EP038
「さあ、登るわよ。」
「これを…?」
「そうよ。」
「本当に。」
「誰も噓なんか言わないわ。」
そう言うとエバはうず高く積み上げられた新聞紙の柱のひとつに右の前足をかけた。
その前足の指の先から真っ赤な鎌のような形の爪を出し、新聞紙に突き立てた。
「よいしょっと。」
そう言って勢いをつけて体を持ち上げるとエバは新聞紙の柱と水平の姿勢になり、さっきまでと同じように優雅に新聞紙の柱を歩き出した。
ピンと上げた尻尾を少し左右に振りながらそびえ立つ新聞紙の柱を道のように歩いて行くエバ。
『やっぱりここには天地はないんだ…。』
そう思い僕も新聞紙の柱に飛びつき体を起こそうと試みた。
しかし、僕には体を起き上がらせることは不可能だった。
普通に木にしがみついているのと何ら変わらない状況だったのだ。
『ちゃんと天地があるんだ…。』
目の前をエレガントに歩いて行くエバが、僕の視界からどんどん遠ざかっていく。
僕は置いてけぼりを食わないように木登りスタイルで必死について行った。
でもやはり、疲れることも息が上がることもなくエバの後をどうにかこうにか追従していけた。
「チリーン。」
新聞紙の柱の頂上に到着すると同時にエバの金の鈴が鳴った。
頂上の空中には、円形のハッチが付いていた。
『今度の扉はこのハッチなのか…。』
それは、灰色の塗料で塗られた見るからに古い、そして分厚い鉄製の重厚なハッチそのものだった。
「開けて。」
灰色のハッチの真ん中に円形の鉄製のハンドルが付いている。
それを指差し、エバに聞いてみる。
「これを回すのかい?」
「相変わらず、好きな事以外は何も知らないのね。そうよ。」
エバの言い回しに引っかかるところはあったけど、次の世界に興味があって、黙ってハンドルを回すことにした。
見るからに重そうなハッチのハンドルだ。
僕が力を込めて回しても、回るのかどうか…。
などと考えつつ、ハンドルを僕のありったけの力一杯で回すと…。
ハンドルは独楽のようにクルクルと回り出した。
全く摩擦も抵抗もないみたいにクルクルと回り続けた。
その回転は遅くなることなく、逆にドンドン回転スピードを上げていく…。
『どうなってんの…?』
あまりにも回転速度が速くなったせいかハンドルの心棒がオレンジ色に変色を始めた。
『これ…、大丈夫なのか…。』
心棒のオレンジ色はだんだんと赤みを帯び出し、そして白く発光し始める。
刹那、
心棒は折れ、ハンドルは飛んでいってしまった…。
『…。』
「じゃあ、開けて。」
「これで開くのかい?」
「そうよ。」
僕は深く考えず、ハッチを押した。
ハッチは押されて簡単に口を開いた…。
「うわぁ!!!危ない!!!」
ハッチに顔を突っ込むと、フライングディスクが飛び交っていた。
そのおかげか、ハッチに頭を突っ込んだ時の頭の中に走った電流を余り気にすることはなかった。
フライングディスクは、単なる
「まるで、空飛ぶテレビだな。」
フライングディスクが飛ぶ音も独特でグラスハープが奏でるような音を立てて飛んでいくのだ。
曲を奏でているわけではないので始めはとても耳障りに感じるのだが、しばらくすると違和感を感じなくなる。
脳が落ち着き始める。
『いわゆる…、サブリミナル効果的な何かか…。』
縦横無尽に飛び交う空飛ぶテレビからは、様々なジャンルの様々な情報が垂れ流されていた。
ニュースもあれば歌もある。
ドラマもあれば漫才もある。
ドキュメンタリーもあればアニメーションもある。
なんもかにもてんこ盛りである。
ルールも秩序もない映像情報は要る要らないにかかわらず一方的に一方方向から好き勝手に発信されていた。
僕からは何もできない状態。
抗議も賛同も。
感想も感動も。
受け取り手側からは何一つアピールすることはできない。
この状況に何かしらの腹立たしい気持ちが、言葉になって無意識のうちに僕の口から出てしまう。
「うるさいな。」
「この時は喧噪が時代の象徴だったのよ。」
エバはなんのこともないかのように解説してくる。
「エバは長い耳で大丈夫なの?僕はノイローゼになっちゃうよ。」
「慣れればなんてことなくなるよ。」
「そんなもんか…。」
「そんなもんよ。君も慣れるよ。」
「慣れたくないね。」
「なぜ?」
「この喧噪が大事な何かを忘れさせそうだから…。」
「ふう〜ん。」
僕は喧噪にさすがに耐えきれなくなり、両手で耳を覆ってしまう。
すると僕の耳には何も聞こえなくなった。
その静寂の中で、僕の頭の中で何かがつながる感じを受けた。
≪続く≫
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