姫の告解
あんぜ
姫の告解
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国王陛下――いえ、お父さま。お久しぶりです。
突然のことで申し訳ございません。夫と少し困ったことになってしまい、ご助言頂きたく手紙をしたためました。どうか妻ある夫として、相談に乗ってくださいませ。
実は先日、夫の昔の装備を捨てたところ、夫の雰囲気がまるで変ってしまったのです。元に戻すにはどうすればいいのか、誰にも相談できないでいます。
魔王討伐後に結婚して1年が経ちましたが、勇者様が準備してくださった城は快適で、私の希望もあって交易都市の近くという立地もあり、生活に不便も無く暮らせておりました。彼は田舎の出身だったのもあって、自分の田舎でのんびり暮らすことを提案してくださいましたが、実際に住んでみるとその快適さを理解してもらえたようでした。
彼が休みの時には私にできるだけ時間を作って下さり、私も幸せに満たされております。また平和になったこともあり、旅行にも出かける余裕もありました。子供はまだですが、そろそろいいかなという話も出ております。
そんな生活の中、ひとつだけ不満に思うことがありました。彼の自室です。彼の自室は勇者になる前からの装備も含め、たくさんの装備が山のようにありました。もちろん、山のように積んであるわけではなく、ラックに丁寧に並べられていました。ただ、問題はその量です。30ft. x 40ft.の部屋がそれだけでいっぱいになっているのです。
彼は自らその部屋の掃除までしていて、誰も部屋に入れようとしません。勇者であり、城の主ともあろう者がそのような有様では臣下にも示しがつきません。おまけに、休みの間は必ずと言っていい程、半日ほどの間は装備の手入れだと言って部屋に閉じこもります。
もっと私を見て欲しい。無駄な装備は減らして欲しい、その時間を私に向けて欲しいと何度も言いましたが、夫は聞いてくれません。たとえば――
『このトネリコの木の棒は、私が勇者となる前に使っていたものなのだよ』
――そういって汚い棒切れを大事に取ってありましたが、勇者様にはとても不似合いに思い、前からあまり好きではありませんでした。そんな古い装備まで捨てずに全部残してあるんです。特に木の棒はたくさんあって私には見分けがつきませんが、彼に説明を求めるとその違いを延々と語るのです。
『この薬は希少な薬で、身体が石になっても元に戻すことができるんだ』
――同じような薬瓶を何種類も、綺麗に10x10の仕切りで区切ったケースにきっちり入れて取ってありましたが、こんなものが今の時代、こんなにたくさん必要な訳がありません。その効果にしても、力を少し上げるだとか、素早さを少し上げるだとか、必要なのかよくわからないようなものまで。
『この
――ヒドラなど、勇者様が魔王討伐の初期に絶滅させたため、もう長い間使っていない魔法の剣でした。そんな剣がいくつも同じような物ばかり並んでおりました。剣だけではありません、槍に斧槍、戦鎚に弓まで。彼はその使い方の違いを説明しますが、そもそも、彼には神々から授けられ、そして魔王を討った聖剣があります。
『水鏡の盾は邪眼を跳ね返すことができるんだよ』
――水鏡とは名ばかりで、古い青銅の重くてみすぼらしいだけの盾でした。そんな盾や鎧も、いくつも同じような物を残してありましたが、勇者様には今、最高の鎧と最高の盾がありますので防具には困らないのです。
『これは呪いを払うための道具だから触ってはいけないよ』
――触りたくもないような気持ちの悪い、何の生き物かはわかりませんが干された首だとか手だとか、そんなものがたくさんありました。他にも、何に使うのかよくわからない道具が山のようにその部屋にはあったのです。変な匂いはしますし、虫がわきそうな気もして気持ちが悪かったのです。また、それらの装備の手入れには、けして少なくない額のお金だってかかります。
あるとき、勇者様は領地の外交のため、近隣の国へ向かわれました。私はせっかくのこの機会に、勇者様の部屋の片づけを行いました。ただ、一人でどうにかできる量ではありません。そのことを交易都市の友人たちに相談すると、友人たちは是非にと商人たちを城へ送ってくださいました。
商人たちはその部屋の装備を全て持ち帰ってくださいました。綺麗さっぱり部屋が片付くと、勇者様の部屋が見違えるようでした。これで勇者様も城の主として、ふさわしい振る舞いをしてくれるものと、その時は思ったのです……。
勇者様は帰ってくるなり――ぼくのそうびは……?――と子供のように聞かれました。
私は今の平和な世の中、あれだけの装備は必要ないと告げました。すると、勇者様も理解してくださったのでしょう、――めいわくをかけてごめんね――と謝って下さりました。ただ、売り払ったお金については私の好きに使ってくれていいというので、私は友人たちとパーティを開きました。
ただ、パーティから帰ってくると勇者様の様子がおかしいのに気づきました。うつろな目で、自室の真ん中に座り込んでいたのです。私は心配して、彼を私たちの部屋のベッドに寝かせました。
翌朝、気付いてみると隣に彼が居りません。
探しに行くと、彼はからっぽの自室の真ん中で同じように座り込んでいました。ただ、日が登ってしばらくすると、彼は普通に臣下たちと接するのです。
しかしまたその翌日も、そのまた翌日も、朝になるとベッドから抜け出し、自室の真ん中で座るようになりました。
わたしは彼を元気付けるため、彼の部屋の壁を高価な毛織物で飾りました。彼はそれを――ありがとう――と喜んでくれました。ですが、毎朝の奇行は止まりません。夜だってそうです。まるで子供が寝かしつけられるように、ベッドへ入るとすやすやと眠ってしまうのです。これでは、お父さまに孫をみせるなど夢のまた夢です……。
どうか、どうかお力をお貸しくださいませ、お父さま。
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儂は頭を抱えた……。
この手紙が届く少し前のことだ。聖堂の聖女より、魔王復活の神託が下されたのだ。
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