第2話 実地訓練

 士官学校卒業前、候補生らの最後の実施訓練じっちくんれん


 その内容は、実効支配中である隣国へ遠征し、そこでのゲリラ一掃作戦への参加というものだった。

 岩場の多い山間部で残党をあぶりだすことが目的だ。


 ただし、既にほとんどのゲリラが捕縛済みか逃げ出したあとである。

 実質物資の補給や、監視継続の任務が主であり、大規模な戦闘の可能性はほぼないとされている。


 教官を隊長とし、分隊を組んだジャックたち士官候補生は早朝から岩山を登った。

 一時間ほども歩き続けると周囲が見渡せる視界のひらけた場所まで辿り着く。


 しばらく経ち、指導員である隊長が時計を確認して首を傾げた。


「そろそろ合図の閃光弾せんこうだんが飛んできてもいい頃なんだがな……少し様子を見てくる。いない間はジャックが指揮しろ。どうせ下の部隊が整わない限りはやることもない。待機していればいい」


「了解です」



 教官が不在となると、卒業を間近に控えた慣れた友人同士の部隊ということもあり、雰囲気が緩んだ。

 アランがさっそくジャックの肩を叩いて騒ぎ出す。


「今回の実地試験の隊編成、当たり引いたと思ったよ。ジャックの隊、大抵成績いいもんな」


「俺自身は割と凡人判定されてんだが」


 耳元で響く声に、若干顔をしかめて、ジャックはため息をつく。



「いいや、指導員もわかってるよ。お前戦闘能力に関しては地味なんだが、周りの人間への配慮が絶妙だもんな」


「ああ、ジャックがいるとなんか楽だよな。やりやすい。剣術や魔法は地味なのに」


「そりゃどーも。でもまあ、弾射だんしゃは任せてもらったことねえしなあ。才能ないのはわかってるよ」


 ジャックは過去、魔法演習で何度か的の狙い撃ちを試してみたが、かすりもしない様子に教官から「お前は剣術を極めろ」とお墨付きをもらっている。



「適材適所ってやつだろ? 弾射役なんて、花形とはいわれるが真っ先に狙われる危険な立場だ」


 この隊ではアランの次に弾射が得意なブレットが肩をすくめる。


「でも、みんなの魔力集めて、敵を倒すって主役な感じがしてかっこいいだろ」


「まあな。強大な力を制御して最後に発出する役割を任されるなんて、軍人としてこんな名誉なことはないな」


 ジャックの言葉を受け、この能力が唯一の取り柄であるアランが胸を張ってみせた。



「今回これをぶちかます機会なんてあるのかねえ」


「ないほうがいいが、物足りない気も……」


「最後に訓練がてらやらせてくれるんじゃね?」



 普段の学校生活の休息と変わらない雰囲気に、ジャックはさすがに気が緩みすぎかと苦言をていそうとした。



 しかし、アランが再びジャックの肩を叩き対向にそびえる別の岩山の一角を指差す。


「あっちの方今なんか光らなかったか?」


「ああ? どこだ?」


「ほらあそこ……」


 アランがよりわかりやすいよう杖で方角を指し示す。



 ——瞬間、強烈な光と、体の横を大きな獣が駆け抜けたかのような風圧に、ジャックは思わず目を閉じる。



 場に似つかわしくない、肉の焦げたような匂いが漂うまもなく、隣を見た。


 すると、そこにいた友アランは、体の中心に大きく炭化した穴を空け血を吹き出させていた。




 ジャックの口から声にならない空気が漏れ、考えるよりも早く叫ぶ。


「伏せろ‼︎」


 その後も数回飛び交った魔法弾は、岩を焼き砕き、粉々になった破片が跳ねて傷や火傷を負ったものが出てきた。


「――ッ⁉︎」


「ひぃ……」


 ジャックは舞い上がる土埃をみてはっとする。


 ポケットから小ぶりな予備の魔石を取り出し接続リンクすると、その石を投げて叫ぶ。


祖国パトリア——フームム‼︎」


 石を中心に白い煙がくすぶる。

 子供騙しではあるが、遠方からの攻撃に対する咄嗟とっさ目眩めくらましとしては有効だろう。


「おい! 全員退避だ‼︎ 茂みの奥へ下がれ‼︎」


 腰の抜けた隊員の体を強めに叩きながらジャックは、叫んだ。




 先ほどの岩場から少し離れた茂みに、全員逃げ込んだことを確認し、遠くからつい先ほどまで冗談を飛ばしあっていた友の亡骸なきがらを睨む。


 動揺に震えるほかの候補生らを見ながら、自分でも驚くほど回る頭で冷静に判断をつけていく。



 ――合流か待機か



 下の部隊に様子を見に行った教官は、待機を指示していた。

 上官の指示は絶対だ。

 しかし、それにより現場判断の柔軟性を失ってはいけない。


 そもそもほぼ安全が予測されたであろう演習時にこういった事態が起きたということは、下の部隊からの連絡が来なかった件との関連性が疑われる。


 行動原則として最も重要視する事柄は何だったか。



(――戦闘資源を最大限に残すこと。ならば)



「隊長が向かった下方部の部隊へ合流する」


「アランはどうするんだ」


「連れて行ってやりたいのは山々だが、死体を運ぶ余裕なんてない」


 ジャックは言葉を濁すことなくはっきり死体と言い切った。

 びくりと何人かが反応し、とがめるような表情をしたものもいたが、ジャックの現実を告げる冷静な言葉に不自然に高揚していた隊の雰囲気が一気に冷える。


「あとから必ず回収に戻ろう。……いや、その前にやることがあるな——祖国パトリア


 ジャックは接続リンクした剣を抱えたまま姿勢を低くし、アランの遺体のそばへと走り寄る。


 いつ新たな魔法弾が飛んでくるか。

 身体中が研ぎ澄まされ、肌がひりつくのを感じる。



「おい、アランは置いていくんだろう?」


 行動を急ぎたいのか、ブレットが茂みの奥で震える声をかけてくる。


 ジャックは、死んだアランの顔を見ることなく杖をもぎとり、再度離脱する。


「アランは置いていくのに武器は取り上げるのか」


 ジャックは眉をひそめた一人の候補生に言い返す。


「魔法弾が飛んできてるんだ。念の為対抗手段がいる。全員直ちに魔石と接続リンクしろ」



 ジャックはまっすぐブレットの方へと向き直り、杖を差し出す。


「は?」


 ブレットは、ぎょっと後ずさった。杖にべっとりと付着した血から目を離さないまま、受け取らない。


「俺、俺か? お、お前がやれよ」


 ジャックは、ハンカチを取り出し丁寧に血をぬぐった。

 そのハンカチをその場で投げ捨てるとブレットの腕を強引につかみあげ低い声で凄む。


「そうできるならやるさ。だが、命中精度の悪い俺には無理だ。弾射の成績が、あいつの次に良かったのがお前なんだ。お前がやるんだよ。その代わり……」


 周りの他の候補生たちにも言い聞かせるように宣言する。


「俺や、他の仲間が死んでも守る。――いいな?」



 

 結論から言うと、すでに敵からの襲撃に警戒のもと態勢を整えていた下方部の部隊に無事合流した。

 ジャックらがもたらした的確な伝令・報告は数十人単位の人の命を救うこととなる。


 その功績が高く評価され、ジャック自身、陸軍では最も上級の就職先の一つである第一近衛兵団このえへいだんへの推薦を得た。



 一人の友アランの死と、恐怖にさいなまれ二度と軍に戻らぬこととなった別の友一人ブレットのことは、しばらく経つとおまけのようにしか語られなくなった。

 

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