cuticle・cute・clover

雪乃 空丸 

第1話

「ぼくの家、引っ越すんだ」


隣にいた黒髪を三つに編んだ少女が、ポツリと呟いた

一瞬驚いて目を見張ったが、真堂 春多(しんどう はるた)は明日の天気の話でもするかのように、話の続きに相槌を打った

「そっか、どこ行くんだ?」

「遠く」

「いつ引っ越すんだ?」

「…あした」

「そっか」

「春多は寂しくないの?」

ぼくが居なくなって、と少女は気弱な声で続けた。

「寂しいも何も、餓鬼が何言っても親の都合じゃぁ仕方ねぇだろ」

嘘だ。本当は凄く寂しい。


けれど、それを口にしてしまったら、この少女は行きずらくなるだろう。それくらい幼い春多にも分かる。


そんな春多の心情を汲み取ったのか、少女は三つ編みを揺らして「じゃぁ」と小指を差し出した


「じゃぁ、約束しようよ」

「何をだよ」

「将来、ぼく、ここへ戻ってくるからさ、結婚してよ」


馬鹿みたいな口約束だと思った。けれど、少女の瞳があまりにも本気で、涙を溜め込んで居たから、春多も唾を飲んで小指を差し出した。


「…わかった」


子供ができる繋がりなんて、指切りするくらいで、それでも確かな約束で


「指切りげんまん、嘘ついたら…針千本は痛いよね」

「確かに痛そうだな」

「じゃぁ、約束を破ったらぼくの髪の毛を千本飲んでもらおう!」

「なんで髪の毛⁉︎発想が怖いな⁉︎」

「でも針千本よりはいいでしょ?」

「まあ、針よりは痛くはなさそうだからいいけどよ…」

「いいんだ」


少女が長い三つ編みを揺らして笑った。つられるように春多も笑った。面白可笑しくて、お腹の底から笑った。少女の涙には気づかぬふりをして、二人で馬鹿みたいに笑った。


唐突に少女が「手を出して」と言った。

小首を傾げなら春多が手を出すと、ちいさな掌には緑色のハート型のペンダントが乗っていた。

「なんだよこれ」

「ぼくとお揃いのペンダント!」

少女の手にはお揃いの形をしたハート形のペンダント。ポケットから出されたそれは薄い赤色をしていた。

「肌身離さず持っていてね」

「えー、壊れたらどうすんだよ」

「大丈夫!それに君はそんな粗雑に物を扱うような人ではないでしょう?」

そう言われて「まあ…物は大事にする方だけどよ」と返す。少女は楽しそうに笑った

「ぼくだと思って、それを持っていてね」

「はいはい」


「必ず迎えにくるからね」



「…ていう甘酸っぱい思い出話をボクに話してどうすんの」

「お前が話せって言ったんだろうが」


取り出して、片手に何気なく持っていたペンダントはもう十年も経過したせいか、段々と薄汚れて草臥れてきている

懐かしくなって取り出したが、再びペンダントをポケットへしまった


手持ち無沙汰になり、何気無く目の前の少年の旋毛を押してやると、メモ帳とペンを握って何やら書き込んでいた少年ー…東條 和樹(とうじょう かずき)は「やめてくれる?」と春多の腕を軽く振り払った


「確かにボクは今ネタが欲しい」

「お前がネタに飢えてるなんて珍しい」

「機械創りにもスランプは存在するんだよ」


そう言って和樹はメモ帳を片手に唸った。和樹は機械作成に力を入れて居る工学科の生徒である。

IQ四百を超えると称される所謂天才であるが、限度を知らず無茶ばかりする。


因みに最近は工学科の教室の壁を壊しかけた。

きっとコイツに足りないのは注意力とかそういう次元のものではなくコントロール力だと春多は常々思う


「そういえば、ネタがないならアレとかいいんじゃないか?」

「あー…ロケットランチャー?」

「それそれ」


「ぶっ飛んでていいと思うぞ」と一言零す



それは遡ること少し前ー…中学時代、和樹は本気でロケットランチャー(改)とかいう謎の作品を作り上げ、理科室の天井を突き破ろうとしたことがあった。

そしてそれを止めたのが偶然その場を通りかかった春多だった。


「威力を考えろ!これを打ち上げたら屋上の床まで吹っ飛ぶぞ⁉︎」

「キミ、誰?」

「同学年の真堂 春多(しんどう はるた)!場所を変えるぞ」

初対面の相手に早口に捲し立てるように話し、春多はロケットランチャー(改)を背中に背負った。正直かなり重い


歩き出す春多の後ろで和樹が声をあげた


「何処へ行くの⁉︎」

「外だよ、こんなに派手な機械なら、どうせやるならもっと広い場所で派手に飛ばしたほうが、面白い実験結果も取れるだろ」

「…実験を止めないの?」

「…止めて欲しいなら止めるけど?」

「嫌だ。やる」


「やるに決まってる」そう言った和樹の瞳は輝いていた。

そして春多と和樹は階段を駆け上がり屋上でロケットランチャー(改)をぶっ放した。

ロケットランチャーは空中を穿ち、遠くまで飛んでいった。

そして、学校のプールに文字通り墜落した。


その後、直様、教師陣が大声を荒げ屋上まで説教に来たのも、今となってはいい思い出だ。



「凄い形相で怒られたよな」

「それ以降、危険物を作るなら『真堂の許可を取れ』ってセンセイに言われるようになったよね」

「そのお前のお陰で、甘酸っぱい中学生時代俺は何もなかったよ…」

「それはご愁傷様、でも今作りたい機械には、残念ながらロケットランチャーのデータは使えなさそうなんだよね」


こうして現在は謎の友情が芽生え、和樹が昼食時間とかに普通科の教室へ訪れたりするのは常になりつつある。

ぶっちゃけ会話内容はくだらないが、春多はこの時間が結構好きだったりする。だって気が抜けるし。和樹だし。気を張って会話するより全然いい。


「まさか!今度は普通の機械…⁉︎」

「うんにゃ、愛情指数で波形を出して相手の居場所を特定するGPSを作る予定」

「普通の機械じゃなかった」

「今丁度、手元に試作品があるんだけど」

「今度な」


がくり項垂れる

そこに「おはようさん」と頭上から声が掛かった。内心で春多は「うげぇ」と内心で悪態をつく。この声は、奴しかいない。

そんな春多の様子を気にかけることもなく、和樹は奴へ声をかけた


「おそよう、遅刻常習犯」

「相変わらずの辛口やんなぁ〜、ほんの少し遅刻しただけやんけ」

「入学から通算五十を超える遅刻をしてくる奴は『遅刻常習犯』に入ると思うんだけど」

「東條くん、僕の遅刻回数を一々数えとるん?随分とマメな性分やねぇ」

「お前の場合、図体がデカいし悪目立ちすぎるんだよ」

「それもそうやなぁ、否定はせんわ」


糸目を細めて笑う身長百七十五センチ越えの男、この色んな関西圏の方言が混ざった不思議な話し方をする似非関西弁野郎は西宮寺 文仁(さいぐうじ ふみひと)という


文仁は後ろで緩く結った腰辺りまで伸ばした黒い三つ編みを揺らして、空白の席へ何気無く座った。和樹の真前の席である


「東條くんは何してはるの?」

「んー…スランプだしネタ集めでもしよっかなって」

「ネタ集めなあ、ほな、僕でよければ協力しよか?」

「お前のネタはつまらなそうだし要らない」

「ほんま辛口やなぁ」


和樹から辛口を言われてもニコニコと楽しそうにずっと笑っているこの男の精神力は一体どうなっているのだろうか。普通傷つくだろう。春多は不思議でならない


「せや、春多くん」

「…なんだよ」

「後ろに鳩が巣作ったような酷い寝癖、ついとるで」

「マジで⁉︎」

それは恥ずかしい。知らないで今まで普通に生活していたというのに!急いで後頭部に手を伸ばせば文仁は口元に手を当てて「むふふ」と笑った。

「堪忍、嘘や」

「フザケンナ」

「まぁ、まぁ、そない怒らんといて、これお詫びの品や」

そう言って文仁が軽く弧を描いて何かを渡してくる。慌ててそれを受け止めてラベルを見れば『イナゴ⭐︎ソーダ』の文字。如何にもゲテモノ商品、否、ゲテモノ飲料水である

和樹が思い出したように声を上げる

「これって、不味いで有名な珍商品の『イナゴ⭐︎ソーダ』じゃん」

「なんでそんなもん買った?」

「好奇心に負けてボタンを押してもうてなぁ」

思わず文仁のシャツの襟ぐりを掴んで下からねめつけるが、文仁は相変わらずケラケラと笑うだけである

「西宮寺〜、女子が呼んでる」

「ほな今行くわ〜」

教室の男子生徒に名前を呼ばれ、文仁は出入口へ足を向けた「後で味の感想聞かせてな〜」と軽く言葉を残して。畜生、春多は物を無碍に扱えない質なのだ


文仁はひらひらと手をふると教室の出入り口で待つ女子生徒の元へ行ってしまった。


因みにこの高校、元男子校の工業高校で、最近生徒数の減少をキッカケに普通科を設立し、女子生徒の受け入れも始めたばかりの高校なので、女子生徒が圧倒的に少ない。


その為女子生徒から呼び出されるということは十中八九告白としか考えられない

否、告白でなくとも血涙が出そうなほど羨ましい。そんな男どもが沢山湧いているのがこの高校の現状である。


畜生、ちくしょう!

「本当、なんであんな奴がモテるんだ…!イケメン滅べ!」

「顔じゃない?」

「お前もか、和樹くんよ!」

「だって西宮寺、顔だけはいいじゃん」


「性格はアレだけど」と言う和樹に「確かに」と頷く。


西宮寺は性格に一癖も二癖もあるが、顔はべらぼうに良い。


しかしだ、西宮寺は髪がやたらに長い。

気になって以前『何故髪の毛がそんなに長いのか』と春多は西宮寺に訊ねたことがある、のだが...。



「なんでお前、そんなに髪長いの?」


趣味で伸ばしているのだろうか、その時はただの好奇心で訊いただけだった。

すると、西宮寺はいつも細めている目を少し見張ってから、優しく細めて、むふふ、と笑った


「僕の家の昔からの風習でなぁ、勝手に切ったらあかんのや」

「どうして髪を簡単に切ったら駄目なんだ?」


「この髪はなぁ『幸福の髪』なんて言われとる。生半可な気持ちで切ったら、周囲にも自分にも不幸が訪れてしまう。せやから伸ばしとるんよ」


なんだ、その設定、とも思ったし、春多は突っ込みを入れてやろうかと思ったが、西宮寺が珍しく真面目な表情で後ろで緩く結った三つ編みの毛先を弄ぶから、春多は思惑口をつぐんだ


「...僕の家の遠い血筋の話では『運』の神様に見染められた人間が、神様から不思議な力を賜った、伝承ではそう言われとるんよ」


「...神さま?伝承?不思議な力?」


「運の神さまが『人間に幸運を授けよう、それに見合うだけの対価を差し出してみせろ』なんて無茶振り言うて、僕の祖先様は咄嗟に『自身の血』と引き換えに『幸運』をもろたんやっちゅー話らしくてな」


「自身の血」


「まぁ、子孫に至っては幸運への対価がそれぞれ違くてな…僕の場合の対価が『血液』やなくって偶々『毛髪』やった

『髪を切ると自身にも周囲にも不幸をもたらしてしまう、伸ばしていれば幸運を分け与え、恵まれたままでいられる』らしいで...それだけの話や」


「だから簡単に髪を切れないのか」


「せやで」


「大変なんだな」


「そうやで、大変なんよ。…家にとっても、僕にとっても、この髪は生命線みたいなもんなんや」


せやから大変な僕を春多くん慰めてや


そう言って次にはいつも通りの西宮寺に戻っている。…調子が乱される

何を考えているか分からない



西宮寺の性格は一言で表すならば『掴めない奴』これに尽きる。

直ぐにはぐらかす、本心がわからない…所謂、掴み所のない飄々とした性格なのだ。


その性格を一般的な女子が好むかどうかと言われたら、恐らく好まない性格の類に入るだろう。まぁ、女子側が奇人ならば話は別であろうが。


「ま、ボクはアイツがモテるのも何となく理解できるけど」

「和樹、何か言った?」

「…別に、何も言ってないよ」


それより五限目が始まるからボクはここら辺でお暇するよ、またね、そう言って和樹は春多の肩に手を軽く置いて静かに席を立った。


予鈴が鳴ると同時に俺も席についた…と思ったが、後ろから腕を引っ張られ、口元には謎の布の感触、絶賛パニック状態に陥った俺は先生に気づかれることも無く、廊下へ引き摺り出されてしまったのだった。徐々に視界が朧げになってゆく


ー学校でもこんな非日常みたいなことが起こるんですねー


そんなことを考えながら春多は意識を徐々に飛ばした。




「ん、ぐぅ…」

眼が覚めると、そこは薄暗い場所だった。自分の今置かれている状況を判断する為に、視線のみを動かす。迂闊に動けば何が起こるか分からないからだ。

遮光カーテンは完全に閉じられ、隙間から差す夕陽の光が乱雑に積み上げられた机を映す。少し鼻を鳴らして匂いを嗅げばカビ臭いし埃っぽい匂い。

取り敢えず此処が使われていない教室だと判断することは出来た。

しかし安心することはできない。


「目が覚めたか」

「…お前は誰だ」

「貴様に名乗る道理は無い」

何せお前はもうすぐで用無しになる。少女はそう呟き、スルリと音を立てネクタイを解いた。そして、それを春多の口に巻きつけた。動揺し、思わず嘔吐く

「んぐっ」

「チッ黙れ、騒がれたら困る」

さて、そう言って少女は春多の耳元で囁いた。まるで内緒の話でもするように


聞かれたら困る話でもするかのように


「ペンダントを何処に仕舞っているか、答えろ」

「…」

「教えてくれるのであれば解放しよう。今は騒がれないように巻いて居るが、口頭で伝えてくれるのであればネクタイも解いてやる。ただし、騒いだり嘘を吐いたら即座に喉元を掻っ切る」

「…」

少女は片手にクナイを持ち、春多の喉元に先端を当てた。ヒヤリとした感触が伝う。


(この子は忍者か何かなのかな?)


非現実的になった頭でぼんやり考える。

でも


唾液で湿るネクタイを噛みちぎらんばかりの勢いで唸れば、少女は仕方がないとでもいうように、億劫そうに春多の口に巻いていたネクタイを解いた


「悪いけどペンダントは渡せない」


上手く回らない舌で懸命に結論から伝えれば、少女の冷静な紺色の瞳が一気に怒りに染まった


「何故だ。そのペンダントは貴様如きが所持して良い代物では無い」

「それでも昔、大切な子から貰った、大切なものなんだ。見ず知らずの奴になんか、渡すものか。絶対に渡さない」


「戯れが過ぎるぞ!小僧ッ!」


少女がクナイを振り上げた。その刹那


「はぁ、五限始まる直前に試作品のGPSをつけといて良かったよ、ホント」


巻き上がる煙。天井から和樹が現れ、華麗にロッカーの上に降り立った。野生児か、お前は。しかし春多は此奴にこの時ばかりは感謝した

「…和樹、お前、勝手にGPSつけるなよ」

「でもさぁ、その肩につけたGPSのおかげで助かったワケじゃん。結果オーライ全てモーマンタイ」

「俺の人権問題については?」

「ボクのモルモットには無い」

和樹が埃臭いと言いながらロッカーを降りて春多に近づく。ついで後ろ手に縛られた結束バンドを外してもらえば、春多は自由の身だ。うん、大分楽になった。


舞い散る埃の中、少女が狼狽えたように叫ぶ

「貴様!何奴だ!?」

「ボクの名前は東條和樹だ。覚えとけ。不躾女」

和樹は爆竹を何処からか取り出すと手に持ったまま、少女の前に立った


うん、此奴を怒らせたらやべーわ、改めて春多は和樹の怒りを目の当たりにして痛感する


「ていうか誰のモノに手ェ出してんの、此れ、貴重なボクのモルモットなんだけど?」

「あの和樹サン?さっきから気になってたんだけど、モルモットって何?」

「春多のことだけど、基本爆発しても平気だし、丈夫だし実験台…モルモットとしては貴重じゃん」

「そんな目で今まで俺のこと見てたの?」

ちょっぴり悲しい


そんな念を抱きながら和樹に近寄ろうとした。

その時、教室の扉がガラリと開かれた音がした。光が差し込む。思惑目を向けると

「…何してんの、キミら」

其処に立っていたのは西宮寺だった


少女が狼狽えたように、先程までの威勢は何処へ行ったばかりに声を絞り出す


「な、文仁さま…⁉︎何故この場所が」

「態々呼び出してくれた女子生徒の子が、懇切丁寧に居場所まで教えてくれてなぁ、なんや西宮寺の家から刺客が来とるらしいやん」


それに、と西宮寺は笑った


「ぬふふ、愛の力…とか、なんや格好つけて言いたいとこやけども、此のペンダントが光って危険を知らせてくれてな」




そう言って、ちゃり、と薄赤いペンダントを掲げる西宮寺

いつも笑っている目は笑っていない。春多は驚き、戦慄くように声を絞り出した。


「なんで、西宮寺がそれを持って」


「春多は何処か抜けとるからなぁ、昔、キミを迎えに行くって言うたんに、忘れとるんやもん」


忘れられてて、えらい悲しかったんやで?



そう言う西宮寺に春多は脳内で軽くパニックを起こす


「え、でも、あの子は女の子で、西宮寺は男で」

「やから同一人物やて」

「じゃあ、迎えに行くって言ったのは」

「うん、キミと結婚する為に来たんや」


ニッコリと笑う西宮寺に頭が追いつかない。


そんな中、少女は憎悪を込めたように、鋭い眼を更に細め、キッと春多をねめつけた


「何故‼︎…次期御当主様はこんな醜男を選びになるのです⁉︎」


「次期御当主様て…何遍も僕は西宮寺を継がん言うたやろ...、でもなぁ、春多くんが醜男かぁ、おもろい冗談言うんやなぁ、ウチの刺客は、やって、僕の瞳にはキミの方が醜く映っとるんよ」


なんでやろうなぁ


西宮寺がクスクスと子供のように笑うたび、空気が張り詰める感覚がした。

和樹も普段は温厚な西宮寺の豹変ぶりに驚きを隠せていないのか、下手に動けないらしい。

それでも構うものかと少女は吠える

春多は唾を飲んで見守る事しかできない。


「幾ら相手が男といえども、御当主様ならばもっと貴方様に相応しく美しい者を選ぶべきでしょうに!」


「キミも、結局は僕の父さんから仕向けられた刺客かぁ、可哀想になぁ、見た限り忍者の末裔ゆうとこかな、しっかし、父さんも相変わらずやり方が汚いっちゅうか、強引なやり方で…嗚呼、反吐が出そうやわ」


西宮寺がニッコリと笑って春多に近づく。ツカツカと歩みを進めるその足は一寸の迷いもない。

不味い、逃げようとした。が、しかし時既に遅く気づいたら春多は西宮寺の腕の中にいた。


「この際、はっきり言っておこか、この子が僕の結婚相手や、生涯の伴侶、これは揺るがん事実や、せやから、諦め。それに、もうこの子とは婚姻の儀も交わしとる」


西宮寺がハッキリ言うと、少女は一瞬だけ驚いたような目をすると、次に春多を睨みつけ、指を向けると西宮寺に言い放った


「わ、私は其奴との婚姻など認めませぬぞ…!絶対!絶対に!!!」


気がつくと少女は消えていて、西宮寺は埃が舞う教室を軽く一瞥すると「ほな、出よか」と春多と和樹を廊下へ促した


「…はぁ、ようやっと巻いたなぁ」

「…婚姻の儀って、どういうことだよ」


「さっきのは口から出まかせみたいなもん、婚姻の儀は未だ交わしておらん」


「未だって何」


「まぁまぁ、落ち着き、婚姻の儀は、春多くんが今持っとる緑のペンダントの中に、僕の昔の毛髪が入っとる、それを春多くんが飲むと婚姻の儀が完了するんや、つまり僕の伴侶になるんや!...ほな、飲んでや、今直ぐに」


「いやいや待って待て」


ぐいーっと緑色のペンダントを押しつけられても(いつ俺のペンダントを取り出したんだ怖いぞ此奴)

怒涛の展開に頭が追いついていかない。


だって、

今まで女の子だと信じていた、昔、結婚を約束していた子が実は男で


イケ好かないけど良き友人の西宮寺は何処か良いとこの跡継ぎで


西宮寺はその昔、結婚を約束した女の子で…?


いやいや分からん、理解したく無い



情報の供給が多過ぎて春多が顔面を白黒させていた、そんな時だった。

「ねぇ」と声を上げた。和樹だった


「ついでにボクも秘密打ち明けるね」

「待って、ついでって、和樹、嫌な予感しかしないんだけど」


「ボク、実は女なんだよね」

「…今日はエイプリル・フールじゃないぞ」

「否、だから本当だって、作品制作に専念したくて性別を偽って学校に通ってるだけ」

「嘘、だろ…?」

「なんなら胸でも揉むか?脱ぐぞ?」

「お前が痴女だってことはわかったわ」


春多は大きな溜息を吐いた

右隣には昔結婚の約束をした少女(男)

左隣には性別を偽る天才不思議少年(女)


「昔した約束の女の子、選んでくれるよなぁ?」

「女であるボクを選べ、実験台…いや、モルモット」



「なぁ、春多?」

「ねぇ、春多?」


神様、仏様、俺


「何か悪いことしましたかね⁉︎⁉︎」


取り敢えず今の春多に出来ることと言えば、この二人から全力で逃げることくらいであった。


END






「壱碁嬢、すみません、失敗してしまいました…」


「何勝手に行動してくれとるんやー!あんたは!」


「申し訳御座いません…」


「こういうもんは人に頼むもんと違うて、私本人が奪いに行くもんや!略奪愛!NTR!っちゅーやつやな!いやぁ、萌えるなぁ!」


「…それは少し意味合いが違うかと思われます。お嬢様…」



本当にEND













◇オマケ◇



「東條くん、何作っとるの?」

「今忙しいんだけど」

「そないなこと言わんといて〜、教えてや...もしかしたら役に立てるかもしれへんで」



「…愛で相手の居場所がわかるGPS」

「ぬふふ、普通の機械じゃなくて安心したわぁ」

「異常なお前に理解されても困るんだけど」

「なぁ、東條くん、僕に考えがあるんよ」

「人の話聞いてたか?」





「僕のこのペンダントに入っとる毛髪は今から十年前のものや」


「…それで?」

「春多くんの持っとるペンダントにも同じもんが入っとる」


「…気色悪いな」

「愛の形言うて!で、そこで十年前、僕が渡したペンダントの話が出てくるっちゅーわけや」



「愛で相手の居場所がわかるんやろ?なら、この古い毛髪を埋め込んだら効果も倍になるんとちゃうんかな?」


「うっわ...お前…本当に気色が悪いね...」

「褒め言葉やわ」

「研究対象にはもってこいの気色悪さだからいいけど」

「東條くんさっきからホンマに辛口やな」



「でも僕はええで、想い続けただいすきな相手が傷つかずに済むんなら、東條くんに…大切なモン託してもええ」

「…本当に、気色が悪い」

「ぬふふ、褒め言葉ありがとうさん」




ー数日後ー


「それで新しくGPSが完成したと…?」

「全部事実だよ」

「ごめんなぁ、此間は怖い想いさせてもうて、これから僕の家のもんにはキッチリ言い聞かせておくからなぁ」


「春多くんは僕の結婚相手やってな」

「⁉︎」

「は?お前何言ってんの?此奴はボクのモルモットって言っただろ」

「何言うてはりますの東條くん、結婚相手の僕に喧嘩でも売ってますの?いい度胸してはりますなぁ?」


「あ〜!お前らやめてくれ…‼︎」


END

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