第2話 高校時代の親友との思い出

「なあ、進路決めたか?」


 進路調査票をヒラヒラとさせながら、友人である入江 湊いりえ みなとが話しかけてきた。

 僕の本当の瞳の色を知っている、数少ない人間の一人だ。

 湊の周りには自然と人が集まってくる。気配りもでき、彼のおかげで他人と距離を置きがちな自分もクラスに馴染めている気がする。話すつもりのない事もつい喋ってしまう気安い雰囲気を纏っている、そんな人気者の彼は、何故か自分のことを気に入っている。

 

 記入し終えた進路調査票を前に、湊のほうへ顔を向ける。

 進学校を謳っているこの高校のニ年生ともなると、進路に関しての話題も多くなってくる。一年から同じクラスの湊とは文系志望という事もあり、今年も一緒のクラスだった。


「人文系で行ってみたい大学はあるけど……」

「へー、どこ?」

「他県の大学。小学生の時に一度住んでたとこ」

「秋吉んち転勤族って言ってたもんなあ。地元って訳じゃないけど出戻ることもあるか」

「……うん、まあね」

「なーんか、歯切れ悪いなあ。何かあるの?」

「もちろん興味のある分野が学べるからそこを選んだんだけど、他にも同じような内容を学べる学校はあるのに、会えるかどうかも分からない人に会うことができるかもしれないから、なんて理由で決めていいのかなあって。そんな理由で大学や一人暮らしのためのお金を出してもらおうなんて、両親に申し訳ないし……」

「…………」

 

 いつもならすぐに反応が返って来るはずなのに、なんの返答もないなんて珍しいなと湊を見ると、なぜか珍獣を見つけたかのように驚いた顔をしている。


「え、何? どうかした?」

「どうかしてるのはお前のほうだろっ⁉︎ 警戒心が強くてなかなか他人に深入りしようとしないのに、会いたい人がいるって理由で志望校を決めるだなんて‼︎」


 確かに幼少期のいじめを引き摺っていて初対面の人の前では警戒心強めかもしれないけれど、高校からはそれなりに人付き合いもしているというのに。友人だと思っていたのに、酷い言い草だ。あきらかに不服だと顔に表しているにも関わらずそこはさらっと無視されて、


「休み時間だけじゃ足りないな。寮に帰ってから詳しく聞かせてもらうからなっ‼︎」


と、勝手に事情聴取されることが決まってしまった。

 明日が休日であることを少しだけ呪ってしまう。


 寮へ帰ってからも、夕食も入浴もかなり急かされた。

 部屋へ来るなり大量のお菓子とジュースを置かれ、逃がさないぞと言わんばかりの様子に若干引いてしまった。

 

「で、どうなのよ⁉︎」

「どうなのよって……。僕の進路希望の話のなかに湊の琴線に触れるような要素、何かあった?」

 ナニイッテンダコイツ、と言わんばかりに溜め息をつかれた。

「大アリだろうが。会いたいけど会えないかもしれない人がいるなんて意味深なこと言われて、気にならない訳ないだろ。まさか秋吉から恋バナが聞けるとは思わなかったぜ」


 ニシシッという効果音が聞こえてきそうな笑顔だ。ところで、


「恋バナ?」


 今度は僕のほうがナニイッテンダコイツ状態だ。


「とにかく、秋吉が会いたい子について出会いから今に至るまで詳しく‼︎」


 教えるまで解放してもらえないだろうと観念して、会いたい人は引っ越し先で迷子になりそれを助けてもらった少年のことだが、名前もどこに住んでいるかも知らないので会えるかわからないと説明した。

 そもそも彼だって、進学や就職で地元を離れることもあるだろうし、あの街が帰省先でたまたま家族とともに訪れていただけかもしれない。そうなるとさらに会える確率は低くなる。


「なるほどなあ。進学校とはいえ、ここも共学だろ。俺達だってそれなりなお年頃だし、成就するかは別にしても恋のひとつやふたつしたっておかしくない。前から秋吉ってそういう話に乗ってこないし女子に興味ないっていうか、恋愛自体に興味ないのかと思ってたけど、小学生の頃から一途に思ってる子がいたら、そりゃあ他に目はいかないよな」

「はあ⁉︎」


 なんでそうなる⁈湊の思考回路が理解できない。

 

「だってこれってどう解釈しても、秋吉の初恋のきみについての話だろう?」

 

「迷子になった僕を助けてくれた親切な少年の話だろうが。そもそも"少年"だって言ってんだろ‼︎」

 胡乱な目を向けられ、特大の溜息を吐かれた。

「……その子の話をしてる時のお前、見たことないくらい優しい表情かおしてたぞ。むしろ蕩けてる」

「蕩けてるって、僕はチーズじゃないから」

「いや、チーズフォンデュなみに蕩けてたぞ。無意識怖ぇな」


 納得がいかない。大体、相手は男だぞ。今までだって男性に対して、そういった感情は持ったことがない。まあ、女性にも持ったことはないけれど……。

 確かに彼にはもう一度会いたいとは思う。会えたからといって何かしたいわけでも、彼とどうにかなりたいわけでもない。ただ会いたい、それだけだ。


「何があるわけでもないのにただ会いたいだなんて、それが恋してるってことだろう?」

「……」


 正直に言って、僕にはこれが恋なのかよく分からない。だけど、当たり前になりすぎていて名前をつけることすらなかったこの感情が湊の言うように恋ならば、誰にも見つからないように隠しておきたい。

 そう思うと同時に全てを晒してしまいたくなるような、切なくて苦しくて、でも温かい気持ちになる。


 ————そうか僕、彼に恋をしていたのか……。


 そう自覚すると、自然に頬が緩んだ。


「秋吉、まずは志望校に合格できるよう、お互い受験に向けて頑張ろうぜ。……それに、いつか会えるといいな」

「うん……」


 彼への気持ちを自覚してからの僕は、がむしゃらに勉強を頑張った。その甲斐あって志望校へも無事合格することができ、今この場所思い出の公園に立つことができている。

 当時あった遊具が撤去されていて、時の流れを感じずにはいられない。

 あの時座っていたベンチはそのままなのを見つけて、顔が綻んでいく。


 やっとここまで来ることができた……。それだけで満ち足りた気持ちになった。

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