君へ
@kamosirenai
彼に言いたいこと
この話は、きっと誰にも知られることのない話だと思う。
ただの一人の男の子と私の話。
彼に初めて会ったのは、大学生になって最初だった。
隣の席に座る彼は、真っ黒な髪に白い肌、綺麗な一重の目が印象的だった。
私には持っていないものを持っている君が、羨ましく思えた。
そして、私は彼に惹かれた。
彼は私のことをどう思っていたのだろう。
ただの友達と思っていたのだろうか。
それでもいい。
そう思ってくれていたのならそれでもいい。
二回生の冬、雪が降った。
君は目を輝かせていたのを覚えている。
「雪なんて毎年降ってるじゃん」
可愛くもない、面白くもないコメントをしてしまった。
「俺んち、雪降らないんだよなぁ」
君は笑顔で言った。
その言葉を、今でも覚えている。
君はマフラーも手袋もアウターも着ない人だった。
卒業して、数年経つのに、私はその時のことを思い出してしまう。
彼に告白したいとは思わなかった。
私のことを好きじゃないことはわかっていたから。
結論を言えば、彼が好きだったのは男の子だった。
クラスで一番有名なアイツだった。
授業の間に学校の裏で煙草を吸っていた
バイクで遅刻してくる
いろんな女の子と噂されていたアイツ。
彼とアイツは、仲が良かったことを私は知っていた。
飲み会の度に隣に座っているし、授業後の笑い声も一緒だった。
事件が起きたのは、三回生の春。
就活が始まる前に、みんなで飲みに行こうということになった。
私はこの時、何も知らなかった。
何も知らずに、彼を好きで。
飲み会を仕切っていたのはアイツだった。
つまらない先生のモノマネも、全く知らない先輩の愚痴も、その時の雰囲気で笑った。
酔いが回った私たちの話題は恋愛の話。
誰が付き合っているだの好きな人がいるのか、そんな話をしていた。
今考えれば本当にくだらない話だったけれどその時は
世界で一番楽しい自信があった。
君にも話題が回ってきた。
「お前、彼女全然つくんねぇよな」
その一言が、君を変えた。
君はアルコールを持った左手に、右手を添えていた。
「俺、好きな人いる」
その衝撃的な発言に、胸の鼓動がどんどん早くなっていった。
みんながざわめく中で、君のあまりにも綺麗なまつ毛が下を向いていたこと
私は知っている。
もし今、タイムスリップして君に言いたいことがあるなら、なんだろう。
「好きだよ」と、私は言いたいのかな。正解は分からない。
でも、もっと深くて強くて、君を笑わせるような言葉が欲しい。
店を出て、みんなが帰りの挨拶をしていた。
そこまでは覚えている。
君はアイツと家が同じ方向だった。
君は、この後アイツに告白する。
止めて――。
もし今の私が戻れるなら、きっと止めるだろう。
その後の結末を知ってしまったら。
君が学校からいなくなったのを覚えている。
あの日から、一週間が過ぎた。
誰が流したか分からない君の噂で、話は持ちきりだった。
春が終わり、梅雨が来ても、君は来なかった。
一度だけ会った日を君は覚えているのかな。
六月十二日、十八時二十一分。
五限が終わり、誰も使っていないロッカーの整理をしていた。
ロッカーの間から白いニットが見えた。
君だった。
私は声をかけてしまった。
「久しぶりだね」
妙に明るくて妙に変だったけれど、それが私の精一杯だった。
きっと君は違う。噂なんて絶対に違う。
君の表情は見れなかった。
「久しぶり、みんな元気?」
君の言葉は重たくて遅かった。
実家に帰って少しだけ休むと笑って話していた君を、私は笑って茶化した。
「待ってるね」
学校を一緒に出た。
ジメジメした空気の中で、未来の話や「あんときは楽しかったね」という話をした。
クラスでの噂は、話さなかった。
察してしまった。
聞きたくても、聞いてはいけない質問のような気がしたから。
これが君と会う最後の日になるなんて、思いもしなかった。
四回生になっても、君が戻ってくることはなかった。
少しの期待を胸に過ごしていた私も、もう二十一歳になった。
就活で染めた黒髪。
少し大人に見える同級生たちに囲まれて、なんとか就活をしていた。
アイツと君の話を知ることになったのは、この日だった。
週に一回しかない授業が終わって、盛り上がっているのを見た。
「男から告白されたのは流石に初めてだわ」
赤裸々に話される告白の仕方や風景、君の顔。
人気者たちのグループの話で、私は粉々にされた。
もちろん、私の恋心も。
笑い声が聞こえる中で、最初に浮かんだのは、君の気持ちだった。
君に言いたいことはたくさんある。
アイツは知らない女の子と結婚した。
同窓会であっぴらけに話す姿は、もう思い出したくない。
アイツが君に会いたがっているのも、本当は言いたくない。
何事もなかったかのように話してるんだよ。
許せなくて泣いた帰り道を覚えている。
罪悪感から君にLINEも送れない。
ごめんなさい。
あれから数年が経ち、ようやくここに書くことができた。
ここに書いていいのか、悩んだ。
もし君が読んだら、傷ついた心がもっと痛くなるんじゃないか。
思い出したくないことを思い出させてしまうかもしれない。
でも、私が君に恋していたことはどうなるんだろう。
このまま無かったことになるのだろうか。
四年間、ただ君を想っていた。
君を好きだった。それだけを知って欲しい。
そんな普遍的なことを知ってほしい。
この世界にありふれている「恋」と同じ。
普通でつまらなくて、なんともない片想い。
でも、君も同じ恋をしていた。
普通でつまらなくて、なんともない片想い。
ジェンダーとかそんなの知らない。
ただ、普通で、私が君にしていた恋と同じ。
君は今、どこで何をしているのだろう。
君とのメッセージは、時が止まったまま。
もし君が今これを読んでいるなら、覚えていてほしい。
君は幸せになっていい人で、
君がしていた恋は普通でつまんない恋だったと。
君へ @kamosirenai
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