File.25「軟派・序奏」
「いってらっしゃいませ♪ご主人様っ♪」
俺たちは翡翠先輩に見送られ、メイド喫茶を後にした。
「あぁ……眼福だったな……」
「陽彩、マヌケ面で涎を垂らすな」
「んえっ!?よ、涎!?」
俺はマサに指摘され即座に口元を袖で拭う。だが、一滴たりとも涎なんて染みこんでいない。平気で嘘をつかれた。
「ったく、垂らしてたのはお前の方だろ?翡翠会に入ってるくらいなんだし」
「ふんっ、俺をその辺のファンと同等に扱わないでもらえるか?」
うわ出た、一番厄介なタイプのオタクだ。
「でもなぁ、先輩とチェキ撮りたかったぜ。まさか抽選だなんて……」
退店前にメイドとチェキを撮影できるサービスがあったのだが、クジ引きで俺は見事にハズレを引いてしまい、その場に玉砕してしまった。
「本気で悔しがる御角くん、ちょっと面白かったですぅ~!」
「ああ、すずちゃんもその友達もドン引きしてたしな」
「ええっ、マジかよ……」
俺はガクッと肩を落とした。すずはまだしも、すずの友達にまで変なヤツだと思われてしまったのは心外だ。
最悪な第一印象を植え付けることになってしまったが、クロッカスで活躍すれば帳消しどころかプラスになるだろうしな。
うん、前向きに生きよう。
「そうそう、今度はどこに行きましょうかー!」
先頭を歩いていた明智が振り返り、パンフレットを俺たちに見えるように表示する。
「そうだな……白百合さんは、どこか気になるブースはあるか?」
「えっ、結衣……ですか……?」
白百合は明智が表示しているパンフレットを凝視し、ページをゆっくりとスクロールしていく。すると、小さく「あっ……」と声を漏らして動かしていた指を止めた。
一歩引いた場所から傍観していたマサも、白百合の注目したページに興味を示した。
「”~荒廃したヒュドール学園~大量のゾンビィから逃げ切れ!”、か……随分攻めたタイトルだな」
「白百合さん、以外とホラー系好きなのか?」
白百合は頬を赤らめながらもコクリと頷いている。
「別に恥ずかしがることないですぅ~!結衣ちゃんが行きたいのであればお供しますよっ!」
「そうだな、俺も付き合うぞ」
明智とマサはやけに乗り気だが、ホラー耐性の低い俺には少々抵抗がある。しかし、白百合が珍しく自我を出していることもあり、ここは便乗せざるを得ない。
「……さあ、行こうぜっ!!」
俺は明後日の方向を指差し、そのまま何も考えずに歩み始めた。
「陽彩、逆方向だぞ」
「あ、サーセン」
————————————————————◇◆
「なあなあ、やっぱり止めておかないか……?」
「陽彩、ここに来てビビってるのか?」
「だってよぉ……」
俺たちは先進技術学科の3-A教室へ辿り着いた。入場口はいかにもB級ホラーと呼ぶに相応しいような禍々しい装飾が施されており、俺は足が竦(すく)んでしまう。
「御角くん、別に無理しなくても――」
「……いや、男に二言は無ぇ!」
明智から気を遣われそうになったが、もう後には引けない。
「そうですか!じゃあ結衣ちゃんといってらしゃいですぅ~!!どーんっ!!」
「ちょ、うおっ!押すなって!」
「きゃっ……!」
俺は明智に背中を押され、白百合と一緒に薄暗い教室内へと身を乗り出した。
教室内はパーテーションで区切られており、最初の部屋ではフードを被った男子生徒がVRゴーグルを手渡してきた。
「最初に……こちらを……着用してください……」
随分と奇妙な喋り方だが、これも演出だと思えばどーってことは無い。うん。
俺と白百合は目を合わせると、覚悟を決めてVRゴーグルを装着した。画面には不気味なフォントで ≪…Please Wait…≫ と表示されている。正直、今すぐ帰りたい。
「では……お部屋に……ご案内します……」
「んおっ!?」
俺たちは手錠を掛けられ、隣の部屋へと誘導された。本当に帰りたい。
「段差が……ございます……ご注意ください……」
そこは丁寧なんだな……
おずおずと小さい段差を上るとゴム製の少し弾力のある床が広がっており、同時にVRの映像が流れ始めた。
『あなたは……ヒュドール学園に閉じ込められてしまいました……この学園には……あなたと、1000体のゾンビィが収容されています……』
滅茶苦茶な設定だが、ナレーションの声と不気味なBGMが絶妙にマッチングしているせいで、やけに緊張感が走る。
『今から……学園の正面玄関を目指して……全力で逃げてください……床は360度自在に回転するランニングマシンとなっています……思うがままの方向へ……縦横無尽に駆け抜けろ……☆』
急にメタい話になったが、床がゴム製だったのはそういうことか。
ルール説明が終わると、俺たちの手錠は外され、ゾンビの唸り声が部屋中に響き渡った。
「……きゃっ!!」
白百合は怯えて悲鳴を上げた。興味があると言っていたが、本当は無理していたんじゃないのだろうか。
「白百合さん、やっぱ止めとくか……?」
俺は白百合にギリギリ届くぐらいの声量で囁く。
「……いっ、いいえ……!大丈夫ですっ!と思います……」
「……そうか、頑張ろうぜ」
「……はいっ!」
『制限時間は3分間……ゾンビに喰い殺された時点で”GAME OVER” ……それでは……レッツ☆ゾンビィ……』
————————————————————◇◆
「よう、二人ともおかえり。楽しかったか?」
「もう……ごめんだぜ……」
「うぅ……」
俺たちのゲーム結果は惨敗に終わった。白百合は開始10秒で躓いてゾンビの集団の餌食に、俺は残り1分の段階でゾンビに挟み撃ちにされ喰い殺されてしまった。骨肉を噛み砕く効果音が無駄に生々しく、精神的ダメージが非常に大きかった。このご時世によくこんな心臓に悪い企画案が通ったもんだ。
「なんで……お前たちは……やってないんだよ……」
「俺は、陽彩と白百合さんの反応が見たかっただけだからな。外に付いてたモニターで楽しく見させてもらったぞ」
「ですですぅ~!!」
こいつら……
教室の外に取り付けられたモニターには、俺たちのプレイバック動画が流れているが、あまりにも自分の逃げ回る姿が見苦しいのでまともに直視できない。晒し者もいいところだ。
それはさておき、高校生であれだけハイクオリティなゲームを開発できてしまうのは、流石ヒュドール学園の生徒といったところか。
グゥゥゥゥゥゥ……
「……」
突如として鳴り響く腹の虫。それとは対照的に俺たちの間には沈黙が流れる。
腹の虫の飼い主は瞬時にその場にしゃがみ込み、耳を真っ赤にして
「今の……結衣ちゃん?」
「ううぅぅぅ……!」
白百合は必死に首を横に振るが、反応が露骨すぎてむしろ自白しているようなものだ。
「ははっ、もうお昼時だしな。一旦外の屋台でも見に行くか?」
「そうだな!俺も腹ペッコペコだぜ!」
「ですですぅ~!!」
マサの提案に俺と明智は二つ返事で乗っかる。一番腹を空かせていそうな白百合も、明智に撫でられながらトボトボと俺の後ろを付いてきた。
そこまで恥ずかしがること無いと思うけどな……
————————————————————◇◆
「いらっしゃ~い!創立祭限定、”激辛焼きそば”はいかが~!」
「本場、大阪出身の生徒が作る特製たこ焼き、今なら半額サービスやでぇ~!」
入場門を抜けた先に広がる創立祭のメインストリートには数多くの屋台が揃い踏みで、お昼時の今は特に混雑していた。
俺たちは各々が食べたいものを購入すると、一般開放されている食堂へと向かった。
「いっただきま~す!ズゾゾゾゾ……か、辛ぇ~~っ!!」
俺が購入したのは”激辛焼きそば”だ。想像以上の辛さに俺は脚をバタつかせながら悶えてしまう。
「あははっ!御角くんはチャレンジャーですね~!では明智も……はむっ、ん~~っ!おいひ~でふ~~っ!!」
「はむっ……んんっ……!美味しいですっ!と思います……!」
明智と白百合が購入したのはチーズハットグだ。二人のとろけそうな笑顔を見てると、つい焼きそばの辛さを忘れてしまいそうだ。
「んっ、この唐揚げ、揚げたてだな。衣もサクサクしてて美味いぞ」
マサも満足そうに唐揚げを頬張っている。
「クソっ、その場のノリで買うんじゃなかったぜ……なあマサ、俺にも唐揚げ1個くれよ?な?」
「うん、やっぱ美味いな、唐揚げ、ジューシー」
俺は両手を擦り合わせてマサに懇願するが、何故か聞こえていないフリをされたので諦める。この鬼畜眼鏡め。
「じゃあじゃあ、明智の一口いかがでしょうか~!」
「んえっ!?いやいやいや」
「だ、ダメですっ……!明智さんっ……!」
ここで白百合が止めに入るのも変だが、明智は男を誘惑するような行為を平然としてしまうのだから恐ろしい。勘違い野郎という名の被害者が出ないことを祈ろう。
そんな中、マサが何かを思い出したかのように急に手を止め、真剣な眼差しを俺に向けた。
「なあ陽彩、創立祭の伝説って知ってるか?」
「ん?何だそれ」
脈絡のない質問に俺は戸惑うが、マサは我が物顔で説明を続ける。
「創立祭でナンパをすると99.9%成功するって伝説だ。一人で食事をしている女の子とか、狙い目だと思うぞ?」
「おいおい、いくら俺でもそんな嘘には騙されないぜ?」
コイツには散々痛い目に遭わされてきたからな。
とは言いつつも、俺は周囲を見渡して一人で食事を摂っている人間を探し始める。すると、俺たちのすぐ近くで軽食をつまんでいる女子生徒を発見した。創立祭のキャップを深く被っているため顔はよく見えないが、おそらく昼休憩中なのだろう。
「あれれ~?御角くんも、実は彼女とか欲しかったり~?」
「はっ、ははっ!どうだろうなー!俺っ、そういうのよくわかんねーし??」
見透かしているかのような態度をとる明智。テキトーに誤魔化してはみるものの、多分顔に出ている。彼女、欲しいに決まってるだろ。夏はプール、冬はクリスマス、多分他にもあるけど……俺だって一人の健全な男子高校生だ。恋愛への憧れは人並みに抱いている。
華の高校生活、彼女無しで終わらせるわけにはいかねぇ!
「なんだ陽彩、もしかして自信ないのか?」
「やだなぁマサ、この俺が女の子にフラれるわけねぇだろ?ナンパの一つや二つ、俺からすれば朝飯前だぜ!まあ、興味は無いけど!?どうしてもって言うんなら!?やってやんよ!」
創立祭ムードのせいで俺のテンションもおかしくなっているが、ここはマサの安い挑発に乗ってやるとしよう。
「御角くんっ、ファイトですぅ~!!」
「御角さん……」
俺は声援を受けながら近くに座っていた女子生徒の座席に接近する。そして女子生徒の座るテーブルを片手でバンと叩き、前髪を掻き上げる。
「ヘ~イ彼女、ひっとりぃ~??もしこの後暇なら一緒に――」
俺は女子生徒の顔を覗き込んだ瞬間、挑発に乗ったことを心底後悔した。独り寂しく軽食を摂っていた女子生徒は、俺を蔑むようにギロっと睨みつける。
殺気立っている女子生徒――桔梗レエナ先輩は呆れた様子で小さくため息をこぼす。
「一緒に……何ですか」
「あっ、その……失礼しました……」
「……」
俺はそのまま足音を殺すように後
一方、桔梗先輩は軽食を済ませると直ぐに食堂から立ち去ってしまった。
「陽彩、ドンマイ」
「軽いぞ……マサ……!俺は……深い傷を……負ったというのに……ガクッ」
「あちゃ~、御角くん、落ち込んじゃいましたね~」
「御角さん……」
女子二人からは同情の目を向けられているが、俺は机に突っ伏して
「0.1%って、意外と当たるもんなんだな……」
「マサ……お前何感心してんだよ……」
「まあ気にするなよ。3年もあれば彼女くらいできるさ。たった今、その候補は一人消えたわけだが」
「よりにもよってクロッカスの先輩……はぁ……やりづれぇ……」
成功率99.9%なんてのはマサの冗談だろうが、今後関わる可能性のある人物を敵に回してしまったのは致命傷だ。
俺が今後の高校生活に絶望していたその時、校内アナウンスが流れ始める。
『この後13時より、第一体育館にて”
「ん?ろろ?誰だそれ」
「えーっ!御角くん、もしかして:LLをご存じでないのですか!?」
明智は非常に驚いた様子だが、そんなに有名な人物なのだろうか。
「バンドですよ!4人組ガールズバンド:LL!メンバー全員がヒュドール学園高等部に在籍、今最も若者に注目されている激バズバンドですぅ~!ですですぅ~!!あとあと、1stシングルの――」
「オッケーオッケー、明智さんの情熱は十分伝わった」
明智のマシンガントークは加速したら歯止めが効かないだろうからな。とはいえ、まさかヒュドール学園にそんな有名人が在籍していたとは。
「:LLか……俺も名前くらいは聞いたことあるぞ」
「結衣も……:LLの曲……好きですっ!と思います……」
どうやら、世間知らずなのは俺だけのようだ。
「皆さん、もしよければ:LLのライブ、観に行きませんか!?絶対に後悔させませんので!!」
明智は目を輝かせて自信満々に提案をする。白百合はコクリと頷き、マサも親指を立てて賛同した。俺も特に回りたいブースは無いので、時間潰しにはもってこいだ。
「いいぜ、明智さんがそこまで言うなら聴いてやるよ!」
「わー御角くん上から目線」
さっきまで
「ゴッホン!まあいいでしょう!御角くんも:LLの楽曲を聴けばきっと解りますよ!さあ、行きましょ〜!ゴーゴゴー!!」
気を取り直した明智が先導し、俺たちは第一体育館へと向かった。
体育館内はライブステージ用の機材が設置され、開演10分前で既にアリーナは満席状態だ。俺たちは2階のギャラリーに登り、立ち見での鑑賞を余儀なくされた。
「凄ぇ観客……ホントに人気なんだな……」
「:LLを追っかけるためだけにこの学園へ入学する子もいるくらいですからね〜」
「マジか!ということは、明智さんも?」
「いえいえ!明智はそんな……」
紛い物の笑みを浮かべた明智は、どこか儚げな表情でステージを眺める。
彼女は今、何を想っているのだろうか。
『ワアアアアアッッッッッ!!!!!!』
突如、照明が消えるとともに大歓声が湧き起こる。
「おっ、始まるみたいだな」
「きゃーっ♡楽しみですぅ〜!ですですぅ~!!」
「……!」
歓声が鳴り止み、しばらくの沈黙が流れた後、:LLのメンバーがステージに登壇する。
『ワアアアアアッッッッッ!!!!!!』
先程よりも盛り上がりをみせる2度目の大歓声。それに応えるように:LLのメンバーは観客に手を振ったり笑顔を向けている。
そして、ボーカルの女子生徒がマイクを手に取り、観客をぐるっと見渡す。
「……こんにちは、:LLです」
『ワアアアアアッッッッッ!!!!!!』
「今日は、ボクたちのライブステージに来てくれてありがとう。ボーカルの”Tsubaki”です」
低いトーンでありながらも、どこか自信に満ち溢れた雰囲気で自己紹介したボーカルの女子生徒は、淡々とした口調で:LLというグループの説明を続ける。メンバー全員が高等部2年生で、ボーカルのTsubakiはメンバーで唯一クロッカスに所属しているそうだ。
「――今日は、ボクらの愛するヒュドール学園でのスペシャルライブだ。新曲も用意してきたから、ぜひ最後まで聴いてくれ」
『ワアアアアアッッッッッ!!!!!!』
彼女が話を区切るたびに湧き起こる大歓声。彼女の持つカリスマ性は並大抵のものではないことは明らかだ。
「じゃあ早速、新曲を披露させてもらうよ。”Thorny Road”」
『ワアアアアアッッッッッ!!!!!!』
全観客の注目が:LLに向いた瞬間、ドラマーの女子生徒がスティックでカウントを始め、前奏が会場中に響き渡る。
「これが……カリスマの歌……」
俺は瞬く間に:LLの世界に惹き込まれた。
今まで生演奏なんて聴いたことなかったが、ギターの奏でる旋律、ドラムの力強さ、キーボードの奏でる厚みのあるサウンド、そこに絶対的なボーカルが加わることで完璧な調和を生み出している。
「……」
なんだ、この感覚……
全身が宙に浮くような、まるで幻想世界を彷徨っているような……そんな感覚。
この世界には、俺とTsubakiの二人きり。
彼女の歌声が俺の歯車となり、俺は自身の想い描く現実世界を創り出す。
その先の未来には、何が待っているのだろう。
絶望か、それとも希望か。
――わからない。
――不安だ。
――逃げたい。
――でも、逃げられない。
俺がこれから向かうのは”茨の道”――その行く末は、選択の連続によって決まる。
『自分を信じろ、迷ったら進め』
ふと、親父の言葉を思い出す。
俺は――御角陽彩は、茨の道を迷いなく突き進む。
彼女の歌声と共に。
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