第4話(1)

 一方、衆人環視の中、派手な救出劇を繰り広げたシリルは、ビルの隙間を危うげなく機体を飛ばして最寄りのゲートへ向かうと、そのままキュプロスの街をあとにした。

 ゲートの手前で一度地上車に切り替え、通過直後にふたたびイーグルワンの仕様を飛行モードにシフトチェンジする。操作途中で軽く眉間に皺を寄せた男は、エアカーの状態にしてしばし砂漠の上を低空飛行すると、岩肌が目立つ、低い山岳の連なる一帯の谷間に機体を着陸させた。


 岩陰でパネル操作を幾度か繰り返した後、深い嘆息を漏らして天井を仰ぐ。そのまま、シートにもたれかかった。その様子を、無表情の麗人が助手席でじっと見守っていた。


「で? なんだって? おまえを王都に運ぶのが俺の任務だって?」


 左腕を軽く目の上に載せたままシリルが声をかけると、煤だらけであっても、まるで美しさが損なわれることのない造形美を誇るヒューマノイドは、抑揚のない声で応じた。


「そうです、ミスター・ヴァーノン」

「勢いでおまえ連れて飛び出してきちまったが、その依頼者との契約とやらが、まだ済んでねえんだけどな」

「いまから引き返しても手遅れです。シュミット研究所機械技術開発局ヒューマノイドロボティクス研究室のスタッフは、すでに全員死亡しています」


 作り物めいた完璧な美貌から発せられた抑揚のない音声が、表情同様、無機質に恬淡てんたんと告げた。


「あなたが現場に到着した時点で、今回の契約に関する取り交わしが可能な生存者はゼロであったことを確認しています」

「確認って……」

「さらに付け加えるなら、シュミット研究所第1庁舎爆破事故の18分52秒前に、王都エリュシオンでもローレンシア連邦科学開発技術省長官が何者かに狙撃され、死亡したとの情報を得ています」


 あまりにもあっさりとした報告に、さすがの歴戦のつわものも、返す言葉が容易には出てこなかった。


「依頼者の認定が空白となる仮契約となりますが、このまま任務の遂行を要求します」

「あのな、仮契約もクソもねえだろ。関係者がみんなおっんじまったんなら、今回の案件は自然消滅。依頼取消だろうが」

「次の科学開発技術省長官、もしくは機械技術開発局長が本契約を結ぶ相手となるでしょう」

「どこにそんな保証がある? 悪いが俺は、ただ働きするほど暇でも無欲でもないんでな。ほかをあたってくれ。最寄りの都市ぐらいまでなら乗せてってやるから、あとはどっかのラボにでも引き取ってもらうんだな」

「それはできません。私の開発者は、私が王都へ行くことを希望していました。私自身を担保とすれば、仮契約は充分可能です。依頼者にかわり、私自身が任務の履行を要求させていただきます」


 ロボットのくせに意固地な、というべきか、機械ならではの融通の利かなさというべきか、どこまでも意見を曲げようとしない相手にシリルはかぶりを振った。


「おまえな、簡単に言うが、今回の契約料、いくらだったか知ってるのか? いくら小綺麗で高性能に仕上げられてようが、たかだかヒューマノイド1体――」

「私には、20億UKドルの保険がかけられています」


 端的に述べられた内容に、男は今度こそ口を開けたまま絶句した。

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