第13話 私と、冒険者になりませんか?



「……失礼します」


 私の部屋に足を踏み入れるのは、セルティーア・クドイ……王子直々に、未来の妻になると宣言された女性だ。

 私もさっきまでお茶会をしていた人物が、なんで私の部屋にいるのか。なんで私の部屋に入ってきたのか。


 ……扉ではなく、窓から。


「あ、あの、セルティーア様?」


 さすがのリーシャーも、目の前で起こっていることがちゃんと認識できていないようだ。ぽかんと口を開けている。


 それもそうだ。おとなしそうだった彼女とは思えないほどに大胆な行動があったのだから。

 窓の外に自分がいると私たちに伝え、リーシャーが窓を開けたところで"壁を登って"窓から部屋に入ってきたのだ。


 なんとアクティブだろうか。それに、なんか顔つきも凛々しくなっている気がする。髪をかき上げているからだろうか?


「申し訳ありませんシャルハート様。こんな時間に、こんな形でお邪魔することになってしまい」


「えぇ? あぁ……いや……」


 ぺこりと頭を下げる彼女の服装は、先ほどまで着ていたドレスではない。

 目立たないような、無難なティシャツに短パン。とても貴族令嬢が着るようなものだとは思えない。


 それでも美しさが見て取れるのは、彼女の元々の気質のようなものだろうか。


「えっと……どうしてここに? それに、その格好は……」


 とはいえ、いつまでも驚いて固まっているわけにはいかない。

 いかないため、疑問をぶつけるのだけど……これも、なにをどう聞いたらいいのか。


 私の困惑を知ってか知らずか、セルティーア嬢は私との距離を一歩詰める。

 そして、私の手を両手で取るではないか。


「あ、あの……?」


 小さく、柔らかい手だ。同じ女の子なのに、ドキドキしてしまう。


 そんな私の顔を見るセルティーア嬢の瞳は、今まで見たことがないほどに真剣だった。

 まあ、見たことがないってほど彼女と接してきたわけではないのだけど。


「シャルハート様!」


「は、はいっ」


 名前を呼ばれ、自然と背筋が伸びてしまう。

 こうして真正面から手を繋がれることなんて初めてだから、緊張しているのだろうか。


 そして彼女は、口を開く。その先の言葉を、口にする。


「私と、冒険者になりませんか?」


 ……と。


「……へ?」


 あまりに熱量のこもった瞳。いったいなにを言われるのか身構えていた私は……予想もしていなかった言葉に、意識せずに声が漏れた。

 それは、もはやこの数日で何度目となる間の抜けた声だった。


 少なくとも令嬢らしくはない声。でも、こればかりは仕方ないだろう。

 だって……だって……


「ぼう、けん……しゃ?」


「はい!」


 私はなんとか、先ほどの言葉を返す。するとセルティーア嬢は、強くうなずいた。

 あぁ、聞き間違いじゃなかったんだ。


 後ろのリーシャーに、振り向き視線を送る。するとリーシャーもまた、今までに見たことがない表情を浮かべていた。

 あぁ、これ……やっぱり聞き間違いじゃないのね。


 私はセルティーア嬢を見つめ直す。


「あの……申し訳ありません、いきなりのことで。なにがなんだか」


「あ、そうですよね。すみません、突然」


 私が困った顔をしていることにようやく気付いたのか、セルティーア嬢ははっとして手を離す。

 それから詰めた距離を空けると、ふぅと軽く息を漏らした。


「えぇと……セルティーア様は、王子の妻になるのでは?」


「なりません、あんな人の妻になんて」


 おぉ……確認のために聞いただけなのに、思いの外強い言葉が返ってきたぞ。

 あんな人、ときたか。


 やっぱりセルティーア嬢は、王子に無理やり手籠めにされそうになってるってことか。


「それで、冒険者?」


「……冒険者自体には、昔から憧れがあったんです。私の叔父にあたる方が、トレジャーハンターでして……小さい頃は、よく内緒でダンジョンに連れていってもらったものです」


 なにその話。叔父がトレジャーハンター? めちゃくちゃ気になるエピソードなんだけど。


「元々、貴族令嬢としての生活は……堅苦しいものだったんです。でもそれを乗り越えられてきたのは、叔父に冒険に連れていってもらった記憶です。今でも、素敵な思い出です」


 いや、そのエピソードもっとちょうだいよ! 気になるんだけど!!


「しかし、いくら思い出があっても、やはり限界はあるものです。貴族として、王子の逆鱗に触れないように取り巻きの一人として息をひそめてきました。

 ……なのに、いきなり妻にすると言われて! 私もう、耐えられません!」


 ……自由を求める彼女にとって、王子との関係はそれは息が詰まるものだろう。

 なんだか、私と似たものを感じるな。


 それに、冒険者への憧れっていうのも。


「それに、婚約者であるシャルハート様でさえ、いきなりあんなことをされたのです。私だって、いつ似たようなことになるか」


「……それもそうかもね」


 あの、自分第一主義の王子のことだ。またいつ、気分が変わるかわかったもんじゃない。

 私が婚約破棄された以上、また同じようなことが起こらないとも限らないのだ。


「しかしセルティーア様、いきなりそのような話……」


 ここまで口を閉じていたリーシャーが、一歩前に出る。

 あまりに突然の出来事に、リーシャーさえもまだ整理が出来ていないのだ。


「はい、いくら自暴自棄になっていたとはいえ、やりすぎでした。シャルハート様も、突然こんなことを言ってしまってすみません。そもそもシャルハート様はまだ、アベノルド王子の婚約者なのに」


「いやまあ、驚きはしたけどさ。私としても冒険者には昔から興味があったし……ん?」


 謝るセルティーア嬢。自分の行いを恥じている様子だ。

 だけど、私としても渡りに船、というやつだ。これから冒険者になるにあたって、仲間がいるというのは頼もしい。


 しかも、相手の方から誘ってきたのだ。これほど乗り気なら私としても、ありがたい。

 ……と、ここまで考えたところでセルティーア嬢の言葉の中に引っかかりを覚えた。


「えっと……私がまだ、王子の……なんですって?」


「え? その……セルティーア様はまだ、アベノルド王子の婚約者……だと」


「…………パードゥン?」


 ……なん、だと……!?

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