第2話
かなり古い装飾のボロボロなソレが何か、最初はわからなかった。
なのにどうして手帳と判断したのかと言えば、手に取ってみた際にどこか温かみのある紙の感触があったからだ。
「ほい。これで全部だと思うが」
「うぃ!」
まとめて手渡すと、外国人美少女はパァ~~と明るく微笑みながら鞄の中に拾った物達を放り込んでいく。やや雑な扱いから大して大事な物でもなかったか? などと邪推してしまったが、その中でも古めかしい手帳だけはとても優しく丁寧に扱っていたので本当に大切な物だった可能性が高い。
「改めてごめんな。ぶつかっちまって悪かったよ」
「ノーノ―ですよ! ぶつかったのはお互い様ですから! むしろフラついていた分、こっちの方が申し訳なかったといいますか……ばらまいてしまった荷物を全部拾ってまでもらって、感謝感激です!」
「お、おお、そうか。そこまで言ってもらえる立場じゃないんだが」
「ご謙遜なさるな! やっぱり日本人はとても優しくて、いい人ですね!」
ご謙遜なさるな……? 変わった言い回しだが。
個人的な感覚ではあるが、文句のひとつやふたつは言われてもおかしくはないくらいの構えでいたオレは、なんともまあ逆に褒められてしまい困惑と照れが入り混じった気持ちになってしまう。
でも、同年代の可愛い子にそう言って貰えて悪い気分になる男は皆無だろう。
……とはいえ、いい人という表現は誤解だ。
「オレがぶつかったせいで大事な荷物が散らばったんだ。せめてもの詫びに拾うぐらいはするさ」
「大事な、わび?」
小首を傾げる少女。
それだけで一枚の絵になりそうな可愛らしさがあふれだす。ただ、そこに「意味が分からない」といった雰囲気が混じっているのは何故だろうか。
「違ったか? その手帳、あんたにとってかなり大事な物なんだろ」
「はい、これはとても大切な物ですネ! 詫び?で拾ってくれてサンキューです」
少しだけ独特のイントネーションの言葉とそれに交じる「ちょっと分からん」といったご様子。ふたつが合わさって、オレは「あっ」と納得した。
かなり流暢な日本語を話しているので一足飛びで意識外に出てしまったのだが、相手はそもそも外国の子だ。
『詫び』なんて日本語の意味が、上手く伝わるはずもないわけだ。
「すまん、言い方が悪かった。詫びってのは……えーっと、迷惑かけたから謝るための誠意を示す意味があって――分かるか?」
「大丈夫!」
「なら良かった」
オレの拙い説明(身振り手振り付き)が変だったのか。外国人美少女さんはサングラスで目元が見えていないにも関わらず分かるほどに、顔を緩ませているが分かる程に笑っているようだ。
「あ!?」
「どうした?」
「すいません、今のお話からすると私もあなたにわびないといけません!!」
「いや、その必要はないぞ」
オレの左手を両手で握られて詫びようとする女の子は大分慌てている。
しかしオレは物をぶちまけてもなければ、怪我もしていない。
手に持っていた飲み物が無いのは、さっき彼女の荷物を拾う時に道端に置いたからであって至って無事――。
――コツン。ばしゃあ。
「あ」
訂正。
今、オレの足が飲み物を蹴っ飛ばしたので無事ではなくなった。
「ご、ごめんなさ!? 私が不用意に近づいたからですね?!」
「いや、そんなことないから」
言えんだろさすがに。
あんたみたいな美人さんに触れられて、ちょっとびっくりして後ずさったからなんてこうなったなんて。あと大ボリュームの胸が当たりそうだったので触れないよう気を付けたとか。
がっつりセクハラで訴えられそうじゃないか。
「ほんとに気にしないでいいって。どうしてもって言うなら、おあいこって事にでもしよう。な?」
「ダメです! こういう事は後腐れないように両者合意の上で落としどころへ持って行き、キッチリ片を付けないとならん。そう教わりました!」
誰だよこの子にそんな極道か商売人のような教えを施したのは。
つうか詫びにピンと来ないのに、そっちは変に詳しいのな。ビジュアルと言ってる事がミスマッチすぎてなんともシュールだ。
「いいっていいって。それよりせっかく日本に旅行に来たんだろ? オレなんかに構ってたら時間が勿体ないぞ」
「時間? ……ほわあああああ!!? そうでした、時間通りに行かなきゃいけないんでした!」
「お、おお。それなら早く行くといい」
「う、うぅ……しかし、でもぉ」
ちらちらと腕時計とオレの顔を見比べる女の子。ただ慌てているだけのはずなのに、葛藤の強弱や動きの静動がコロコロと入れ替わっており見てて飽きない。
が。
このままじゃ埒があかないだろうから、オレは握られていた手を放してからこぼした飲み物を片付けて「じゃ、これで」と手を挙げて去ろうとする。
「待ってください!!」
今度はガシッと捕まえられてしまった。
ただ、そのまま強く引き留められたわけじゃない。彼女は何やら急いでカードのような物を取り出して、オレに握らせる。
カードの正体は……名刺のようだった。
「ソレにアドレスが載っていますので、後で連絡してください! 次に会う時には必ずオトシマエをつけますので」
「マジかよ」
オレは後々オトシマエをつけなきゃならんレベルでやらかしてたというのか。
これが外国流……。
「いいですか、絶対連絡してくださいね! でないと――」
「でないと?」
「とっっっっってもご立腹になりますから!!」
「お、おおっ」
連絡しなければオレを怒ることも出来ないと思うんだが、その辺はどう考えているのだろうか。名前も名乗っていないのだから、顔と背格好だけで探し当てるとでもいうのか? もしそんなことが可能なら一般的な個人の力を大きく超えているぞ。
まさか、ガチで裏社会の関係者……なんてことない、よな? 万が一そうだとしたらどこぞの海に沈(ちん)されるなんてハメになったりして。
――ハッハッハ、洒落になんねえって!?
「ではまた!」
しゅたっと手を挙げて、外国人美少女がキャスターケースをゴロゴロ鳴らしながら去っていく。その移動はどこかフラついて危なっかしく、見送るこっちがハラハラするものだったが……さすがにこれ以上何かするのもお節介というものだろう。
なので、せめてもの声だけをかけることにした。
「急いで遠くに行きたいなら、バスかタクシーを使うといいぞ! ターミナルが近いからすぐに乗れる!」
「おーけいっ!」
「それから!」
「??」
最後に、しっかりと聞こえるように声を張り上げる。
「良い旅を!!」
せっかくあんなにも希望と夢いっぱいでキラキラしているのだから、どれくらいの旅行なのかはわからないが滞在している間は良い時間を過ごして欲しい。
そんな、おそらくはありふれたお見送りに対して、キラキラした女の子はさらに輝きを増しながら返事をしてくれた。
「Kiitos (キートス)♪」
思いがけない小さな出会いは、こうして終わった。
キラキラした女の子は見えなくなり、あとにはくすくすしているオレだけが残る。
「なんとも珍しい体験だったな。あ、そろそろ道晃(みちてる)も着く頃か」
元々待ち合わせをしていた友人(ダチ)との待ち合わせ場所に向かいながら、さっきのインパクト特大な外国人美少女とのやり取りを振り返る。
強引に渡された彼女の名刺が、さっきの出会いが夢幻(ゆめまぼろし)ではなく実際に起きた出来事なのだと告げているようだった。
「連絡……か。あとで適当にしてもいいが」
それにしても、と名刺に書かれた文字を眺めながら思い返す。
「最後に返してくれたあの言葉は――」
絶対英語じゃないよな。キートスだっけ?
びみょーーーに聞き覚えがあるような気がしないでもないが。
どちらの異国の言葉なのか。その意味は?
調べれば多少はわかるんだろうが……どうせなら次に話す時に訊いてみるのもいいかもしれない。
何故なら、その方がよりキラキラできそうな気がするから。
勝手な期待をしながら、オレはのんびりと友人が来るであろう方向へと道を進んで行く。
そんな頭の中は、少女との出会いと別れでいっぱいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます