ある王国の青年士官の決意
雷師ヒロ
第1話 士官学校
貴族の家に生まれ育ち、
ジャック・レオポルドは、何の疑問もわかず、勧められるがままに士官学校へ進んだ。その生活も、この春で終わる。
春らしい柔らかな風が、窓の外の木々の青々とした葉を揺らしている。
からりと快適に晴れ上がった気持ちの良い昼過ぎの時間を、どこかかび臭さが残るような薄暗い室内で二十前の育ち切った男達に囲まれて過ごすのは明らかに不健全である。
肩が触れ合うほどに長机に押し込まれている男どもの一員となり、眠気を誘う教官の声を聞き続けるのも、ある種の過酷な軍事訓練と考えてもいいだろう。
「古代語の試験どうだった?」
隣に座る友人アランが、耳打ちしてきた。
体格のいい金髪巻毛の彼は、魔法弾の
「いやあ……まあ」
ジャックもどちらかというと体を動かす方が好きだったし、座学もさほど熱心に取り組む方ではない。
ただ、持ち前の要領の良さに助けられ、成績としてはほどほどに褒められる程度の結果は出している。
(早く終わんねぇかな……)
古代語などという、勉強のための勉強としか思えない講義へのやる気が保てない。
本日、争奪戦に勝利した結果である窓際の席は、冬までは冷気が漂い不人気だったが、気候の良いこの季節となると奪い合いだ。
片肩の開放感と暇つぶしに見る外の景色、陽の光に包まれる心地よさは一種のご褒美で――
「ジャック。古代語は軍人として重要な学問の一つだ。かつての時代の歴史を理解することもそうだが、魔法を理解し、制御するにあたって重要な言語である。なぜだか分かるか」
くたびれた様子の老人のくせに目つきだけが鋭いままの教官から名指しされる。
慌てて姿勢を正し、立ち上がった。
どうやらあくびをみられたらしい。
ジャックは一瞬で頭を切り替え、当たり前のように、優等生の顔を取り繕う。
「はい、本来石に触れている間でしか発動しない魔法を、遠隔で取り扱う際に必要だからです」
「そうだ。魔石との
「石が
「正解、座れ」
「はい」
隣でアランが再びこそこそと話しかけてくる。
「ジャックは流石だなあ。急に立たされてよくあんなぺらぺらと答えられるよなあ」
目をつけられたばかりのジャックは、前を向いたまま表情だけでわずかに反応を返したが、返事はしなかった。
講義が終わり、
「お前ら第一
行動を共にしがちな友人の一人、赤毛のブレットが話題を振る。
遠隔で魔法を使用する際に魔石との接続に使用する
今後始まる最後の
「いつも通り変えてねえよ。『パトリア』だ」
ジャックは程よく雑草の茂る地面に仰向けに横たわり、雲が流れる様子を眺めながら答えた。
「どういう意味なんだ?」
木の幹を背もたれにし、手で鳥を狙い撃ちするかのように照準を定めていたアランが訊ねてくる。
「お前はもう少し勉強しろ。散々講義で暗唱させられた詩にもあっただろ。『祖国』だよ」
「ジャックらしいなあ」
ジャックの小言を見事に無視したアランが、感心したように反応する。
発音のしやすさとこれまでの人生で慣れ親しんだ単語だったからという
「俺は、
アランが最高にかっこいい単語を選んでみせたとでも言いたげに堂々と宣言したが、周りの反応は鈍い。
「やめとけ。炎を発出する際に『
「ええ、でも駄目じゃないだろう? そもそも俺、遠隔苦手なんだよ。どうせ普段は接触したまま魔法使うしさあ」
アランは魔法の制御自体は特出して能力が高い。
とりわけ彼の得意な魔法弾の
弾射時に使用する武器も、ジャック含めた一般歩兵がよく使用する手元にのみ魔石が取り付けられている長剣と違い、長く伸びた棒の先端にも大きめの魔石が取り付けられた杖である。
隊を構成する際、弾射役一人に対して一般歩兵五人が基本だ。アランは能力の高さ故、その一人の役からあぶれたことがない。
そのせいで遠隔制御の経験をまるごと置き去りにした情けない事態になっているようだ。
「お前がいくら馬鹿でも固定の単語三つくらいなら覚えられるだろ。そんな訳のわからなくなりそうな単語提出したって
ブレットに指摘され、アランは慌てて古代語の辞書をめくり出していた。
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