悪役令嬢に転生したので諸悪の根源を絶つことにしました。
重田いの
悪役令嬢に転生したので諸悪の根源を絶つことにしました。
「あ、あ、あ、悪役令嬢に転生してるー!」
ということに気づいた日。
六歳。くるくるの金髪。キツい眦のつり上がった赤い目。白い肌。
日本人だった頃やっていた乙女ゲームの……タイトルは忘れちゃった、でも、ラストシーンで処刑される悪役令嬢だ。
シフォンティーヌ・ジョアン・カラッサ公爵令嬢。
異母妹のヒロインをいじめ抜く悪役令嬢だ、間違いない。
婚約者の王太子もいるし。
この世界では、貴族しか魔法が使えない。
母親が平民のヒロインも魔法は仕えないはずなのに、なぜか魔力が開花して魔法学園に入学するんだよね。
そしたらそこには離れて暮らしていた異母姉シフォンティーヌがいて、いじめ尽くされるんだ。電撃でばちばちされたり教科書を破られたりハンカチを破かれたり囲まれたり、電撃でばちばちされたりされたりと。
でも、負けじと魔法を習って攻略対象たちに支えられ、学年主席で卒業して。
卒業パーティーの夜に同い年の異母姉シフォンティーヌを断罪し、攻略対象と結ばれるハッピーエンドを迎えるんだ。
ハッピーエンド後にシフォンティーヌはヒロインをいじめた罪で投獄された一枚絵が出てくる。そしてバッドエンドだとシフォンティーヌはどのルートでも途中で死ぬ。
「積んでるじゃん!!」
私は叫んだ。ベッドに倒れ込んでばふばふ枕を殴った。
「ていうか同い年の異母姉てなんだよ!」
父上の下半身大暴れかよ!
「……困った。どっちにしろ幸せになれるルートが存在しない」
じゃあ、しゃーねえ。
むくり。
起き上がる。
魔法の力が開花するのはだいたい十歳前後。
だから貴族の子女はそれまでに魔法の使い方を先に学んでおく。魔法の論理、魔法陣の描き方、護身術含む身の守り方も。
幸い、父にはぜんぜん愛着はない。めったに帰ってこないもん。ほぼ他人。
――ていうかひょっとして、ヒロインとその母親に与えた屋敷に住んでるのかな? どうでもいいけど。
ヒロインの魔法学園入学は、彼女を溺愛する父の強硬な要望によって実現する。ストーリーでのお助けキャラも、月に一回ヒロインの顔を見に学園を訪れる父である。
なんで愛人の娘の様子見にくるんだよ。変な噂が立っちゃうでしょ。アホか。
つまり父がいなければ、そもそもヒロインは魔法学園に入学しない、つまり乙女ゲームが始まらない可能性、大!
「おかあさまー」
私はトコトコ歩き、母の執務室の扉をうんしょと開けた。
母は美しい人である。赤い髪、気の強そうな赤い目。実際、気が強い。誇り高い。
なのに、夫に押し付けられた領地の経営や、この王都のタウンハウスの面倒を見て、お茶会、たまのパーティーの主催、それからお呼ばれまで公爵夫人としてそつなくこなしている。
自慢のおかあさまである。
「まあシフォンティーヌ。どうしたの?」
と柔らかく微笑んでくれる笑顔が、私は好きだ。
父上は血がつながっているだけの他人だけど、おかあさまはおかあさまだ。
「父上が死んだら悲しい?」
「……滅多なことをいうものではありませんよ」
「ごめんなさい。それで、悲しい?」
おかあさまはしばらく考えたあと、優しく微笑んで首を横に振った。
よかったあ。
私は来月まで待った。誕生日があるのだ。その日がやってきた。誕生日パーティー。他の貴族も集まるのでさすがの父も帰ってきた。
「おお、かわいいシフォンティーヌや元気だったかーい」
と棒読みで言われる。
抱き上げた私が無表情だったのが気に入らないらしく、すぐ絨毯に下ろされた。
うん。ヒロインみたいなタレ目じゃなくて可愛げなくてごめんね、はいはい。
そのあとは、お客様がお帰りになるまでそつなく公爵令嬢に徹した。
こんな日に愛人宅には行けないとわかっているのか、父は自分の部屋で寝る。
おかあさまもご自分のお部屋でお眠り。
夫婦の寝室は、もう何年も空いたままだ。
夜中。誰もが寝付くまで私は待った。
うう、眠い。子供の身体に夜更かしはきついよー。
でもここが勝負どころだし、がんばろ。
廊下に抜け出し、トコトコ歩き、父の部屋まで。
鍵はかかってない。古いタウンハウスなのでどの部屋にも鍵がついてないのだ。
「よいしょー」
オッドマンを踏み台にして、私は父のベッドによじ登る。
男がぐうぐう眠っている。髭がめくれあがってブサイク。
細心の注意を払って胴体にまたがり、
「えいっ」
と電撃を照射。父の身体はびぐんっと飛び上がり、目覚めた彼は信じられない目で私を見つめる。
シフォンティーヌ・ジョアン・カラッサ公爵令嬢は早熟の天才である。
貴族らしく早いうちから魔法の使い方を学び、七歳の誕生日に魔力が覚醒。やり方を知って入れば、あとは習熟も早い。
魔法学園に入学してからは、この電属性の魔法を使いまくってヒロインをいじめまくるのだ。
いやでもさあ、父上さあ。
今も、は? は? なんだコイツ! って目で私をバケモノを見るように見て、手足をバタバタさせてるけどさあ。
普通、娘の誕生日プレゼントくらい自分でもってきなよ。なんで侍従に持たせてるのよ。
私がいくらでも持っているぬいぐるみをテキトーに持ってきて、お礼の言葉が気に食らないと不機嫌になって。
私の大事なおかあさまのことも使用人みたいに見下して。
ゲームでもそう。学園に在籍してる愛人の娘の顔を見に来るならさあ、ついでにシフォンティーヌの顔も見てけばいいじゃない。
愛してないのはいいんだよ。政略結婚の結果だし、そういうこともあるだろう。
それにしたってせめて態度に出すなっつってんの。
客の前でくらい仲睦まじい家族を演じることができないものかしらね。
ま、もういいんだけど。
諸悪の根源はこれにて終わるわけだし。
「バイバイ父上、もういらない」
と私は微笑み、電撃をより強くする。
深く深く、肋骨と肋骨の間から、心臓を狙い撃つように。
ついでに、いくつかある枕のうち使ってないものを掴んで父の顔に押し付けた。
いくら子供の力といえど、全身全霊。プラス、絶え間なく心臓に注がれる電撃。
男の身体の痙攣が、激しくなる。エビ反りにのけぞる。
ぶごーっ、ぶごーって息の音が気持ち悪い。
私は魔力をぜったいに緩めず、父の心臓を締め上げ続け、枕を押し付ける力を決して弱めなかった。
その甲斐あって、父はやっと大人しくなった。
枕をどけると、父の口から白いあぶくと赤い血が溢れる。きったねー。
一時間くらいかかっただろうか。もし次があるなら、もうないといいけど、もうちょっとスマートにいきたいもんである。
「念のため、念のため……」
私は再度、電撃を照射。肋骨の間を狙い、上から下から、もう鼓動しない心臓をぎゅうぎゅう痛めつけた。
間違っても心臓マッサージにならないように慎重に、強すぎる電撃を送り込む。
それから、皮膚の焼けコゲたあとを治療魔法で消した。
死んでからもしばらく、細胞が生きているうちは再生術が効くのである。
それにしてもよかった、前世の日本人の記憶がよみがえって。
心臓にショックが入ると死ぬこととか、世の中には脳卒中という病気もあることとか、子供用教本から得た治療魔法の論理の理解とか。
七歳になったばかりのシフォンティーヌ本人の知識では、この企てを思いつくこともできなかっただろう。
枕を元に戻し、私はヨロヨロと自室に戻り、夢も見ずに爆睡した。
翌朝、使用人が騒ぐ音で目を覚ました。
睡眠時間が足りなかったので、侍女に着替えさせてもらう演技ではなく目がショボショボした。
「なあに、なんかあったの?」
と聞くと、彼女は目線をさまよわせ、
「その、……なんでもございません」
「ふうん」
そのあとは自室に閉じ込められて過ごした。ご飯は運んできてくれた。
医者が来ているらしい音だとか、おかあさまが冷静に指示を飛ばす声だとか、使用人が駆けまわる足音なんかを聞きながら、プレゼントで遊んでいた。
夕方近くなっておかあさまがやってきて、
「お父上が亡くなったのですよ」
という。悲しそうに。青ざめた顔で。
「脳卒中というご病気で。まだお若いのに……おお、シフォンティーヌ!」
私はおかあさまのお膝に抱き着いた。抱きしめ返してくれる、体温が嬉しかった。
「おかあさま、大好き」
「……ありがとうシフォンティーヌ。おかあさまもあなたが大好きよ」
それで葬式が執り行われた。
正直、最後の最後まで生き返るんじゃないか、殺したのがバレるんじゃないかと戦々恐々していたんだけれども、たぶん私の生まれ持った膨大な魔力のおかげだろう、父は本当に死んでくれた。
なんと恥知らずなことに、葬式にはヒロインとその平民の母親も来ていた。
もっとも、貴族用霊園には立ち入れないので柵の向こうに佇んでいただけだったが。
喪服を着て黒いベールをかぶった私の姿を見つけ、ヒロインが歯を剝き出しにして柵に取りついていたのが、動物園のサルみたいで面白かった。
カラッサ公爵家はお取り潰しになった。
国王は貴族の力を抑えたい人なので、有力で高貴な公爵家がいっこ減るのは万々歳だったようだ。
おかあさまは寡婦として十分な年金と、公爵家の遺産の大部分を相続した。
私たちは今、おかあさまの実家がある田舎に暮らしている。
羊毛が有名なところなので羊がいっぱいいて、広々とした平原がどこまでも広がり、私はここが大好きだ。
王都にいた頃より顔色がいいといって、おかあさまも喜んでくれる。
おじいさまもおばあさまも優しい。
私は今、とても幸せだ。
今日は草原にお散歩に来ていた。風が少し強くて、金髪が空に翻る。最近、赤味がさしてピンクブロンドになってきた。このままおかあさまの赤毛になるといいな、と思っている。
「おかあさまー」
と駆け寄っていくと、おかあさまは両手を広げて私を抱き留める。
その横には領地を持たない子爵家出身の、冴えない文官がいる。おじいさまの秘書として仕えている、おかあさまの幼馴染の青年だ。
麦わら色の髪でだんごっ鼻で丸い眼鏡の、人の良さが前面に出たニコニコ顔で笑ってくれる彼のことが、私はかなり、好きだ。
「さあシフォンティーヌ。もう帰りますよ」
「はあーい。ん!」
と手を突き出して握ってもらい、
「んん!」
ともう一方を青年に突き出して握ってもらった。
「んひひひひ」
「この子ったら。ごめんね、ロレンス」
「い、いいえお嬢様……あ、いえ。カラッサ公爵未亡人」
「いいのよ、その……名前で呼んでくれて、いいのよ」
「えええっ」
私は二人の両手を頭の上で揺すぶりながら、果たして名前で呼んだら次はどうなるのかな、と考えている。
私は魔法学園に入学することはない。別に入学は義務じゃないし、おかあさまは私を離したがらないからだ。
――たぶん、私が何をしたか薄々気づいているんだろう。
母親の義務として、私が他に何もやらかさないよう見張るつもりなのだ。
それでもおかあさまは私のおかあさまである。
私が公爵令嬢ではない、なんの肩書もないシフォンティーヌであるのと同様に。
ああ、そうそう、ヒロインとその母親は屋敷を追い出された。
公爵家が取り潰されたので、父名義の不動産は自動的に国に接収されたのだ。
私生児を抱えた貴族の元愛人女は次にどこに向かって尻を振るのだろう?
私がもう少し成長して、信頼できる手駒を飼うことができたら調べてみるつもりだ。
王太子との婚約は破棄されたが、友人として手紙のやり取りをしている。
あいつもあいつでなんか裏がありそうな……そういえばバッドエンドルートではほのかにヤンデレ漂わせていたような……ちょっとめんどくさい奴なので、ひとまず交流は続けておこう。
目下、私の心配事は何もない。
のびのびと暮らして、日々成長している。
乙女ゲームの登場人物はみんなまだ子供で、社会的に何もできない。ヒロインでさえも。
次に魔法を使うときのため、鍛錬と勉学に励もう。何が襲ってきても返り討ちにできるように。強くなろう。できるかもしれない次の家族を守れるくらい強く。
悪役令嬢になるかもしれなかったシフォンティーヌはもうおらず、物語は始まる前に終わりを迎えた。
ああほんとに、死んでくれてありがとう、諸悪の根源!
そしてこんにちは、私の人生!
悪役令嬢に転生したので諸悪の根源を絶つことにしました。 重田いの @omitani
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