EP027
「ジロ、明日の食事はオーダーしといたから、それ食べててね。」
「えっ?!」
「明日一日、ワタシはメンテに入るから、邪魔しちゃダメよ。」
「そう…。分かった…。」
アリスの不意な言付けに、私に緊張が走った。
前にも何度か同じようなことがあった気がする…。
しかし、私の脳はその記憶を呼び出してはくれない…。
ただ、嫌な感じの事ではなかったが、何か慣れるまでにぎこちなかった思いがあった…。
翌日は、アリスと一度も会話することはなかった。
少し前のように、独り住まいの状態に戻っただけなのに、私はもうそれには慣れていなかった。
難病を克服してから、ずっと一人でやってきたのに、今はそれに少なからず恐怖を覚えてしまう…。
『私はいつの間にこんなに弱くなったのだろう…。』
この日アリスは、人感センサーをカットし、レーザーカーテンを入れたまま、パントリーに籠りきりだった。
この家にはドアのある区切られた部屋は存在しない。
これは、【開放感】と【地震対策】にポイントを置いて、以前の私が設計したと兄妹が言っていた…。
私自身には全く覚えがないのだが…。
過去の私には、繊細な感覚とリスクマーネジメントに対する意識が備わっていたんだ…、としか、今の私には思えない。
まるで他人事だ…。
この家で唯一、仕切られている空間は、パントリーだけ…。
パントリーの入り口には害虫・害獣の侵入を阻むため、レーザーカーテンが設置されている。
出入口の枠に縦横に張り巡らせた低出力のレーザー光線で害虫・害獣の侵入を阻止する設計となっている。
低出力のレーザー光線なので、人間が触れても害はないが、虫程度なら焼け死にネズミなら怪我を負う。
レーザー光線は、人感センサーによって、オン/オフが行われる。
特に、レーザー照射時は光線をスモークで可視化させており、視覚でもオン/オフが分かるようになっている。
これも以前の私が考えたものらしい…。
今の私からは想像もつかない…。
レーザー照射時はスチームスモークで光線を可視化させているので、パントリーの中は見えない。
アリスはメンテナンス毎に、ここに閉じ籠る。
籠る理由は不明…。
アリスにはアリスの都合があるのだろう…。
いつものメンテナンス作業は長くともせいぜい15分程度…。
一日ががりのメンテナンスは今までに1、2度あったような気がする…。
その度に私はやきもきしたような覚えがある…。
次の日の早朝。
私は気が気でない思いでパントリーへ向かった。
パントリーの出入り口に近づいても、やはり人感センサーは作動しない。
まだ、アリスによってレーザーカーテンのセンサーは切られたままだった。
『かかってるな…。』
メンテナンス中だというだけのことなのに、私はこの場から離れることができなかった。
やきもきした気持ちでこの場に立っていた。
そんな気持ちでどれくらいの時間、この場に立っていたのだろう…。
私にとっては長く重い時間の歩みが、苦痛以外の何ものでもなかった。
1秒が1秒でない感覚…。
何ものかに引っ張られ前に進めないもどかしさ…。
断頭台の上で斬首される瞬間を待っている暗澹たる心持ちような…。
私の中でぐちゃぐちゃな思いが渦を巻いていた。
私の苦悩が限界をむかえようとしたその時、レーザーカーテンの人感センサーが反応し、レーザーが切れた。
そして…、
パントリーの中から、真っ黒な歪な円錐型の物体が床を滑るように出てきたのだ…。
≪続く≫
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