第6話 黎明の選択

黎明は深海500メートルの静寂の中を進んでいた。艦内の空気は一見落ち着いているように見えたが、その奥には緊張と不安が渦巻いていた。石破総理の記者会見が衛星通信を通じて艦内に伝わり、乗組員たちの動揺は隠せなかった。


艦橋では、副艦長の大村修一がモニター越しに石破総理の会見映像を見つめていた。

「国家反逆か……。これで日本には戻れないってことですね。」

彼の声は沈んでいた。


その横で、艦長の風間悠馬は無言のまま窓の外を見つめている。その瞳には決意が宿っていたが、どこか憂いも感じられた。


艦内の休憩スペースでは、乗組員たちが会見を繰り返し視聴し、議論を交わしていた。


「艦長は本当に正しいのか?」

若い技術士官の一人が苛立ちを隠せず声を上げる。「俺たちは日本のためにここにいるはずだ。それが、今や反逆者扱いだぞ!」


「俺もそれを考えてた……。」

隣にいた整備士が小さく頷いた。「でもよ、今さら戻れるわけじゃないだろう。」


「じゃあ、このまま艦長の言うことに従うしかないのか?」

技術士官は拳を握りしめ、壁に叩きつけた。


その場の空気が重くなる中、整備士の一人が静かに口を開いた。

「艦長には何か考えがあるんだろう。俺たちにはそれを信じるしかない。」


「信じる……か。」

若い技術士官は呟き、視線を落とした。


艦橋では、大村が風間に向き直った。

「艦長、艦内の動揺は想像以上です。このままでは士気が保てません。」


風間はしばらく黙った後、低い声で答えた。

「彼らが不安に思うのも当然だ。私たちは未知の領域に踏み込んでいる。」


「なら、艦長自身の言葉で説明すべきではありませんか?」

大村は声を強めた。「ただ命令を出すだけではなく、艦長の信念を直接伝えるべきです。」


風間はその言葉に短く頷いた。「分かった。全乗組員を集めて話をしよう。」


その日の夕方、艦内の全乗組員が集まったブリーフィングルーム。風間は演台の前に立ち、乗組員たちを見渡した。


「皆、よく聞いてくれ。」

静まり返った部屋に、彼の声が響く。「私たちは、国家という枠組みを超えた存在になった。これを『反逆』と呼ぶ者もいるだろう。しかし、私たちが目指しているのは破壊ではない。新たな秩序を作ることだ。」


乗組員たちは黙ったまま、風間の言葉に耳を傾けていた。


「中東での任務中、私は国家間の争いがどれほど無意味で、いかに多くの命を奪うかを目の当たりにした。私たちは、国家の利益のために戦うのではなく、争いを終わらせる力を持つ存在になるべきだ。」


彼の声には揺るぎない信念が込められていた。

「それがこの艦の使命だ。そして、私たちはそのために動く。」


一瞬の沈黙の後、乗組員たちの中から一人が立ち上がった。若い技術士官だった。

「艦長……俺たちはそのために、命を懸けるんですか?」


風間はその問いに真剣な表情で答えた。

「そうだ。だが、これは命を懸けるに値する使命だと私は信じている。君たち一人一人が決断することを望む。強制はしない。」


その言葉に、若い技術士官はしばらく黙り込んだが、やがて小さく頷いた。


その夜、艦内の空気は少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。一方、艦橋では新たな動きが観測されていた。


「艦長、南シナ海方面で中国海軍の艦艇が活発に動き始めています。」

藤崎がモニターを指差して報告する。


風間は静かにモニターを見つめ、短く指示を出した。

「南シナ海に向かう。中国の動きを見極める必要がある。」


大村が驚いた表情を浮かべる。

「南シナ海は中国の影響力が強い海域です。危険すぎます。」


「だからこそ行く価値がある。」

風間は短く答えた。「そこにいることで、黎明がどの国にも属さない存在であることを証明できる。」


黎明は静かに進路を変え、南シナ海へと向かう。その行動は、さらなる国際的な波紋を呼び起こすことになるだろう。


その深海の中で、風間悠馬と乗組員たちは、新たな未来を切り開くための挑戦に身を投じていく。彼らの選択が世界をどう変えるのか――その答えはまだ誰も知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る