File.09「開幕・争奪戦」

「――その制服はどうした?」


牡丹田が俺の胸元を指差す。


「制服……ですか?」


 マズい、終わった。何だ何だ、ネクタイでも付け忘れたのか?それともポーチか?いやいや、そんなことは無いはずだ。じゃあ一体何だ……?

 

 思考が錯乱している俺は固唾を飲んで牡丹田の言葉を待つ。悪い意味で心臓が高鳴っているのを感じる。


 「第二ボタン、外れているぞ。直したまえ」


 「……えっ?あっ、はいっ!!」


 俺はネクタイの裏に隠れていたワイシャツの第二ボタンを慌ただしくつけ直し、再び背筋をピンと張った。その様子を確認した牡丹田は、それ以上何も言わず俺の元から去っていった。


 俺は喉奥に溜まっていた息をガーッと勢い良く吐き出した。


「はぁ……はぁ……なんだそれだけかよ……終わったかと思ったぜ」


 受験生全員の服装をチェックし終えた牡丹田は、再び巨大スクリーンの横に戻った。


 「本年度のクロッカス受験者数は212名だ。そのうち、昨晩時点での失格者は3名、集合遅刻者9名、服装不備者2名。よって一次試験通過者は198名だ」


 やっぱりいたのか、寝れませんでした族――とはいえたったの3人、危うく俺もこの中に入るところだったからな。


 失格となった受験者は、案内用のクローに誘導され、訓練施設を後にした。


 「では、続いて二次試験、”試験用クロー争奪戦”を行う。前方のモニターに注目してくれたまえ」


  “争奪戦”という物騒な単語を聞いた俺は胸がざわつき始める。それは他の受験生も同じだろう。


 牡丹田が合図を出すと、モニターの画面が切り替わり、アニメーションが流れ始めた。


「こちらで用意した試験用クローは全部で100体、つまり次の最終試験に進めるのは先着100名というわけだ」


 100体――ということは、半数近くはこの争奪戦で落とされるのか。クロッカスの定員が40人であることを考えると、割と妥当な人数だろう。


 「こちらに試験用クローのサンプルを用意した。君たちが身につけているメモリングをこのようにクローのボディに3秒間触れることで、パートナー成立となる」


  牡丹田が地上から少し浮いた直径20センチメートル程度の白い球体に触れると、1秒毎に球体の色が白から緑へ徐々に変化し、3秒程でピロンという電子音が鳴った。すると、球体の色が元に戻り、つぶらな瞳と昆虫のように小さな羽、さらに頭と同程度の長さの脚が生えてきた。それと同時に腹部あたりからホログラムが映し出され、《牡丹田 朱里 ペアリング 完了》の文字が浮かびあがった。


 「ペアリングが完了すると、このようにクローはパートナーを追尾してくる。クローの操作には、メモリングにインストールされているクロー専用のアプリケーションを用いるが、それについては後ほど説明する」


 試験用クロー、思っていたより可愛い見た目だな。もっとイカついのを想像してたぜ。


 「君たちのメモリングにはこの学園敷地内のマップをインストールしてある。開いてみてくれたまえ」


 牡丹田の指示通り、俺はメモリングを起動し、ホーム画面に表示されている地図アイコンをタップした。すると、学園敷地内のマップが映し出された。


 「クローの隠れ場所は、クロッカスの訓練施設内、中・高等部の建物内だ。クローの位置情報は開始と同時に赤色の点で表示され、ペアリングが完了したクローは緑色の点に変化する。なお、君たち受験生の位置情報は自他ともに確認できないようになっているから気をつけたまえ。制限時間は30分だが、先着100名がペアリングを完了した時点で二次試験終了となる。もし、終了時点でペアリングを完了した者が100名未満だとしても、そこで打ち切らせてもらう」


 制限時間30分、これを長いと捉えるか短いと捉えるかは実際に始まらないと分からないな。


 しかし、自分の位置情報が見えないとは――方向音痴の俺にはだいぶ痛手だな。


 「これは言うまでもないが、他の受験生の妨害や危険行為が発覚した場合は即失格だ。試験中に何かあれば、メモリングで私に連絡をしてくれたまえ。以上、今から60秒後に二次試験を開始する」


 牡丹田が話を締めくくると、大型モニターにカウントダウンが映し出された。海に囲まれたこの島では、たかが1分とて、じっと待つのはかなり苦痛だ。


 クロッカスの制服は断熱性に優れているそうだが、それでも強烈な真冬の海風は俺たち受験生を篩(ふるい)にかけんとばかりに吹きつける。俺は小刻みに身体を震わせ、ただ開始のときを待つ。


 俺の前方には、黒華苧環と昨晩俺の目の前から立ち去った少女の姿もあった。あのいけ好かない男、さすがに生き残っていたか……


 「――始めっ!!」


 「うおっ、急に始ま――っておいっ!押すな、押すなって!」


 ぼーっとほうけていると、いきなり開始の合図が切り出され、列の真ん中辺りにいた俺は周りの受験生に押し潰されそうになった。


 そして、ぞろぞろと受験生が散らばり、俺はスタート地点に取り残されてしまった。


 俺はすぐさまマップを確認する。すると、マップ上に多数の赤い点がまばらに出現し、右上には《98/100》と表示されている。まだ30秒も経っていないのに、もう2人も勝ち抜けしたのか。


 「こうしちゃいられない、さっさと俺も探しに行こう」



————————————————————◇◆



 俺はクローの数が比較的多そうな高等部の本館に移動した。少し遅れをとってしまったのが災いして、広場の近くにいたクローは全てペアリング済みになっている。これはのんびりしていられないな。


 「それにしても、クローは何処にいるんだ……?」


 俺はマップ内の高等部本館をタップする。すると、1階から5階までの選択肢が表示された。俺がいるのは2階の――音楽室の目の前か。マップを拡大してみると、音楽室の中に赤色の点が一つ光っているのが確認できる。


 「へへっ、ラッキー!意外とあっさりだったな」


 俺は機嫌よく音楽室の扉を開けた。すると部屋の中心には白色の球体、クローがたたずんでいた。


 だが、その隣にはクローに手をかざしている人影の姿があった。クローは徐々に緑色へと変化し、ピコンという電子音と同時にホログラムを映し出す。



 《黒華 苧環 ペアリング 完了》



 目の前でペアリングを完了させた人物が俺の存在に気がつくと、ニンマリと口角を上げゆっくりとこちらに近づいてきた。


 「やあやあ、誰かと思えば、駅でボクに無礼をかましてくれた少年クンじゃないか。てっきり寝坊しているのかと思ったよ」


 「……おう」


 俺は黒華を刺激しないように素っ気なく返事をした。よりにもよって一番会いたくない人物に目の前でクローを取られてしまうとは。


 「悪く思わないでくれよ?少年クン。この試験の主役はボクだからねぇ」


 黒華はフンッと鼻息を鳴らすと、ポケットに手を突っ込み俺の横を颯爽と過ぎ去った。黒華とペアリングしたクローも黒華の後ろをテクテクとついて行く。


 「クソッ、絶対勝ってやるからな……!」


 俺は黒華に聞こえないように、静かに怒りの言葉を吐き捨てた。


 俺は再びマップを開き、クローの残数を確認する。



 《23/100》



 まずいぞ、まだ10分も経っていないのに……


 高等部の本館には残り3体、一番近くとなると、3階の3ーA室だろうか。これを逃せば二次試験通過はかなり厳しくなる。


 「のんびりしていられないな、とにかく急ぐぞっ!」


 俺は遠くなった黒華の背中を横目で追いながら、反対方向へと走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る