第14話 私たちは……冒険者になる!
私はまだ、アベノルド王子の婚約者……だと!?
いったいそれはどういうことだ! 責任者を呼べ!!
「ちょっ、どういうこと!? くく、詳しく!」
「わわわわっ」
私はセルティーア嬢の肩を掴み、ぶんぶんと前後に揺らす。今のは、聞き逃せない言葉だ。
私がまだ王子の婚約者だって? そんなのってないよ!
だいたい、王子自ら婚約破棄するって言ったじゃないか! 卒業パーティーのときはうやむやになっちゃったけど、今回はきっちりと聞いたぞ! 私も受け入れたんだぞ!
なのに、なのに……
「どおじでだよぉおおおおお!!!」
「し、シャル様! 落ち着いてください!」
ぶんぶんとセルティーア嬢を揺らしていると、リーシャーに止められる。
あまりの勢いにセルティーア嬢は目を回していた。それに気づいて私は、手を離した。
「あ、ご、ごめんなさい、セルティーア様」
「あぅううう……世界が、まわるぅ……」
まるでマンガみたいに、目をぐるぐるにしている。
よほど強く振ってしまったのか、「あぅあぅ」と口にするばかりだ。申し訳ない……それはそれとしてかわいい。
「……おそらく、まだ正式に婚約破棄されていないということです」
すると、リーシャーが口を開いた。私はリーシャーを見る。
「どういうこと?」
「卒業パーティーでは、大勢の方々がいました。その前で大々的に婚約破棄を発表すれば、すぐにそれは国中に広がります。ですが、今回は……」
「……セルティーア様の屋敷の庭園だから、聞いてた人が少なすぎると」
こくり、とリーシャーはうなずいた。
つまりは聞いていた人数が少ないことが問題、ということらしい。
あの場にいたのは、私とリーシャー、セルティーア嬢に使用人……そして王子と、護衛の兵士たち。ほとんどが身内だ。
そんな状態で宣言しても、あまり効果がないってことだ。
貴族としては、なるべく大勢の人に周知させたいのだろう。
「てことは、私が本当に婚約破棄されるためには……」
「……大勢の前で改めて、という形になるかと」
なんてこった。またあんな目に遭わないといけないのか。婚約破棄のためには多少の苦汁を舐めるつもりではいたけど……
なにかを得るためにはなにかを支払わなければならない……ってやつかな。婚約破棄されるために私は苦汁を舐める、変な話だ。
「あ、あの……シャルハート様は、王子に婚約破棄されたい、んですか?」
ようやく戻ってきたセルティーア嬢が、今のやり取りを聞いて首を傾げた。困惑している。
ま、そういう反応になるよな。
「ここまで来て隠す意味もないですね。えぇ、私は王子に婚約を破棄してもらいたいと思っています」
そして! それがようやく!! 叶おうというのに!!!
「そ、それはまた、どうして……」
「……いろいろありまして」
どうして、と聞かれれば自由が欲しいから、と答えるが……あんまりそういうこと言うのもよくないだろうな。
なので、適当にごまかしてみたんだけど……
「……そう、ですか」
セルティーア嬢はなぜか、しみじみとうなずいた。「わかります」と顔に書いてあるようだ。
多分、王子の性格面でつらいことがあった……と誤解しているな。まああながち間違いでもないけど。
私がただ自由が欲しいだけで婚約を破棄したいのなら、相手がどんな人間でも変わらないってことになる。私だって、誰でも婚約破棄したいってわけじゃない。
これでも一応好みはあるし? アベノルド王子はストライクじゃなくてボールだっただけで。
しかもあの男、以前「キミは王妃としてただ座っていてくれればいい」なんて言いやがったんだ! 私のこと鳥籠の中の鳥としか思ってないよ!
「自由が失われると思ったから……」
だから私は、この人はだめだなと見切りをつけた。
もしも私の意思を尊重して自由にしていていいよと言ってくれる人なら、考えたかもしれない。
「しかし、シャルハート様がまだアベノルド王子の婚約者である以上、冒険者には……」
と、セルティーア嬢は残念そうに言う。
さっきはテンションがハイになっていたけど、冷静に考えたらとんでもないことをしでかしたと思ったのだろう。
だけど私は、セルティーア嬢の手を取った。
「え?」
困惑するセルティーア嬢に、私は言葉を続ける。
「そんなに悩むことはないわ。なりましょう、冒険者! 私とセルティーア様、そしてリーシャーで!」
「えぇ!?」
「はぁ?」
ぎゅっと手を握り、目が点になったセルティーア嬢を見つめる。私の言葉を受けて、口を大きく開けてしまっている。
リーシャーの顔は怖いので見ない。後ろからなんか圧を感じるけど、振り向かない。
そうだ、別にまだ婚約関係にあろうが関係ない。大勢の前で婚約破棄しなければってのも、王子の立場的な問題もあるのだろう。
そんなもん、知ったことか。
どうせ婚約破棄で捨てられるんだ……なら先に、こっちから捨ててやる!
「冒険者、やりましょう!」
そして私はもう一度、力強くセルティーア嬢を見つめながら、言った。
困惑セルティーア嬢も、私の勢いに押されつつあったようだけど……私の真剣な思いを汲み取ってくれたのだろう。
もう片方の手で、私の手を握り返してくれる。
「よ、よろしいんですか?」
「はい! 私も、冒険者に憧れていたんです!」
「そ、そうなんですか……!」
お互いの気持ちを交換し、私たちのボルテージはどんどん上がっていく。
後ろでリーシャーがため息を漏らしているのがわかるけど、もうそんなことは気にならなかった。
今私たちの気持ちは、たった一つだけ。
私たちは……冒険者になる!
――――――
第一章はここまでです。婚約破棄されたい転生令嬢、その葛藤と求める自由。冒険者への夢を諦めきれず、運命の導きに乗る!
当初は普通に嫌味な奴として出すつもりだったので、セルティー「ア・クドイ」→あくどいで言葉遊びしてみたのですが、なんか普通にいい子になっちゃいましたね。ちなみに王子の名前もちょっと遊んでます。
次回から、第二章 婚約破棄令嬢は冒険者へが始まります。
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