可能ならば調査の依頼を受けて貰いたい

足取り軽く歩いているリクトにヴィゴールからの念話が届いた。


『リクトォォォ、お主ぃぃ。……魔力を取り込むのは薬草だと言っておったのにぃぃ、何で魔人から吸収しておるのじゃぁぁぁ? ありえんじゃろうがぁ、嘘付きめがぁぁぁぁ!』


精神が崩壊する寸前かと思える取り乱した念話だったが、リクトは気にしなかった。

逆に発狂して、お前などいらんと送り返してくれた方が良いくらいである。


「おっ、ヴィゴール。生きていたのか? ――良かったなぁぁ」


都合の悪いときには沈黙するヴィゴールに嫌みの一つでも言ってやる。


『なっ、……そっ、そうじゃなぁ。お主様のお陰じゃな。――じゃが魔力の取り込みに魔人は、駄、目、じゃ、ぞぉ。ぞぉ』


「…………」


人がと言うか、神が変わったかのように媚びるような念話にリクトは気持ち悪く感じた。

可愛い路線を歩もうとしているのか、爺が?

リクトは災害のような思い付きを祓うために頭を振った。


「魔人から吸収できるとは思わなかったが、結果的に強くなるのだから良いだろう?」


『んん……うっ……んんん……』


爺が悶えているようだが、止めさせるために何かあるのかと問い掛ける。

リクトの顔は引き攣っていた。

だが止まったのは良いが、無言となり何も返ってはこなかった。


「はあ、またか? ――おっ、村が見えてきたな!」


都合の良い沈黙に呆れていると遠くに家屋が見えてくる。

気持ちを切り替えて歩みを進めると村の中へと踏み入った。


村人の視線が突き刺さった。

それも一人や二人ではない。

目に映る全ての人から見られていた。

ここまでの注目に困惑を感じる。

だが良く見れば何処か怯えが感じられた。


村での不幸な出来事の定番となるのは、近くに魔物が住み着いたときである。

この異世界では魔物は存在せずに魔人であるが、先ほど三匹を討伐した感じから聞いていた通り三人から四人で戦えるのは間違いなかった。


村の男たちで警戒し、然るべき場所へ討伐の願いを出せば村中で怯えることもない。

そもそも会話が出来ると分析されているので、獣より頭が良さそうな魔人なら集団となる街や村などは襲わずに、移動中の少人数を襲うのではないだろうかと思われた。


他には盗賊の食料庫となっている場合である。

皆殺しにされたくなければ、あるいは人質を取って等の理由で定期的に食料を強請ゆする。

序でに若い女性も要求するかもしれない。

だが顔色は悪いが、痩せこけている村人がいなければ若い女性もいるので違うとも思われた。


リクトは、まさか自分に怯えている訳ではないだろうと周囲を観察する。

すると広場となっている先から一人の壮年の男が近付いてくるのが分かった。

そのまま見ていると目の前で止まりリクトを指差した。


「胸に付けているのは狩猟人組合の徽章だろう? 一人でこの村に来たのなら、かなりの腕前なのか?」


男から探るような視線が送られる。

その背後からも、何人もの村人たちからの視線が飛んできていた。


「如何だろうか? 他の者と比較したことがないので、良く分からないかな?」


二匹の魔人を一人で同時に相手にして討伐したのだから中堅より上なのは間違いない。

だが誰なのかも、何を言いたいのか分からない以上は情報の開示は控えた。


男もリクトの言動が発するニュアンスに気付いたのだろう。

改めて言い直した。


「いや、これは失礼した。俺はこのワイズ村の村長で、ジンと言う。序でに狩猟人組合アルコット支部付きワイズ分室の、分室長でもある。可能ならば調査の依頼を受けて貰いたい」


村であれば街に付属する分室の扱いになるようだった。

だが村を拠点にする組合員はいないのだろうか。

前に王都で登録したときにニカからは聞いていない。

特別な事例なのかもしれず、長からの依頼であれば話しだけは聞くことにした。


「受けるかどうかは別となりますが、話しはお聞きしますよ。何を調査するのですか?」


「ああ、それで良い。出来れば受けて貰いたいがな!」


ジンが笑うと、強面でガタイが良いこともあってか獲物を見つけて喜んでいる魔物ようにも見える。

リクトは表情が抜け落ちた顔となり、剣の柄に手を置いた。


「……なぜ剣を抜こうとする? いや良い、分かってるんだ。俺が笑うと怖いと言う者ばかりなんでな。――気にしないでくれ。……それで本題なんだが、最近になって少し北に入った山中で、猿のような鳴き声がしている。風向き次第ではここまで届くことも――」


「今までこんなことは無かったんだ!」


リクトが剣から手を離すと、今までジンの後ろで聞き耳を立てていた者が飛び込んできた。


「きっと魔人が来やがったんだ! もう俺たちは、この村は終わりなんだ!」


「頼むよあんた! 討伐しておくれよ!」


後ろにいた他の者も雪崩れ込んできた。

最後の初老の女性は依頼内容を調査から討伐へと変えている。

それだけ恐怖の度合いが強いと言うことなのだろう。


「邪魔だ、お前等。出て来るんじゃない! まだ俺の話しが途中だろうが?」


ジンが割り込んできた者たちを押し退ける。

だが食い下がる者ばかりで揉みくちゃ状態となった。


「ここの分室に、組合員はいないのですか?」


リクトは巻き添えを食わないよう数歩引いて確認する。

その言動に団子状の者たちは不満そうな顔をした。


「知らないのか? 独立して他の場所に作られたが組合員のいない部屋を分室と呼ぶんだぞ。――ここは木工品を作っている村でな。大人は家具などの大物。子供は練習がてら置物などを作って、上手く出来た物は小遣いを渡して売り物にする。狩りをする分には良い所なんだが、罠を仕掛けるくらいで危険な狩猟をしたいと言う者はいないんだ。だから支部にもなれない」


また一つ、この異世界のことが分かったとリクトは満足する。


組合員がいないなら長が出ざるを得ないが、村長も兼ねているので万が一でもあれば村は瓦解する。

それなら教えてくれた礼にと行動することにした。


「そうなんですね。――分かりました、調査依頼はお引き受け致します。ただ報酬は、宿と食事、それに保存食でお願いできますか? ゴッドストレージに沢山入っているので」


教会からの支援金は全てライリに取られたが、ヴィゴールからの活動資金が潤沢にある。

金ばかりあっても使う機会がないので、旅の快適性を向上させることにした。


えっ? とジンが聞き返すと、最後は心の中だけのはずが声に出していたのかと気が付く。

何でもないと言うと、村人の曇っていた表情が一瞬にして晴れた。


お前は良い男だの、俺は信じていただの、これでワイズ村は安泰だのと騒ぎ立てる。

最後は不明だが指摘すると面倒そうなので無視し、分室に行くと書類を貰い正式に依頼を引き受けた。


分室は他にも、村役場兼村長宅であり、更には調査が終わるまではリクトの宿にもなったのだった。



その頃、魔人から助けられたエドとメグは無事にアルコット領のアルコの街に辿り着き、狩猟人組合の扉を開けていた。


雑多な言葉が飛び交う騒がしい中、受付からの視線が飛んできた。

周囲にたむろっている組合員からも視線を浴びせられる。

だが不思議そうにする者がいた。

それが更に二人の心情を圧迫させた。


エドとメグは、これから言わなければならないことを考えて動揺し動悸が激しくなっていた。

互いを勇気づけるよう寄り添っているからこそ、何とかこの場から逃げ出さずにいられたのだ。


ゆっくりと足を進めた。受付はエドとメグを見ていだが、急に二人の後ろ側を覗くような仕草をする。

何回か繰り返すと、二人が来るのを待つように真っ直ぐに見詰めていた。


「エド様にメグ様。依頼主様がいらっしゃらなくても、当組合員の者から出される書類にサインを頂けましたら、完了で御座いましたのに。――ところで、マユとルウがいないようですけど。何かありましたか?」


笑顔で迎えた受付のシェラだったが疑問が含まれた表情だった。

エドは意を決して口を開く。


「シェラさん、実は……」


ワイズ村からの帰り道、嫌な鳴き声が聞こえたかと思ったら魔人に襲われたことを話した。


マユとルウが応戦して馬車から引き離したが、戻ってきたのは三匹の魔人だけだった。


エドとメグは近くの洞窟に引き摺って行かれ、死ぬまで殴られると絶望したとき、リクトと名乗った狩猟人組合の徽章を付けた一人の男に助けられたのだと。


いつの間にか周囲は静まり返っていた。

皆が突き刺すような視線を向けてくる。


「これは、魔人を討伐したリクトさんが埋葬する前にと、回収してくれた……遺品です」


「ほっ、本気で言ってるのかよ!」


静寂を破って荒々しい声が響いた。


「おいおいおい! 罠なんてもんは使わない戦闘特化のあの二人だぞ? ……嘘だろう?」


違う声も、荒らげて追従した。


エドがカウンターに置くと、筋肉の塊のような二人の男が目を丸くしながら近付いてきた。

その態度は怒っているようにも見える。

メグは怯えたようにエドに縋り付いた。


誰もが見ている中、直ぐ側に来た男がカウンターに置かれている品を掴み上げた。

その手が次第に震えていく。


「……この折れた剣は、最後まで反対してた父親が、登録したその日、穏やかな表情で買ってくれたと、言ってたもんだ。……昔に戻ったようだったと、笑ってたんだ」


「こっちのヌイグルミは、……母親に教えて貰いながら指を傷だらけにしながらも妹が作ったもので、お守りだと言ってたかな。……生涯の宝物だって、言ってたものだ」


赤く染まっていただろうそれらは今は茶色くなっている。

男たちは折れた剣とヌイグルミにゆっくりと指を滑らせていた。

一瞬の間が空いた。

その後だった。


『ガン』


「くそったれがぁぁ!」


一人の男が悪態を付きながらカウンターに拳を叩き付けた。


室内に響き渡るその音は、具現化した怒りのように聞こえた。

矛先はエドとメグだと悟り、だが代わりにカウンターに向かったのだと、メグの心に突き刺さった。


「ひっ! ごっ、ごめんなさい。私たちが、私たちが護衛を頼んだばっかりに。……ごめんなさい。ごめん……ううぅぅうっうっうぅ」


「えっ? いやいや違う! すまん。違うんだ! あんたたちに言ったんじゃなく、魔人に対して言ったんだ!」


自分を抑えられず激昂した男は、失敗を悟って直ぐに謝る。

その頭を押さえ付けて、もう一人の男も頭を下げた。


「この馬鹿がすまなかった、許してくれ! あんたらも間一髪で助かったのだろうし、頼むから謝らないで欲しい。――俺たちもそうだが、あいつらも自分で選んだ道で依頼なんだ。その生き様を否定することになってしまう。――普通なら返ってこない物を持ってきてくれて、本当に感謝しかないんだ」


メグが泣き出したときにシェラは立ち上がっていた。

もちろん被害者でもある二人に取るべき態度ではないからであろう。

だが今は何も言わずに見守っていた。


「これは俺たちが遺族に持って行きたい。――良いだろう?」


受付に振り返った男が、ぶっきらぼうながら真剣な表情で頼み込んだ。

その両目からは止まることを知らない涙が流れ続けている。

柳眉を逆立てていたシェラだったが、溜め息を付いて座ると頷いた。


「おいおい、マジかよ! 一人で魔人を三匹も葬れる者かよ?」


「三匹も出やがったのか。――同時にかな?」


「ちげえだろう? 各個討伐だろうよ?」


「いくら何でも、同時にはないよなぁ?」


緊張感が緩んだからか周囲に喧噪が戻っていく。

シェラはそれらを聞いているようだったが、思い出したかのような顔をするとエドとメグに尋ねた。


「エド様とメグ様。少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」


既にメグは泣き止んでいる。

エドは視線を合わせると頷いた。


「帰路で鳴き声が聞こえてきて襲われたと言われましたが、魔人は何処から来たのか分かりますか?」


「ワイズ村で品物を下ろし出て行くときまでは、何時もと変わりありませんでした。ただ、様子を伺っていたのだとしたら。――たまたま出て行く馬車に付いてきたのが全部なら安心ですが、一部だったのなら……」


シェラが息を呑むのが分かった。

エドとメグも危惧していたことである。


「ですがリクトさんは、――ワイズ村に行くと言っていました」


繋げたメグの言葉でシェラが幾分かは安堵したように見えた。


「ふうぅぅ。――ワイズ村が魔人に狙われていると、断言は出来ないですね。分室になるんですが長は警戒心が強く大柄で強いですし、そのリクトさんと言われる方の強さなら、調査にも協力してくれているかと思います。お話ありがとうございました」


早急に動く必要はない、上に相談して今後を決めるとの結論だった。

受付の独断で動くわけにはいかないのは当然であった。


もっとも一般人であるエドとメグも、これ以上のことは出来ない。

一礼すると皆の無事を願いながらも、組合を後にするのだった。

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