第4話

「断った場合、失敗した場合は会社を辞めて頂きます。私にはそれが可能ですから」

「そんな一方的な」

 専務の妻ともなれば、会社にも顔がきくのだろう。


 話しを聞いた時点で……いや、目を付けられた時点で亜都に断る選択肢はなかったのだ。

 断ればクビ。失敗してもクビ。だが、成功したら父の工場も自分も守ることができる。

 選ぶ道はひとつしかなかった。


「わかりました。税金など処理した上でこちらの手取りが一億になるようにしてください」

「それくらいは致しますわ」

 清良はひとかけらの邪念もなさそうな笑顔を見せた。




 翌日、亜都は秘書室への即日の異動を告げられた。昨日のうちに清良から言われていたから驚きはなかった。

 デスクの荷物を片付け、秘書室に行く。

 秘書室のメンバーに紹介され、専務の専属秘書の水木恭平みずききょうへいの指示でコーヒーを淹れた。重役フロアの給湯室は設備も食器もすべてが高そうだ。


 怜也のカップは黒地に金と緑で幾何学模様が描かれ、取っ手の金がボディとの対比で美しく映える。皿は中心から金線が伸びて黒から緑へのグラデーションが麗美だ。

 アールデコ時代のアンティークだと言われ、亜都の緊張は高まった。


 淹れたコーヒーをトレイに載せ、恭平とともに専務の執務室へ向かう。

 恭平がドアをノックし、部屋に入る。

 中には大きな木製デスクでパソコンに向かう怜也がいた。


「失礼します。本日秘書室に配属になった琴峰亜都さんをお連れしました」

「琴峰亜都です。よろしくお願いします」

 頭を下げると、しかめっつらの怜也の冷たい眼差しが刺さった。


「なんでこの時期に」

「人事に確認しますか?」

「いや、いい」

 ぶっきらぼうな怜也に、亜都は萎縮して小さくなるばかりだ。


「琴峰さん、コーヒーを」

「はい」

 恭平に言われた亜都はデスクに近付き、コーヒーをソーサーごと手にする。緊張で震えて食器がカタカタと鳴った。


 怜也がぎろりと亜都を睨む。

 ひっ!

 びくっと震えた直後、カップがソーサーから滑り落ちた。

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