EP004

次の日の午後、兄から私の携帯電話に電話が入った。


「次郎、今、大丈夫か?」

「昼休憩中。大丈夫。」

「お前、昨日、銀行から結構な金額をおろしたか?」

「はい。」


兄はあの時以来、私の貯金の管理をしてくれている。

私の貯金といっても、前職の退職金、現職の給料、それと年金が入っているに過ぎないのだが…。


「何に使った?」

「家の排水管…。補修工事…、してもらった。その代金…。」

「次郎、家が壊れたのか?」

「壊れてない。」

「じゃあ…、なんで補修工事を…。」

「工務店、来て…。調査してくれた…。」

「そういうことか…。その工務店の名前わかるか?」

「家に帰れば…、領収書で…。」

「じゃあ…、それを私のところに送ってくれ。」

「分かった。」

「大丈夫だ。心配しなくてもいい。」

「はい。」


この兄からの電話では、私には何も分かっていなかった。

後日、家を訪れた妹から、私が詐欺にあっていたことを聞かされた。

妹は家族とともに近郊に住んでいて、定期的に一人暮らしの私の様子を見に来てくれる。

聞かされた当初は、「そんなことはない…。」と、「近隣住民のためを思って…。」と、必死に自分を正当化しようとした。

私は妹の話を頑なに拒んだ。


しかしこの数日後、兄に頼まれた弁護士が家を訪れ、その工務店が数多くのところから訴えられている事と、今起こっている事と、今後起こりうる事を、事細かく説明を受けた。

それでやっと私は理解した。


弁護士は帰り際に兄からの預かりものだという1枚の真っ黒い頑丈そうなカードを手渡してきた。

「お兄様からの伝言です。今後お金をおろすのは決められた日に決められた金額だけにすること。急にお金が必要になった時は、このカードを使うこと。このカードは肌見放さず持っていること。」

以上を伝えると、弁護士はそそくさと帰っていった。






修理の済んた薄汚れた白の自転車をこぎながら、何故かこの時のことを思い出していた。














私は兄妹に守られながら可能な限り平穏に日々を過ごせるよう努めていた。

可能な限り、毎日、同じ生活を送ること。

同じ行動をすること。

そうすることで、私は平静でいられるから…。


そんな彩りのない繰り返しの日常を何年も送ってきた。

今日も、油と埃にまみれた歯車のような生活を続けている。

気がつけば、今年ももうあと数日となっていた。






私は12月の最終週の金曜日に仕事を納め、新年1月の第一週の金曜日の仕事始めまで休みとなる。

私の希望から年末年始に長期の休暇をとるわけではない。

今の仕事場で働き出してからは毎年のことだ。

これは、会社と私のことをこの仕事先に斡旋してくれた就労支援機構との取り決め事になっており、私はそれに従うしかないのだ。

ただ、薄給の時給アルバイト契約である私にとっては、長い無給休暇などもらってもなにもうれしくはない…。






そしてこの年の最後の仕事も終わり、最寄り駅で薄汚れた白の自転車を回収し、こぎ出そうと思ったのだが、明日からの長い休みのことを思うと急いで帰っても仕方ないと思い、薄汚れた白の自転車を押して歩いて帰ることにした。


なぜ、そんなことを思いついたのか分らない。

ただ、いつもと違うことをしてみたくなっただけのことだろう。


『反抗か…。なにに対して…。』





年の瀬の町は静かで、まだ夕方なのに道行く人もまばらだった。

このいつもとは違う帰り時間中に、今年を振り返るでもなく、来年に思いを馳せるでもなく、何も考えることなく、いつもの帰り道をトボトボと薄汚れた白の自転車を押して歩く。

いつも通りにいつものコンビニに寄っていつもと変わらぬ夕食を調達する。


コンビニを出ると、家までは薄汚れた白の自転車で5分ほど…。

今日は歩くことにしたので、10分ぐらいでは着くはずだ。

ただ、コンビニから家までは、街灯も少なく、冬の夕刻はめっきり暗い。






私はあの時ことのせいなのか、ここ数年、急に目が悪くなり、眼鏡が必需品となった。

兄妹は全く目は悪くない。

特に暗がりではより視力は低下し、かなり近づかないと物を判断しづらい状況だ。


家までの道を注意深く薄汚れた白の自転車を押しながら歩く。

人や物に当たらぬよう細心の注意はらいながら路肩を進む。

いつもなら車道を薄汚れた白の自転車で走り抜けるだけ。

なのに今日は、歩くと決めたから、歩きづらい路肩を薄汚れた白の自転車を押して歩く。






帰るだけなのに神経を擦り減らしたが、もう家まで数メートルのところまで辿りついた。

こんなに寒いのに、おでこに汗をかいていた。

自宅の門扉の前に薄汚れた白の自転車を止め、鍵を出そうとナイロン製の黒のショルダーバッグをまさぐっていた時、ふと、自宅の敷地の一角にあるゴミ集積所が目に入った。


「ん?」













私の父は母と結婚して直ぐにここに家を建てたそうだ。

今ではひしめき合うように家の建つ住宅街になったが、父が家を建てた頃は、周りに誰も住んでいないような場所だったそうだ。

そんな長きに渡って同じ場所に住み続けた結果、町内の古株で信頼も厚かった父は、長きに渡り町内会長を務めていたらしい。





父の町内会長時代に自治体が、この地区の住宅の増加から、ゴミの回収方法の変更を要請してきたようだ。

それに伴い各町内に、ある要求が行われたそうだ。

それは、各町内にゴミ集積所を必ず設置して下さいという要求だったようだ。

それまでは明確な集積所というものはなく、住民たちが勝手に公園の一角や数多あまたある電柱の一本にゴミを積み上げていたらしく、それを自治体のゴミ回収車が回収に来ていたらしい。


しかし、自治体の新たな決定は、各町内が決めたゴミ集積所にあるゴミしか今後は回収しないということだったようだ。

ただ、住人の誰一人として臭いゴミを自宅近くに積み上げて欲しい者などいるはずもない。

そんな様子を見かねた父は、町内会長として自宅の敷地の一角をゴミ集積所にするため、町内会に供出したそうだ。

父は自作で灰色のコンクリートブロックを積み上げて、白色のプラスチックトタンの屋根を持った今に至るゴミ集積所を作った。






亡くなるまで、このゴミ集積所の維持、管理は父がやっていたということだった。

今は、父と入れ替わりでこの家に戻ってきた私がやっている。

そんなことをしている私に対し妹は、「兄さんは変わったわね。」と、会うたびに言う。





≪続く≫




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