第2話 中腹にて

 俺は再び山の方へと向かう。隣には防寒対策バッチリな美少女。


「それちょっと俺にもかけて欲しいな。」


「嫌でーす、通ってるなら慣れてるでしょ我慢して。」


 そう言いながら少女は更に探知の呪文や防御の呪文を唱えていた。

 この世界で魔法の数種類展開を維持できるのはS級魔法使いの特権らしいと冒険者から聞いたことがある。この子何者なんだろう……


 麓付近は雑魚敵ばかりなのでおそらく強者であろう少女に近寄ることはないようだ。お陰で俺たちは何事もないまま山の中腹へと足を進めることができた。

 しかし中腹は麓とは全く違う世界だ。敵の強さも段違いになることを知っているのか、少女は警戒を強める。


 そしてそのときは来た。

 突如俺たちの前に大きな影が立ち塞がる。


「うわああああああ!」


 あまりの恐ろしさに俺は尻餅をつく。その時、グチャっとした音がして後ろを確認すると赤い液体が付着していた。思わず体を丸める。


「しんだふり、しんだふり……」


 冷たい雪が体にしみる。目を瞑ると心なしか全てが静寂にとりこまれたような感覚に陥った。


……いや、本当に静かだ。相手は襲ってこないのか?そういえば少女は?そう思っていた俺に複数の視線が突き刺さる。俺はゆっくりと体を伸ばし、振り返った。


「おじさんが毎回無事に登頂できている理由が分かった気がする。」


 少女と2メートルほどの大きさの熊がジト目で俺を見ている。


「スウィートベア、レベルは190くらいね。可哀想に……おじさんがよわよわなせいで普段は恐ろしいモンスターがこんなにも呆れ返って爪すら出してないわ。」


「ご、ごめん。」


 そう、俺は最初に言った謎の無害そうオーラによって高レベルの生物に襲われないのだ。むしろ遠巻きに見守られていることのほうが多い。

 それでも高レベルの獣自体が恐ろしいのでいざ遭遇するとびっくりしてしまうのだが。


 あれこれ言う少女としょげしょげしている俺を交互に見て見て熊は大丈夫だよというようにぽん、と前足を置く。


「ぎゃあ!」


 圧倒的なレベル差では前足ポンですら驚異的なダメージとなる。腰が抜けたよろよろおじさんは再び最初のボロボロおじさんと成り果ててしまった。


「ちょっと!スウィートベアはその力の強さと裏腹にメンタルがとても弱いのよ、おじさんがボロボロになったら数日は弱っちゃうじゃない!」


 少女が高速で治療し、熊は己の前足を見つめて震えている。

 様々な罪悪感に襲われた俺はふと赤い液体の付着した自分の手を眺める。


「そうだったのか。」


「え、」


 俺は熊に近づき自分の装備の中から果実クッキーを取り出し目の前に差し出す。


「赤氷柱の実を踏んでしまってごめんなさい。ちょうど同じ果実を使ったお菓子があるから貰ってくれないかな?」.


が、熊はこれ以上傷つけたくないのか後ずさっている。俺は自分の弱さに打ちひしがれながらもそっと地面にお菓子を置く。


 最初は熊に近づく俺を止めようとした少女も俺の座っていた場所とお菓子を見比べて気づいたようだ。


「スウィートベアがごはんを落としてしまったところちょうどあたしたちが通りかかってしまったみたいね。」


「うん、これ以上関わると熊を悲しませちゃうしもう行こうか。」


「そうよ!おじさんがざこなせいで本来消し炭にするはずの魔獣に肩入れしちゃったし、これ以上おかしな気分になる前に仕事を終わらせたいわ。」


 少女は呆れたように杖をいじいじしながら歩き始める。

 人に対して脅威になるもののみとはいえ、世間的には魔獣は討伐対象だ。彼女も冒険者に関係する仕事をしているのなら俺と行動することで調子が狂うのも仕方ないだろう。


 もしゃもしゃと俺の作ったお菓子を食べる熊を背に再び山頂を目指す。


「そういえば、ここの山頂ってどうなっているの?上の方が雲に覆われていて詳細は不明ってデータには書いてあったの。今回の討伐隊がようやく入り口を発見したようだけどそれまでは誰も立ち入ったことがないって言われているわ。」


「それはほら、あれを見て。」


 俺が指差す前方にはトンネルを塞ぐかのような形で扉があった。


「なにコレ遺跡?」


 魔法で解析を始める少女を横目に俺は扉の前に立つ。


「ここ、厳重な魔法によるロックがかかっているわ。一体……」


 そして大きく息を吸って扉に話しかける。


「開けてー!」


「?」


 すると扉がゆっくりと開き、なかには上まで続く石階段を中心として雪とは無縁の自然が広がっていた。


「おじさんといると常識がなんだかわからなくなりそう。」


「そりゃあお嬢さんくらいの若さなら新しいことと出会ってばかりで当然だよ。」


「そういうことじゃないってぇ……。」


 こめかみを抑えながら唸るという少女に似合わない仕草をしつつ彼女は扉の奥へと目を向けた。


「ファイアードラゴン達がどうして雪の国のさらに寒い場所に住んでいるのか疑問だったのだけれどようやくわかったわ。」


「雪からは隔絶されている場所だし彼らの火のおかげで中はどこも暖かいんだ。すごいよね。」


そして俺はいっそうキリッとする。


「ここからは気をつけないと。」


「どうして?空気が澄んでいて何の脅威も感じないのに。むしろさっきまでのほうが……」


 疑問符を浮かべながら少女はフワフワと寄ってきた羽の生えた猫のような獣と戯れている。

 そうここには主であるファイアードラゴンを除いて小動物と弱い魔獣しかいない。

そして俺は、


「おじさんは弱い魔物にめっちゃ狙われるんだ。推測だけど彼らのおいしいご飯だと認識されている。」


 少女に撫でられて満足した獣がふと俺に気づき、ぽたりとよだれを垂らす。


「そういうことは早く言いなさいよ!」


 少女は慌てて杖をかざした。

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