File.24「酸味・苦味」

 「おっはようございます~~!!ですですぅ~!!」


 「おっ!待たせて悪いな、明智さん!」


 「いえいえ!明智は楽しみすぎて早く来ちゃっただけですので!」


 来たる学園祭当日、開催時刻の10分前に俺たちは学園の正門前に集合することになっていた。正門前は既に大勢の生徒で溢れかえっており、開始時刻を今か今かと待ち望んでいる様子だった。ヒュドールに限らず、学園都市内の他校の生徒の姿も散見される。


 明智と合流してから間もなくして、見覚えしかない眼鏡男が近づいてきた。


 「おっす陽彩、それに……明智さんで合ってるかな?」


 「よう、来たかマサ。そうそう、この子がウチの学級委員長の明智柚葉さんだ」


 「ですですぅ~!!御角くんの幼なじみの樹くんですねっ!よろしくお願いしますですぅ~!!」


 「ご丁寧にどうも」


 明智はマサに対して深々と頭を下げた。男一人だけだと心細いという俺の要望でマサにも一緒に回ってもらうことになったのだ。


 「あとは……白百合さんだな」


 「そうですね~、この人混みだと見つけるのも一苦労ですね~」


 「……もしかして、”アレ”じゃないのか?」


 マサが指差したのは、立て看板の後ろからひょっこりとはみ出ている髪の毛だった。よく目を凝らすと、仲間になりたそうにこちらの様子をチラチラと伺っている小動物――ではなく白百合の姿があった。俺たちの存在には気づいているようだが、一向に近づいてくる気配は無い。


 「あっ、やっほ~~!!結衣ちゃ~~ん!!ですですぅ~!!」


 そんな白百合にはお構いなく、明智は周囲の注目を集める程の声量で白百合の名前を叫びながら手招きをした。案の定、白百合は余計に引っ込んでしまった。


 「あれ~っ、人違いでしたかね?」


 「明智さん、白百合さんにその手は逆効果かと……」


 「?」


 俺の発言の意図が汲めていない様子の明智は、顎に手を当て疑問を抱いている。


 ここは俺が動くしかなさそうだ。


 「ちょっと呼んでくるよ」


 俺は立て看板まで駆け足で向かい、既に恥ずかしさのあまり顔を真っ赤に染めている白百合に声を掛ける。


 「白百合さん、おはよう!」


 「ああああ、みみみみ、み、みか」


 「あー……えっと、とりあえず皆のところに行こうぜ、ほらっ」


 変に注目を浴びてしまった為に、気が動転している白百合の手首をやや強引に引き寄せた俺は、マサと明智が待つ場所まで向かう。


 「白百合さん、おはよう」


 「結衣ちゃん、おはようございますですぅ~!!」


 マサは控えめに手を上げる一方、明智は腕が取れそうな勢いで腕をブンブンと左右に振っている。


 「あ、え、えっと……お、おは――」


 「結衣ちゃん、今日は楽しみましょうねーっ!!」


 「えっ、わ、わっ……!」


 明智は白百合の言葉を遮るように飛びつき、白百合に頬ずりをした。彼女のスキンシップの激しさには時々手を焼いてしまうこともあるが、先日の出来事で二人の仲が深まったのだとすれば、そこまで悪い気はしないな。


 待機列に並んでから程なくして、校内アナウンスが流れ始めた。


 『ただいまより、第40回ヒュドール学園創立祭を開催いたします』


 待機列からはワアーッ!と大きな歓声が沸き上がり、会場のボルテージは早くも最高潮に達した。俺も釣られて叫んでみたりする。


 「うおっしゃあああああああああ!!!!!楽しむぜぇ~~~~っ!!!!!」


 「ははっ、まるで子供だな、陽彩」


 「御角くん、素直で可愛い部分もあるんですね~!明智、キュンキュンですぅ~!!」


 「御角さん……」


 尚、同伴者の反応はご覧の通りでした。読者の皆さん、友人の前で無闇に叫ぶのは控えましょう。



————————————————————◇◆



 「さっすが中高一貫校、すげぇ出店の数だな……」


 「おい陽彩、あんまりキョロキョロしてると田舎者だと思われるぞ」


 「……いや、俺たち田舎者だろ」


 創立祭は大盛況で、入場門を抜けた先には数多くの出店が並んでおり、中には長蛇の列を成しているブースもある。


 「ねえねえ皆さんっ!どこから回りましょうかー!」


 明智はメモリング内のパンフレットに目を輝かせ、白百合も辺りを見渡しては小さく感嘆の声を漏らしている。


 「そうだな……ん?あの人だかりは一体……」


 マサが指差したのは、正門の広場から本館の中に向かう長蛇の列だ。プラカードを持った生徒が列の最後尾で呼びかけをしている。


 「2年クロッカスの”メイド喫茶”、最後尾はこちらでーす!」


 2年クロッカスのメイド喫茶だと……!?


 刹那、俺の全身に電流が走る!


 「なあなあ、あれ並ばねぇか!?」


 「おい陽彩、どうせ翡翠会長のメイド姿が見たいだけだろ」


 「えーっ、御角くんエッチですぅ」


 「御角さん……」


 3人からは瞬時に俺の心中を察せられ、冷ややかな視線が集中している。


 「そっ、そんなわけねーだろ!?俺はな、クロッカスの先輩方へのリスペクトを――」


 「御角くん、目が泳いでいますよー?」


 「ぐっ……」


 家族だけではなく友人にまで揚げ足を取られてしまうとは……


 俺の紳士キャラで貫き通す作戦は失敗に終わってしまった。


 「まあ、陽彩がどーーーしてもって言うなら、付き合うぞ」


 「明智も、お供しますですぅ~~!!」


 マサの含みのある発言が引っかかるが、翡翠先輩のメイド姿、あまりにも見た過ぎる。これを逃そうもんなら俺は自分を、そして友を一生恨み続けるだろう。


 「んふふ~しょ~がねぇなぁ~~君たちがそこまで言うなら――」


 「じゃあ、”徳川柊のマンツーマンマッスルトレーニング・きわみ”でも行くか」


 「ごめんなさい行きたいですメイド喫茶!行かせてくださいっ!!」

 

 俺はマサに土下座をして必死に懇願した。女子二人からどう思われているかは想像したくもないが、徳川先輩のマンツーマンマッスルトレーニング・極だけは死んでも御免だ。というか誰がこんなブース行くんだよ。そもそも徳川先輩は何やってるんだよ。


 「さあ陽彩、入店前に練習しておこうぜ。『靴をお舐めいたします、ご主人様っ♡』とな」


 「靴をお舐めいたします、ご主人様っ♡……って何で俺がメイド側なんだよっ!!」


 ついノリツッコミを挟んでしまったが、そもそも靴を舐めるメイドがどこに居るんだよ。


 「御角くんのメイド姿……もしかして、ワンチャンありだったり……?ねっ、結衣ちゃん!」


 「……えっ、ええっ……!?」


 急に話を振られた白百合は反応に困っている。


 「いや無ぇよ」


 「え~っ、明智は似合うと思いますけどね!」


 「……本気で言ってるのか?」


 「ですですぅ~!!」


 明智の感性はかなり独特なようだ。悪い意味で。



————————————————————◇◆



 「現在、2年クロッカスのメイド喫茶、最後尾1時間待ちでーす!」


 窓の外から案内係の声が薄っすらと聞こえてくる。


 「ゲッ、マジか。早めに並んでおいて良かったぜ……」


 「だな。お前同様、翡翠先輩目当ての客が殆どだろうけどな」


 並び始めてからおよそ20分、俺たちは漸く2年クロッカスの教室前まで辿り着いた。


 あまりの行列に疑問を抱いた俺はマサにこっそり耳打ちをする。


 「なあなあ、翡翠先輩ってそんな人気なのか……?」


 「なんだ、もしかして知らないのか?”翡翠色に気高く咲き誇る蘭の会”を」


 「おいおい待て待て待て!なんだその胡散臭い会合は!?」


 「まあ、砕いて言うなら翡翠先輩のファンクラブだな。略して”翡翠会”、男子生徒の過半数は入会しているぞ。もちろん俺も会員だ」


 「んんっ??もちろんって……」


 そう言うとマサは制服のジャケットを脱ぎ捨て、中に着ていたTシャツを俺に見せつけてきた。胸元には胡蝶蘭のシルエット、背面には大きく『翡翠蘭』とプリントされており、”翡翠色に気高く咲き誇る蘭の会”の会員であろう周囲の生徒も次々に制服のジャケットを脱ぎ始めた。


 「今は超情報社会、トレンドに乗り遅れているようでは足元をすくわれるぞ?陽彩」


 唐突な出来事に俺は言葉を失い、明智や白百合も絶句している。


 「……御角くん、樹くんって元々こういう系のキャラなんですか?」


 「……いや、こいつは高校に入ってから頭がおかしくなっちまったみたいだ」


 「樹さん……」


 明智の質問に俺は苦笑しながら答えた。白百合も唖然とした様子だ。


 むっつり蘊蓄うんちく眼鏡め、メイド喫茶に行くために俺を誘導しやがったな。


 それはさておき、”翡翠会”か……脳の片隅に置いておくとするか。

 

 「お待ちの4名様、店内へご案内いたします」


 執事姿の男子生徒が俺たちを店内へ誘導してくれるそうだ。入口も洋風な装飾が施されており、俺の中での期待値が一気に高まる。


 カランカラン……


 扉に取り付けられたドアベルが上品な音を奏で、俺たちは店内へと入っていく。


 そして、俺たちの入店――ご帰宅を今か今かと待ち望んでいたかのような表情を見せたのは、俺たちのメイド――翡翠蘭先輩だった。


 「お帰りなさいませ、ご主人様っ♪」


 翡翠先輩のメイド姿、きたあああああああああああああっっっっっ!!!!!!!!!!


 完璧な所作から生み出される太陽のように眩しい笑顔、白と黒を基調とした本格的なロング丈のメイド服を纏う一輪の花。その存在は性別、生物の垣根を越えて見た者全てを魅了する。


 ここはただのメイド喫茶ではない……そう、俺たちの理想郷ユートピアッ……!


 「こちらのお席へどうぞ♪」


 「あっ、ど、ども……」


 いかんいかん、あまりの美しさに動揺してつい返事をしてしまった。ここは紳士的な振る舞いをして他の男共に差をつけなくては。


 「ご注文がお決まりになりましたら、お声かけくださいねっ♪」


 ウインクをかました先輩はそのまま所定の位置へと戻っていった。ほのかに甘い香りを残して。


 窓際のテーブル席に腰掛けた俺たちはメニュー表を片手に周囲を見渡す。


 「装飾……凝ってて……凄いですっ……!と思います……」


 「ですですぅ~!!メイドさん達もとっても可愛いですぅ~!!」


 女子二人は内装や衣装のレベルの高さに感心しているようだ。高校の文化祭レベルを遙かに超えるクオリティであることは素人目線でも明白だ。まさに非日常的体験……


 「にしても、翡翠先輩の人気すげぇな……」


 店内には4,5人ほどメイド姿の女子生徒がいるが、殆どの客の視線は翡翠先輩に集まっている。無論、俺もその一人なわけだが。


 呑気に見とれていると、こちらの視線に気づいたのか翡翠先輩と目が合ってしまい、そのまま笑顔で俺たちの席へと近づいてきた。


 「ご注文、お決まりですかー?」


 「あーっ、えっと、はい!」


 正直俺は全く決まってないわけだが、ここで追い返すのも気が引けるので他3人に目配せをして委ねることにする。


 「じゃあ……俺はブラックコーヒーとチーズケーキで」


 「樹くん、オトナですね~!じゃあ、明智は……紅茶と、マカロン!!」


 「ゆ、結衣も同じので……」


 「わーい!結衣ちゃんとお揃いですぅ~!御角くんは何にしますか?」


 「……えっ!えっと……」


 本当はオレンジジュースやショートケーキを頼みたいところだが、ここは翡翠先輩にオトナな御角陽彩をアピールしなくては。


 「……俺もブラックコーヒーとチーズケーキを」


 「かしこまりました♪少々お待ちくださいませ、ご主人様っ♪」


 翡翠先輩は再びウインクをかますと、パーテーションで仕切られた厨房へと姿を消した。


 「陽彩、お前コーヒーなんて飲めなかっただろ。翡翠先輩の前でカッコつけたかったのか?」


 「はっはー、困るぜマサ。俺だっていつまでも子供じゃないんだぜ?」


 「……どうだか」


 もちろん、俺はコーヒーが飲めない。苦いの嫌いだし。


 マサに易々と作戦を見破られてしまったが、別に気にしない気にしない。


 「――あっ、にぃにやっぱり来てたんだ」


 「……んえっ!?すず!?」


 隣の卓から突如として飛んできた声の主は、妹のすずだった。どうやら友人と2人で入店したらしい。


 「やあすずちゃん、元気かい?」


 「雅也さん!はいっ、兄にはいつも手を焼いていますが、毎日とても充実しています!」


 「おいすず、虚偽の申告をするな」

 

 「嘘じゃないもーん」


 この生意気な妹め、やはり親父の監視から外れて自我を出し始めていやがるな……


 「もしかして、御角くんの妹ちゃんですかー!?」


 明智はすずに対して興味津々で、席から身を乗り出しつつ目を輝かせている。


 「はい、妹の御角すずです。兄がいつも大変お世話になっています」


 「わーっ!礼儀正しくて良い子ですぅ~!クラスメイトの明智柚葉ですぅ~!よろしくお願いしますですぅ~!!」


 「……しっ、白百合……結衣ですっ……!よろしく、お願いします……!と思います……」


 明朗快活な明智とは対照的に、白百合は控えめに挨拶を交わした。これでも白百合なりに凄く頑張っているとは思うが。


 「にぃに、良かったね~。可愛い女の子に囲まれて」


 「うっ、うるせー」


 俺はついそっぽを向いてしまったが、男2女2で行動していたら揶揄われるのも無理はないだろう。


 挨拶を済ませると、すずは連れ添いの友人とメニュー表を読み始め、俺たちの卓も注文品を待つまでの時間を雑談で潰すことになった。


 それから暫くして、注文品を載せたトレーを両手に抱えたメイドが近づいてきた。


 「――お待たせいたしました、ご主人様」


 「いえいえ~ありがとうございま……」


 俺は浮かれたマヌケ面をメイドに見せてしまったわけだが、そのメイドは翡翠先輩ではなく、青みがかった髪色が特徴的な少女だった。


 先日、スーパーで俺が手助けをした無愛想な先輩だ。そういえばこの人もクロッカスだったな。


 向こうは顔を覚えているかどうか知らんが。


 「ブラックコーヒーをご注文の方」


 無愛想先輩は表情を一切変えることなく、俺たちの卓を鋭い目つきで見渡す。


 「……はい、俺です」


 この感じ、絶対覚えてないな。


 その後も無愛想先輩は注文品を淡々と俺たちの卓に届け、そのまま流れるように去ってしまった。


 「綺麗な先輩でしたね……!なんかこう、デキル女って感じですぅ~!」


 「ん、そうか?」


 メイド喫茶なんだから、もっとお給仕してくれる感じを出してくれても良さそうだが。どちらかといえば、バーの店員みたいな振る舞いだ。


 「ねえねえ、にぃににぃに!あの人、この間スーパーにいた先輩だよね!?」


 突然、隣の卓で歓談していたはずのすずが、鼻息を荒くして俺の席に身を乗り出してきた。随分とあの先輩にご執心のようだ。


 「おおっ……それがどうしたんだ?」


 「どうしたも何も、名前!知らないの?」


 「いや、知らんな」


 そもそもあの日以降一度も会っていないしな。聞いたところで答えてくれるかも怪しい。


 ところが、クロッカスと無関係なはずのマサが眼鏡をクイッと上げて蘊蓄語りを始める。


 「確か、翡翠先輩とよく一緒にいる人だな。名前は、桔梗レエナ。クロッカスの2年生で、生徒会書記を務めている。お前も今後関わる機会があるだろうし、覚えておいて損はないと思うぞ」


 「レエナ先輩……はぁっ……メイド姿も素敵……」


 ため息を零しながらうっとりしているすずを差し置いて、俺は彼女の凛とした横顔を眺めつつ、彼女が淹れたであろうブラックコーヒーを啜る。


 「ヴッ、苦っ……」


 久しぶりに飲んでみたが、やっぱり苦い。高校生になれば少しは美味しく感じるだろうと淡い期待を抱いていたが、まだまだ俺は子供みたいだな。


 少し酸味があって、苦みの強いコーヒー。


 「桔梗……レエナ……」


 彼女――桔梗レエナとのこれからの物語を予感させる、そんな味だった。

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