僕の好きな街
よろづえふ
第1話 大学入学と大切な思い出
大学入学にともない、この街に引っ越してきた。
片付け作業を終えて、いつものように街の探索に出かける。
この街は父の転勤先だったこともあり、一度住んでいたことがある。とは言っても小学三年生の一年間だけだったこともあり、あれから九年も経っているだけあって新しい建物も多い。
僕が通っていた小学校は体育館が新しくなっていた。探索を進めながら、自分のなかにあるこの街の情報を少しずつ更新していく。
僕の父はいわゆる転勤族というやつで、生後六ヶ月ごろから二、三年おき、短ければ一年に満たないくらいでの引っ越しの日々を送っていた。
当然のことだが、友人達と親しくなれた頃には別れなければならず、新たな土地でまた一から関係性を構築していかなければならない。今となっては、その時々で付き合う人間がかわっていく事も仕方のないことだと理解できるが、当時は親くなった友人達と縁が切れるたびに寂しい思いをしていた。
また、ある事をキッカケに一時期いじめられていたこともあり、人と関わることに臆病になってもいた。いじめ回避のために、とある秘密を作ったことで表面上は問題がなくなったが、逆に他人と深く関わることができないジレンマを抱えることになってしまった。
そして引っ越すたびに友人との別れに落ち込む僕を見かねて、少しでも早く新しい土地に馴染めるようにと、両親は引っ越し作業が終わると一緒に街の探索に出かけてくれた。面白そうなことや、好きな場所を見つけて、少しでも楽しく過ごせるように。
小学生になってからは、学校までの通学路の確認を兼ねて一人で出かけるようになった。
この街へ引っ越してきた時も、いつものように探索に出かけた。通学予定の小学校を確認し、そこから目印になりそうな所を見つけながら進んでいった。
ふと、気になる路地を見つけ吸い込まれるように進むと、思った以上に入り組んでいたようで、僕はあっさりと迷子になってしまった。似たような景色のなかを闇雲に進んだ。立ち止まったらダメだという焦燥感に襲われながら足を動かし、もうここから抜け出せないのかと半ば諦めかけていると、ぽっかりと広い空間に出た。
公園のようで、疲れ果てていた僕はベンチへ座り込んでしまった。もう陽も沈みかけた時間帯、僕の他には誰もいなかった。
歩みを止めてしまうと、今まで押しとどめていた不安が一気に膨れ上がってきた。堪えていた涙は決壊寸前だった。
「どうしたの?」
急に声をかけられ、ビクリと肩を震わせてしまう。
恐る恐る顔を上げると、少年が心配そうにこちらを見ていた。
突然声をかけられて驚いたものの、やっと自分以外の人間に出会えたことに安堵した。
「大丈夫?」
ぼうっと彼のことを見ているだけの僕に、若干目を逸らしながらも心配そうな色を漂わせて再度呼びかけてくれた。
なぜ目を逸らされたのかと疑問に思うと同時に、今日はコンタクトを着けておらず
「……あっ、そのっ、今日引っ越してきたばっかりで、道に迷っちゃったんだ……」
「ふーん」
「……」
「……」
俯きながら答えると、彼からの視線を感じ、自分の心臓がバクバクと音を立てているのがわかった。鼓動の激しさとは裏腹に指先から熱が引いていく。沈黙が怖い。
ここで彼に気味が悪いと去られてしまったら……、そう思うと、引っ込んでいた涙がまた溢れ出しそうになってくる。
「じゃあ、どこからなら家に帰る道がわかる?」
「へ?」
うっかり間の抜けた声が出てしまった。――この瞳、彼は気持ち悪くないのかな……?
「目印になるような物、おぼえてる?」
「えっと……、小学校からなら家までの道はおぼえてるけど……」
「じゃあ、そこまで連れて行ってあげる」
差し出された手にそっと触れると、力強く引き上げられた。
「行くよ!」
優しく微笑まれて、また僕の心臓はバクバクと音をたて始めた。握られている手から彼の体温が伝わってくる。さっきまでとは違い、彼の体温が自分へと移ってくるかの様に、顔も身体も熱を発しているみたいだ。――迷子になったこと、自分で思っている以上に恥ずかしかったんだな。
今日の夕焼け空が怖いくらいに綺麗で良かった。
きっと僕自身も、この景色に溶け込むくらい茜色に染まっているだろう。それを彼に気付かれなくてすむから……。
小学校までは十分もかからないで到着した。どうやら僕は、同じ所を延々と巡っていたらしい。
握られていた手がするりと解かれて、
「ここまで来れば大丈夫だよね? それじゃあ気をつけて帰ってね!」
「あっ、ありがとう‼︎」
役目を果たしたとばかりに、彼は駆けていってしまった。
そうして家へ辿り着いてから、彼の名前を聞き忘れていることに気がついた。
また会えることを期待してあの公園へ何度も通ったが、父の転勤によりこの街を離れるまで会うことは叶わなかった。
その後も何度か引っ越しを繰り返したが、将来的に大学進学を希望していることもあり、高校は転校による環境の変化を避けるために家族と離れ、寮のある学校を選んだ。
最初こそ緊張を強いられたものの、高校生活はとても充実したものとなった。少数ではあるが、僕の本当の瞳の色を知る友人もできた。
こだわっているのは自分自身だけで、周りも幼いころと違ってそれほど気にしていないと理解はできているものの、コンタクトを外して常に
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