのだった。
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